28.僕と、たこ焼きと、力強い祖父
「よし、それじゃあ(この)世界初のたこ焼き、焼いていきますよ!」
僕は新兵器のダイヤルを回し、ステンレス製のプレートに熱が均一に回るのを待った。じわじわと熱気が上がってきたところで、窪みのひとつひとつに丁寧に油を塗っていく。
ボウルの中には、出汁と小麦粉、卵を配合した特製の生地。今回はあらかじめ、刻んだ青ネギと紅しょうがをたっぷりと混ぜ込んである。
「いくよ、サリー、フェイ先生、ロンさんもよく見ててくださいね」
お玉ですくい上げた生地を、熱々のプレートへと一気に流し込む。
「ジュワワワワッ!!」
工房の中に、出汁とネギが焼ける最高の音が小気味よく響き渡り、みんなの耳が一斉にピンと前を向いた。
堤防パーツのおかげで生地が溢れる心配もない。僕はすぐさま、ぶつ切りにしたタコを窪みへと次々に投入していく。
「でも、全部をタコにするのも芸がないですからね。6列あるうちの、この1列にはカットしたソーセージ。そしてもう1列には……さっき採ってきた贅沢な『松茸』を入れます!」
「なっ、松茸をそんなふうに使うのかい!?」
ロンじいさんが驚きの声を上げる。タコのプリプリ感、ソーセージのジューシーさ、 松茸の芳醇な香り――バラエティ豊かな具材が生地の海へと沈んでいった。
しばらくすると、ステンレスの熱伝導の良さのおかげで、フチの生地がぷっくりと固まり始めた。
「ここからが本番です。こうやって、箸を使って……」
周りの生地を窪みの中へと押し込みながら、手首をスナップさせてキュッと半回転。
さらに、あふれた生地を巻き込みながらもう半回転。最初はただのドロドロだった液体が、
僕の箸さばきによって、みるみるうちに綺麗な球体へと姿を変えていく。
「すごーい! 丸くなった! くるくる回るの、おもしろーい!」
サリーが目を丸くして、黒い猫耳を激しくピコピコと動かした。
フェイ先生も「へえ、あの平らな液体がこんなに綺麗な球形になるなんて、じつに合理的な調理法ね」と感心しきりだ。
ステンレスの表面で転がされ、だんだんとキツネ色の美味しそうな焼き色がついていく。外側がカリッと香ばしく仕上がったのを見計らい、僕は箸でテンポよく大皿へと取り出していった。
仕上げのデコレーションだ。
特製の合わせソースをハケでたっぷり塗り、マヨネーズを綺麗な格子状にシャーーッとかける。引力に逆らうように青のりを振り、この時代で見つけたかつお節を天盛りにすると――熱気でかつお節が生き物のようにユラユラと踊り始めた。
「よし、『たこ焼き・優美林試作カスタム』の完成です!」
「うお、美味そう……! 匂いだけで脳が溶けそうだわ!」
フェイ先生が我慢できずに箸を伸ばす。
カリッ、トロッ。
ハフハフと口を動かした瞬間、大熊猫族の先生の動きがピタッと止まった。
「……ッ!!! なにこれ……外はこんなに香ばしいのに、中は信じられないくらい熱々でトロットロ! ソースの濃厚さに負けないくらい、出汁の旨味が生地から溢れてくる……!」
「私も私も! ……はふっ、あつっ、でも美味しーーい!! タコがクニュクニュしてて、噛むほどに味が染み出てくるよ!」
サリーもハフハフと涙目になりながら、金の尻尾をプロペラのように大回転させている。
「ふむ……! こちらの松茸入りも凄まじいな!」
ロンじいさんが大口で松茸たこ焼きを頬張り、白いヒゲを震わせた。
「ソースとマヨネーズという強烈な味付けの中にありながら、噛んだ瞬間に松茸の気高い香りがトロりとした生地と共にブワッと広がる! 一つの球体の中に、これほどの味のドラマが凝縮されているとは……ヒロキ君、君は天才か!」
3人が野生の剥き出しの笑顔で次々とたこ焼きを口に放り込んでいく。
