3.僕と、カルボナーラと、眠れない夜
身長の設定は
僕 (人間)→ 168cm
サリー(猫族) → 184cm
コニー(狐族) → 179cm
アオイ(熊族) → 192cm
コニーの胸に抱かれ、アオイが持ってきてくれたお水を飲み、サリーに背中をさすられて
ようやく僕の涙は収まった。
平均身長180cm超えの3人が、僕の周りで文字通り小さくなってホッとした胸を撫で下ろしている。
「ごめんなさい、急に泣いたりして……。僕、自分がどこから来たのか、どうやってここに来たのか、本当に何も分からなくて」
「いいよ、気にしないで。それより、あんたの種族って何なの? 聞いたことない特徴ばっかりだけど……」
サリーが不思議そうに、僕のツルツルの耳を指差した。
「僕は……『人間』です」
僕がそう答えると、サリー、コニー、アオイの3人は一瞬フリーズした。
見えない文字で、3人の頭の上に巨大な『?』が浮かんだのが分かった。
「ニンゲン……?」
「聞いたことないね。鳥族の珍しい亜種かな?」
「……ウチの、図鑑にも……載って、ないかも……」
やはり、この世界に人間はいないらしい。
「うーん」としばらく唸っていたサリーだったが、ポンと自分の膝を叩いた。
「よし、考えても進まないし、明日、先生とクラスの委員長に相談しに行こう。あの2人なら、こういう難しいことに詳しいから」
「……いいんですか? 学校に部外者を連れて行って」
「いいのいいの! 迷子を放っておく方が怒られるしね。だから今日は、ここに泊まりな」
サリーの男前な提案にコニーも「賛成ー!」と尻尾を振る。
僕を気遣って、誰も僕の本当の年齢(16歳)を疑うような野暮なことは言ってこなかった。
それが逆にありがたかった。
「あの……お世話になるお礼に、何か僕に作らせてもらえませんか? 料理、得意なんです」
僕の提案に、3人は顔を見合わせた。
「え、ちびっ子が料理? 包丁危なくない?」
心配するサリーを押し切って、
僕は台所の冷蔵庫を開けさせてもらった。
中に入っていたのは、さっきの極上の卵、ソーセージ、にんにく、チーズ。
調味料の棚には塩、こしょう。それと、棚の奥に見つけたパスタの麺。
牛乳も生クリームもない。だけど、この食材があればアレが作れる。
「よし……『カルボナーラもどき』ならいける」
僕はエプロンを借り(サリー用なので僕にはドレスみたいに長かったけれど)、調理を開始した。
おとなしくて引っ込み思案な僕だけど、包丁を握ると少しだけ背筋が伸びる。
まず、にんにくを包丁の腹で潰し、細かく切ったソーセージと一緒に、弱火でじっくり炒める。
じゅわ、と良い香りが室内に広がり、後ろで待機していた3人の鼻先がピクピクと動いた。
「ん……? なんか、すっごく良い匂いがする……」
「にんにく!? ソーセージ!? くんくん、美味しそう!」
茹で上がったパスタをフライパンに入れ、火を止める。
そこに、あらかじめ溶いておいた濃厚な卵黄と、すりおろしたチーズを流し込む。ここが一番の勝負所だ。余熱だけで、卵がダマにならないように素早く、滑らかにパスタと絡めていく。
最後に、仕上げの黒こしょうをパラリと振って完成だ。
「お待たせしました。生クリームがないので『もどき』ですけど、どうぞ」
大きなお皿に盛り付けられた、黄金色に輝くカルボナーラ。
3人は生唾を飲み込み、一斉にフォークを突き動かした。
「……っ!?」
最初に目を見開いたのはサリーだった。
「な、にこれ……! 濃厚なのに、全然くどくない! 私がさっき作ったTKGの何倍も、卵の味が引き立ってる……!」
「おいしーーーい!! もぐもぐ、何これ!? パスタが卵のソースとトロトロに絡んで、手が止まんないよ!」
コニーがものすごい勢いでパスタを巻き取り、尻尾を千切れんばかりに振り回す。
「……んむ……すごく、美味しい……。お店の、ご飯みたい……」
