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獣人しかいない世界で 僕は胃袋掴んで無双する  作者: けろ


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29.僕と、ベアハッグと、風習の壁

「ただいま戻りました——」

ロンじいさんの工房から帰宅し、特別寮の玄関の扉を開けた瞬間。

「おかえ…り?!」

リビングで留守番をしていたコニーとアオイが、一斉にこちらを振り返った。そして、僕の姿を見た瞬間に二人の動きが完全にピタッと止まる。

正確には、僕の頭の上で僕の緊張に合わせてピコピコと戸惑うように動いている、白と黒のふさふさとした「パンダの耳」に視線が釘付けになっていた。

「……え、ちょっと待って。ヒロキ、その耳なに!? え、パンダ!? 超かわいいんだけどーーーっ!!」

金髪の三つ編みを激しく揺らしながら、コニーが真っ先にリビングから飛び出してきた。

「ヒ、ヒロキくんが、フェイ先生とお揃い……? ちっちゃいパンダ……かわいい、すごく、かわいい……っ!」

アオイもいつもなら人見知りを発動するはずのシチュエーションなのに、限界を迎えたようなとろけた顔で僕に突進してくると、

192cmの圧倒的な体躯から、僕の小さな身体をガシッと正面から抱きすくめた。

「わ、わわっ!? アオイさん!?」

「むぎゅぅぅぅぅっ!!!!」

次の瞬間、僕の視界はアオイさんの超グラマラスな胸元によって完全に塞がれた。

ただでさえ熊族の圧倒的な野生の怪力だ。それが、可愛さのあまり理性を失った状態で力いっぱいハグされている。

柔らかいとか良い匂いがするとか、そんな初々しい感想を抱く余裕すら一瞬で消し飛ぶほどのプレッシャーが、僕の全身の骨と内臓を襲う。

「ア、アオイさん……! ギブ、ギブです……っ! 内臓が……口から出ちゃう……ッ!」

「あはは! アオイ、ヒロキが潰れちゃうってば!」

コニーが爆笑しながらアオイの肩を叩く。

「あ、ご、ごめんなさい……っ! 可愛くて、つい……」

ハッと我に返ったアオイさんが慌てて腕を緩めると、僕は「はふっ……!」と大きく息を吐き出しながら、その場に膝をつきそうになった。

熊族の抱擁、リアルベアハッグによって圧死する初めての人間になるところだった。

「もー、相変わらず手加減のないお出迎えね。ほら、寮長、死んでない?」

後ろから入ってきたフェイ先生が、僕の頭のパンダ耳を面白そうにデコピンする。

それに連動して耳がピクンと跳ねると、アオイとコニーがまた「キャーッ!」と身悶えした。ロンじいさんの技術、本当にすごすぎる。

「なんとか、生きてます……。あ、そうだ。サリー、これ持ってて」

僕は抱えていたステンレス製の重厚な『たこ焼き器』のケースを、隣にいたサリーに手渡した。

「え、ヒロキ? これですぐにあの『たこやきパーティー』やるんじゃないの?」

サリーが不思議そうに首を傾げる。それを見たコニーも「なになに? たこやき? 新しいご飯!?」と目を輝かせた。

「すぐにでもやりたいところなんですけど……その前に、どうしても作っておきたい『ある物』があるんです。だから、たこパは今日の夕飯まで一旦保留でお願いします!」

「ええーっ! お預け!?」

サリーがショックで猫耳をペタンと寝かせる。

だけど、最高の機材と、完璧に動作するたこピックが揃ったのだ。やるからには、元の世界で培った僕のすべての知識を総動員して、彼女たちが腰を抜かすほど完成された『たこ焼き』を食べさせてあげたい。

