33.僕と、粋なじじい達と、技術革新の夜明け
あの賑やかだったたこ焼きパーティーから、早いもので60日が経過した。
季節は移り変わり、特別寮の周辺でも「優美林に、大熊猫族のちっちゃい寮長がいる」という噂は完全に定着していた。
ロンじいさん特製のヘッドギアのおかげで、僕は今やコソコソと赤いフードをかぶる必要もなく、近所のスーパーのイチカワさんをはじめ、多くの人たちから「ちびっ子寮長」として親しまれるようになっていた。
そんな中、僕たちの元へ技術革新の集大成とも言える大ニュースが飛び込んできた。
『ホットプレート』と『小型IHクッキングヒーター』が、ついに一般向けに実用販売が開始されたのだ。
製品化にあたり、ロンじいさん率いる工学部の精鋭たちの手によって、バッテリー周りには凄まじい改良が施されていた。
なんと、本体から取り外し可能な高出力バッテリーユニットが開発され、しかもそれが「ワイヤレス充電」に対応したというのだ。
調理器具をコードレスでスマートに使えるこの仕様は、まさに僕のいた元の世界の一歩先を行くような技術だった。
「チッ……最初は本体を格安にして、専用のボタン電池を別売りでジャンジャン使い捨てさせてボロ儲けしてやろうと思ったのに。あの石頭のじじいたち、余計な真似をしてくれたわね」
製品の資料を眺めながら、フェイ先生が心底忌々しそうに舌打ちをした。相変わらず教師とは思えないあこぎなビジネスを企んでいたらしい。
しかし、そのあくどい魂胆は「まずは広く商品を普及させ、食卓の文化そのものを変えるべきだ」という工学部のじじいたちの猛烈な抵抗によって見事に潰されることとなった。
しかも、そのワイヤレス充電の規格には、この世界で携帯電話用としてすでに広く普及している充電台の技術がそのまま流用できるよう設計されていた。
これならユーザーはわざわざ高い専用充電器を買い足す必要がなく、手持ちの設備をそのまま使える。
「(うん……どう考えても、今回は工学部のじじいたちの判断の方が圧倒的に妥当だな)」
普及率を最優先にしつつ、既存のインフラをスマートに巻き込む。技術屋としてのロンじいさんたちの引き算と足し算のバランスの美しさに、僕は内心で深く納得し、拍手を送っていた。
「まぁいいわ。これで我が国の『卓上調理』の歴史がひっくり返る大前提は整ったわけだしね。……ふふ、まずはこの特別寮に、記念すべき量産ファーストロットを数台、最優先で『強制配備』させておいたから。存分に使い倒しなさい、寮長」
フェイ先生は不敵に微笑むと、カタログの束を僕に押し付けた。
ついに公に解禁された、世界を揺るがすポータブル調理革命。
僕たちの目の前には、届いたばかりのピカピカの量産型ホットプレートと小型IHが並んでいる。
これだけの機材が自由に使えるとなれば、特別寮のメニューのロジックはさらに無限に広がっていくはずだ。
「あぁ、あと、じじいたちが利益は全部寮長にくれてやれってさ」
「……ええっ!? 販売益が、全部僕に……!?」
量産型ファーストロットの到着と同時に、フェイ先生から明かされた衝撃の事実。
僕は思わず、頭のパンダ耳をピンと垂直に直立させて驚愕の声を上げた。
この世界には『特許料』や『著作権によるロイヤリティ』という概念が存在しない。
素晴らしい新しい技術はみんなで模倣し合い、そこからさらなる技術の発展を目指していくことこそが、この世界の獣人たちの常識であり、美徳とされているからだ。
そのため、今回のホットプレートや小型IHの販売によって得られるのは、純粋な「製品の販売益」のみとなる。
当然、開発の最大功労者であるロンじいさん率いる工学部のじじいたちと山分けになるものだと思っていた。
しかし、じじいたちはその莫大な販売益のすべてが、発案者である僕の口座に振り込まれるよう、あらかじめ裏で完璧に手配してくれていたのだ。
僕は慌ててロンじいさんの工房へ通信を繋ぐ。
「ロンさん、販売益のことフェイ先生から聞きました!そんなのダメですよ! せめてこれまでの材料費や、開発にかかった研究費用くらいは受け取ってください!」
画面の向こうのリアルじじいに必死で懇願した。しかし、画面の向こうの2メートルを超える大熊猫族の老紳士は、白髪の顎ヒゲを優しく撫でながら、じつにハードボイルドな笑みを浮かべた。
「ハハハ、気にするなヒロキ。わしのような老いぼれが、まだまだこの世の中に貢献できている、その『やりがい』を実感できているだけで充分すぎる報酬さ。金なんてものは、今まで現役時代に死ぬほど稼いできた分が腐るほどある。これ以上溜め込んだところで、死んだらおしまいだからな。それよりも、これからの未来を生きる君の軍資金にしなさい」
「ロンさん……」
渋すぎる。格好良すぎる。
画面の向こうで他の工学部のじじいたちも「そうだぞ、若者!」「美味い飯のアイデアをくれただけでお釣りがくるわ!」と、ガハガハと豪快に笑っている。
通信を切り、僕は深く息を吐きながら、リビングのソファーで爪をいじっているフェイ先生に視線を向けた。
「……ねえ、フェイ先生」
「何よ、寮長」
「フェイ先生って、普段から工学部のじじいたちのことを『老いぼれ』とか言ってめちゃくちゃにこき使ってるように見えましたけど……本当は、退任したじじいたちにずっと『生きがい』や『やりがい』を持ち続けてほしかったから、あえて色んな無理難題をふっかけてたんですか?」
僕が少し感動しながらそう問い詰めると、フェイ先生は一瞬だけ動きを止め、それから心底嫌そうな顔で僕を睨みつけてきた。
「はぁ? 何を勘違いしてんのよ、気持ち悪い。あいつらはただの無尽蔵に使える『優秀で無料の都合のいい労働力』だから叩き起こして使っただけよ。そこに愛なんて1ミリもないわ。何がやりがいよ、ヘドが出るわね」
「……」
前言撤回。
一瞬でも「本当は優しい人なのかな?」なんて思った僕がバカだった。この大熊猫族の美人教師は、やっぱりただ口と性格が極端に悪いだけの人だった。
隣で聞いていたサリーやコニーも「あはは、フェイ先生がそんな殊勝なこと考えるわけないじゃん!」「ただのドSだよねー」と爆笑している。まあ、それでも僕らの世話を焼いてくれてるのだから、悪い人でもない。と、思いたい。少なくとも信頼できる人ではある。
「まぁ、何はともあれ、これで君は16歳にしてちょっとした大富豪になることが確定したってわけ。これからは予算を気にせず、もっと色んな美味しいものを私に献上しなさい、ちびっこ寮長?」
フンと鼻を鳴らして不敵に微笑むフェイ先生。
性格は最悪だけど、彼女のその強引な後押しと、ロンじいさんたちの圧倒的な技術力のおかげで、僕はこの世界に確固たる居場所と、莫大な資産(お小遣いというには多すぎる額だ)を手に入れることができた。
僕は頭のパンダ耳を嬉しそうにピコピコと揺らしながら、新しく手に入った「潤沢な予算」で次は何の食材を仕入れようかと、
ワクワクしながら財布をポケットに収めるのだった。




