36.ピピと、バナナスムージーと、寮長の失態
ロンじいさんの工房から届けられた、重厚なステンレス製の『ジューサーミキサー・試作品1号』。
僕はその頑丈なガラス容器の中に、適当な大きさに切ったバナナと、よく洗って皮のついたままのにんじんを投入した。
さらに牛乳、はちみつ、そして重曹のときにも大活躍したレモン汁を少しだけ加える。
蓋をきっちりと閉め、本体のスイッチをオンにした。
「ガガガガーーーーーッッ!!!!」
小気味良い駆動音とともに、強靭なカッターの刃が高速回転し、硬いにんじんの皮ごと一瞬でドロドロの滑らかな液体へと変えていく。
ロンじいさんの作るモーターの出力は、いつだって容赦がなくて素晴らしい。
数分後、鮮やかなオレンジ色の『バナナとにんじんのスムージー』が完成した。
僕はこれをグラスに注ぎ、トレイに乗せて、2階にあるピピの部屋へと向かった。
専門課程コースの学年委員長である彼女は、自動進学が決まっているとはいえ、最近はさらに上のレベルを目指して自室に籠もり、猛勉強に励んでいるのだ。
「ピピ、入るよー」
声をかけてドアを開けると、机に向かっていたピピがこちらを振り返った。その黒い丸メガネの奥の眉間には、今までに見たことがないくらい、ありえないほどの深いシワが寄っている。
白髪のショートカットから覗く兎耳も、完全に後ろへペタンと寝ていて、脳が限界を迎えているのが一目でわかった。
「……あ、ヒロキさん。すみません、少し根を詰めすぎてしまって」
「ううん、お疲れ様。ほら、ロンさんから届いた新しい機械で、特製の飲み物を作ってみたんだ。脳の疲労回復にすごくいいから、これ飲んでみてよ」
ピピの眉間のシワは険しいままだったけれど、「ヒロキさんが作ったものなら」と、差し出されたドロッとしたオレンジ色のスムージーを迷わず口元へと運び、一気に喉へと流し込んだ。
「……あ、美味しい。バナナとはちみつの優しい甘みの中に、レモンの酸味が効いていて、すごくスッキリして飲みやすいです」
ふぅ、と息を吐き出すピピの眉間が、みるみるうちに柔らかく解きほぐされていく。それを見届けてから、僕はちょっと意地悪くニヤリと笑ってみせた。
「ふふ、良かった。実はそれね……にんじんが入ってるんだ」
「えっ……!?」
ピピの動きがピタッと止まり、丸メガネがガタリと落ちそうになる。
実はピピ、兎族のくせににんじんが極端に苦手なのだ。僕の元の時代の「ウサギ=にんじん」という強烈な固定観念のせいで、最初にその事実を知ったときは激しいショックを受けたものだけれど、料理人としては彼女の偏食を放っておけなかった。
どうしても彼女ににんじんの豊富な栄養を摂取してほしくて、わざわざロンじいさんに頼み込んでミキサーを作ってもらい、皮の苦味すらバナナの濃厚なコクとレモンの消臭ロジックで完全に包み込んだ、僕の完全な計算通りの一杯だったのだ。
ピピは驚いたようにグラスを見つめていたが、やがてクスッと穏やかに微笑んだ。
「……完全に一本取られましたね。これなら、あの独特な匂いも全く気になりません。ありがとうございます、ヒロキさん。これでまた、勉強が捗りそうです」
綺麗に飲み干されたコップを僕に返すピピの顔には、いつもの知的で優しい委員長の笑顔が戻っていた。
その後、特別寮ではこのミキサーを使って「何でもジュースやスムージーにする試み」が爆発的な大流行を見せた。
「お肉とご飯と卵と鶏ガラスープを混ぜたら、最強の流動食ができるのでは!?」と狂った足し算を敢行したサリーが、一口飲んだ瞬間に微妙な顔になる液体を作り上げるという、ちょっとしたバイオハザードも発生したけれど、基本的にはフルーツスムージーなどが「手軽で美味しい!」とみんなに大好評。
これも市販化すれば、ホットプレートに続く莫大な利益を生むことは確実視されていた。
……のだが。
その数日後。
「(ミキサーで『りんご』と『にんにく』を極限まで完璧にすり潰してブレンドすれば、あの特製焼肉のタレがさらに次の次元へ進化するんじゃないか?)」
思い立ったらすぐ行動。僕は試作品のミキサーに大量のにんにくを放り込み、ガガガと一気に粉砕した。
結果。
進化したタレは確かに震えるほど美味しく出来上がったのだが、ここで誤算が生じた。この世界に自生している『にんにく』は、僕の元の世界のものに比べて、成分の凝縮度が違うというか、とにかく香りの鮮烈さがケタ違いに強烈だったのだ。
結果、その超強力なにんにくの揮発性硫黄化合物が、試作品のプラスチックパーツやパッキンの隙間という隙間に完全吸着。洗剤で何度洗おうが「何を作っても強烈なガーリック風味になるマシーン」へと変貌してしまった。
翌朝、楽しみにイチゴスムージーを作ったコニーが「ギャーッ! イチゴなのに焼肉の匂いがするーーーッ!!」と涙目で絶叫したのは言うまでもない。
こうして、記念すべきミキサー試作1号は、フルーツスムージー用としてはあえなく一発で使用不能に。
ちびっこ寮長らしからぬドジな失態……と思いきや、僕は即座に考え方を切り替えた。
「よし、じゃあこの初代ミキサーは、今後『特製焼肉のたれ作り専用マシーン』に任命します!」
にんにくの匂いが取れないなら、にんにくを使う料理専用にすればいいだけの話だ。
これによって、あの絶品のタレがいつでも超高速かつ大量に、さらに鮮烈な香りのまま仕込めるという怪我の功名(?)に至った。
寮生たちのスムージー熱を冷まさないためにも、僕は苦笑いしながら、ロンじいさんへ「次は完全防臭仕様の2号機をお願いします……!」と、大急ぎで追加の通信を入れるのだった。