そのためには、今の材料だけではどうしても「足し算」が足りないのだ。

「それじゃあ、ちょっと追加の買い出しに行ってきます」

僕はエプロンを外し、ロンじいさん特製のパンダ耳ヘッドギアをしっかりと装着して寮の玄関へ向かった。すると、背後からトトト、と静かな足音が近づいてくる。

振り返ると、身体を少し縮こまらせたアオイさんが、僕の服の袖をきゅっと掴んでいた。

「あ……あの、ヒロキくん。私……その、付き添い、してもいい……?」

人見知りの激しいアオイさんだけど、すっかり僕の料理(と僕自身?)に懐いてくれた結果、一緒に行きたいモードに入っているらしい。

「あはは、もちろんですよ。ありがとうございます、アオイさん。一緒に行きましょう」

僕が微笑むと、アオイさんは嬉しそうにパッと表情を明るくした。

袖を掴まれたまま、僕たちは寮の近くにあるいつものスーパーへと向かった。心強い(だけど怪力な)護衛付きの買い出しだ。

スーパーの自動ドアをくぐり、カートを押して進むと、すぐに聞き馴染みのある元気な声が飛んできた。

「あら、赤ずきんのボクじゃない! いらっしゃい!」

品出しをしていた狼族のパート店員、イチカワさんだ。

その声に反応した瞬間、僕の後ろにいたアオイさんが「ひゃっ」と小さな悲鳴を上げて、僕の背中へと瞬時に隠れた。……いや、隠れたつもりなのだろうけれど、168cmの僕の後ろに192cmでグラマラスなアオイさんが隠れられるはずもなく、頭も身体も盛大にはみ出している。相変わらず人見知りのレベルが極端で微笑ましい。

イチカワさんはそんなアオイさんに苦笑しつつ、僕の頭元を見て、その鋭い目を見開いた。

「あらまあ! ボク、いつも赤いフードをかぶってるから知らなかったけど……大熊猫族だったのね!」

「あ、はは……まぁ、そんなところです」

僕は内心冷や汗をかきながら、パンダの耳をピクピクと動かしてみせた。

内心ドキドキだったけれど、毎日色んな獣人のお客さんを見ているベテランのイチカワさんの目から見ても、ロンじいさんのヘッドギアは完全に本物の耳に見えているらしい。改めてあのリアルじじいの凄まじい技術力に背筋が震えた。

「イチカワさん、ちょっとお聞きしたいんですけど、お菓子作りに使うような食材の売り場ってどこですか?」

「お菓子作り? 珍しいわね。あっちの製菓・調味料コーナーよ。案内してあげる」

「助かります!」

僕と、僕の袖を掴んだまま横歩きでついてくるアオイさんを引き連れ、イチカワさんが売り場まで案内してくれた。

僕が探していたのは、たこ焼きの「味変」としてみんなを驚かせるための、甘いデザート系の仕掛け。

そのために『ホイップクリーム(あらかじめ泡立てて固さがあるもの)』と、生地をさらにふっくら仕上げるための『ベーキングパウダー(ふくらし粉)』だった。

しかし、棚をどれだけ探しても、お目当てのパッケージは見当たらない。

「うーん……やっぱりないか……」

売り場に並んでいたのは、パックに入ったただの『液体の生クリーム』。そして、独特の苦味と匂いがある昔ながらの『重曹(炭酸水素ナトリウム)』だけだった。

元の世界なら、最初から使いやすく調整された便利なホイップ缶やベーキングパウダーが100円前後でいくらでも手に入った。

けれど、この世界はいつだってそうだ。お好み焼きソースも、鶏ガラスープも、すべて出来合いのものは存在せず、自分の知識を総動員してゼロから独自に作り上げなければならない。

便利さに甘えられない「風習の壁」が、またしても僕の前に立ちはだかった。

「ヒロキくん、お目当てのもの、なかった……?」

僕が棚の前で腕を組んで考え込んでいると、アオイさんが心配そうに覗き込んできた。

「大丈夫です、アオイさん。ないなら、今あるものを組み合わせて作ればいいだけですから。料理人の腕の見せ所です!」

僕は不敵に微笑むと、液体の生クリームと重曹、そしていくつかの「秘密の足し算」のための食材をカゴへと放り込んだ。

「イチカワさん、ありがとうございました!」

イチカワさんに手を振り、僕たちは急いで特別寮の厨房へと引き返すのだった。

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