自分で作った機材で、自分が思い描いた通りの完璧な『カリトロ』が再現され、それをこんなに喜んでもらえる。ヘッドギアの耳をピコピコと嬉しそうに動かしながら、僕は最高の達成感に包まれていた。
「ロンさん、このたこ焼き器、大成功です! 寮に戻ったら、みんなを集めて絶対にたこ焼きパーティーをやります!」
「ああ、いくらでも持っていきなさい! 必要なら量産型の設計図も作っておくよ!そうだ、あと、これを忘れていたよ」
ロンじいさんは思い出したように工房の引き出しを開けると、先端が綺麗に丸く研磨された、ステンレス製の細長いピンのような道具をいくつか取り出した。
「たこ焼きをひっくり返すための道具……『たこピック』です! ありがとうございます、箸だと少しコツがいったので、これがあればサリーたちでも簡単に綺麗な丸型にできます!」
「簡単な工作だがね。先端を少し丸めて、プレートのステンレスを傷つけないようにしておいたよ」
僕は2周目の生地をたこ焼き器に流し込んだ。
これほど素晴らしい道具を作ってもらい、さらにはこの世界で生きていくための「パンダの耳」(ヘッドギア)と「身分証」まで用意してもらったのだ。貰ってばかりでは、僕の気が済まない。
「ロンさん、これ、僕からのお礼です」
僕はポケットから、あらかじめノートの切れ端に書き留めておいたメモを取り出し、ロンじいさんへと手渡した。
「これは……料理の設計図かい?」
「はい。今日作った『たこ焼き』と、以前作った『お好み焼き』、そして僕の存在証明でもある『特製焼肉のタレ』の正確な配合とロジックを書き写したものです。元の世界から僕が持ってきた、大切なレシピです」
ロンじいさんは、僕の書いた文字を大きな手で恭しく受け取り、眼鏡の奥の目を細めてじっくりと眺めた。
「……素晴らしい。フェイやサリーが夢中になるわけだ。何より、君にとって命の次に大切なものであろう技術を、私のような老人に預けてくれるとはね」
ロンじいさんはレシピを大切そうに作務衣の懐へ収めると、2メートルを超える巨躯をゆっくりと屈め、僕の目線に合わせて大きな両手を僕の肩へと置いた。
「ヒロキ君。君は遠い過去から一人でこの時代へやってきて、本当に寂しく、恐ろしい思いをしてきただろう。だが、もう安心しなさい。我が家にレシピを遺してくれた以上、君も今日からわしの孫だ。何があっても、このロンが君の盾になろう」
「……っ」
ロンじいさんの太い腕が、僕の小さな身体を優しく、だけどびくともしない圧倒的な包容力でぎゅっと抱きしめた。
その大きな胸の中から、お日様のような温もりと、どこか懐かしいおじいちゃんの匂いが伝わってくる。
「……う、……ぐすっ……」
張り詰めていた心の糸が、完全に切れてしまった。
いくら前を向いて料理を作っていても、数億年以上の過去から独りきりで取り残された孤独と恐怖が、消えてなくなったわけじゃなかった。
誰にも言えなかったその不安を、ロンじいさんの大きな身体がすべて受け止めてくれているような気がして、僕は彼の作務衣に顔を埋めたまま、声を殺してボロボロと涙を流した。
フェイ先生はそんな僕たちの姿を、どこか優しい目で見守りながら、残ったたこ焼きをそっと口に運んでいる。サリーも金の尻尾を優しく揺らしながら、僕の背中にそっと手を添えてくれていた。
ひとしきり泣いて、少しすっきりした顔で僕が顔を上げると、頭のパンダ耳が僕の照れくささに連動して、ペタンと恥ずかしそうに寝そべった。
「ふふ、いい耳だ。よく似合っているよ、ヒロキ」
ロンじいさんは豪快に笑い、僕の頭を大きな手でくしゃくしゃに撫で回した。
最高の祖父と、心強い仲間。そして、未来へ繋がる最高の調理器具。
僕は涙を拭い、新兵器のたこ焼き器を抱きしめて、今度こそ満面の笑顔で特別寮への帰路につくのだった。