アオイも、大きな身体を揺らしながら、幸せそうに頬を緩めていた。
「ふふ、良かったです。こっちの卵、すごく質が良いから、美味しく作れました」
僕が笑うと、3人は食べる手をピタッと止め、まじまじと僕の顔を見た。
「……あんた、本当に何者? こんな料理作れる小学生、いるわけないんだけど……」
呆然と呟くサリー。
どうやら、料理の腕前のおかげで、少しだけ「子供扱い」を脱出する一歩を踏み出せたみたいだ。
こうして僕は、奇妙な安心感に包まれながら、獣人の世界での最初の夜を迎えたのだった。
夕食の片付けを終え、いよいよ寝る時間になった。
一人暮らしの女子高生の部屋。
当然、ベッドは一つしかない。
「僕は床に毛布を敷いて寝ますから、サリーさんはベッドを使ってください」
僕は紳士的にそう申し出たつもりだった。
しかし、パジャマ代わりのスウェットに着替えたサリーは、ベッドの上から「は?」という顔で僕を見下ろした。
「何言ってんの。こんなちびっ子を床で寝かせたら、明日先生に怒られるの私なんだけど。ほら、おいで」
サリーはトントン、と自分の隣のスペースを手招きする。
「え、いや、でも……っ」
「いいから。風邪ひくよ」
有無を言わさないお姉さんオーラ(本人は子供を労っているつもり)に押され、
僕は意を決してベッドに潜り込んだ。
すぐ隣から、女の子の——それも、どこか陽だまりのような、甘いシャンプーの匂いが漂ってくる。
いくら子供扱いされているとはいえ、僕は16歳の男子高校生だ。
心臓がバクバクと警報を鳴らし、全身がガチガチに緊張する。
「あの、サリーさん……?」
恐る恐る声をかけてみる。しかし、返事はなかった。
「すー……、すー……」
「(え、もう寝てる!?)」
時間にして、ベッドに入ってからわずか数秒。
サリーは驚異的な秒速で深い眠りに落ちていた。無防備にすやすやと息を立てる横顔を見て、僕の緊張は一気に肩透かしを食らう。
「……なんか、安心したっていうか、ちょっと残念っていうか……」
自分の下心が恥ずかしくなり、僕は小さくため息をついた。
これなら大丈夫だとホッとして、僕はサリーに背を向ける形で寝返りを打ち、目を閉じた。
——だが、本当の恐怖は深夜に訪れた。
「ん……にゃ……」
背後で、サリーが寝言ともつかない声を漏らす。
気配が動いたと思った次の瞬間、背中から、ものすごく大きくて温かい「塊」が突撃してきた。
「ぶふっ!?」
長い腕が僕の胸を、長い脚が僕の太ももを、がっしりとホールドする。
サリーは僕を、完全に手頃なサイズの『抱き枕』として認識したらしい。
背中にあたる彼女の体温は心地いい。心地いい、のだが——
「(か、身体が、動か……ない……っ!)」
猫族の身体能力を侮っていた。
サリーのしなやかで引き締まった四肢から繰り出される締め付けのパワーは、
痩せ型の僕のキャパシティを遥かに超えていた。
まるで大型のヘビに巻き付かれたかのような、あるいは頑丈な万力で固定されたかのような、ガチの物理的圧迫。
「くっ、苦し……息が……っ」
おとなしい僕の必死の抵抗など、熟睡するサリーにとっては心地いい微振動にすぎないようで、
むしろ「むにゃ……」とさらに腕の力が強まる。
顔のすぐ近くで、サリーの黒い獣耳がピクピクと幸せそうに動いている。
引き離そうにもビクともしない。声を上げようにも、肺の空気を絞り出されて声にならない。
生きた心地のしない、文字通りの『呼吸困難』。
僕は一晩中、サリーの腕の中で窒息の恐怖と戦い続けることになった。
気の遠くなるような夜が明け、カーテンの隙間から朝の光が差し込んできた頃。
僕の目の下には、くっきりと濃いクマが刻まれていた。
「ふあぁ……。よく寝たー。……あれ? 起きてたの?」
朝、すっきりと爽やかに目を覚ましたサリーが、
腕の中で白目を剥きかけている僕を見て、不思議そうに首を傾げた。




