27.僕と、工作職人と、たこ焼き器
涙を拭って顔を上げると、ロンじいさんは豪快に笑いながら僕の肩をぽんと叩いた。
「いやいや、お礼を言うのはこちらの方さ。フェイから君の話を聞いた時から、ずっと興奮が収まらなくてね。あの『ホットプレート』と『小型IHクッキングヒーター』のアイデア、あれは本当に素晴らしかった!」
元校長でありながら、根っからの技術屋であるロンじいさんの目が、少年のようにらんらんと輝き始める。
「エネルギーをただ大容量に詰め込むことしか考えてこなかった我が国の技術者たちに、あの『出力を細かく制御して卓上で調理する』という引き算の思想を見せてやりたいよ! 君の知識と私の工房があれば、この世界にない面白い機械工作がいくらでもできるはずだ。どうだい、とりあえず直近で、何か作って欲しいものや困っている道具はないかね?」
「作って欲しい、道具……」
そう問われて、僕の脳裏には一つの調理器具が即座に浮かび上がった。
特別寮の厨房に立ち始めたあの日から、頭の片隅でずっと「これがあれば、あの子たちと最高のパーティーができるのに」と思い焦がれ、けれど自分の力ではどうしようもなくて諦めていた、元の世界の象徴のような道具。
僕はパンダの耳を少し緊張で震わせながら、ロンじいさんを真っ直ぐに見つめた。
「ロンさん……。それなら、ずっと欲しかったものがあります」
「ほう、なんだい? 言ってみておくれ」
「『たこ焼き器』が……欲しいです」
「……たこ、やき、き?」
ロンじいさんが、大きくて白い眉を不思議そうにひそめた。
隣で聞いていたフェイ先生も「タコを焼く機械? なにそれ、聞いたこともないわね」と首を傾げ、サリーは「タコってあの、海にいるウネウネしたやつ? あれを焼くの?」と黒い猫耳をパタパタと動かしている。
「道具としては、そこまで複雑なものではないんです。鉄板に、直径4センチくらいの半球状の窪みが等間隔にいくつも並んでいるだけの構造で……」
僕は調理台にあったメモ帳とペンを借りて、サラサラと元の世界でお馴染みの、あの格子状に丸い穴が並んだプレートの図面を描いて見せた。
「この窪みに、出汁と小麦粉を合わせた生地を流し込んで、タコや野菜を入れて、キリのような道具でクルクルとひっくり返しながら、綺麗な球体に焼き上げるんです。卓上で、みんなでワイワイ突っつきながら作って食べる料理なんです」
僕が熱を込めてロジックを説明すると、ロンじいさんは僕の描いた拙い図面をじっと見つめ、顎の白いヒゲを撫でながらフム、と深く唸った。
「なるほど……! 一枚のプレートの中に、独立した複数の熱対流の空間を作るというわけか! 球体に焼き上げることで、外はカリッと、中は熱々のトロトロに仕上げる……シンプルだが、じつに計算された形状だ。しかも、それを『卓上で全員で作りながら食べる』というエンターテインメント性まで含まれているとは……!」
さすが元優美林のトップ。構造の意図と、その道具がもたらす「食卓の未来」を一瞬で理解してくれた。
「面白い! じつに面白いよ、ヒロキ君! ちょうどホットプレートの技術を応用すれば、温度管理の回路もすぐに組み込める。よし、最高のものを作って進ぜよう!」
ロンじいさんは大声を上げて笑うと、早くも工作機械の電源を入れに工房の奥へと歩き出した。
「よし、それじゃあ早速、設計データの作成に取りかかろう!」
ロンじいさんは僕が描いた拙い図面をスキャナーにセットすると、凄まじい手つきでキーボードを叩き、あっという間に綺麗な3Dデータへと変換していった。
工房の奥で鈍い光を放っているのは、金属造形用の大型3Dプリンターだ。セットされた頑丈なステンレス鋼のブロックに向けてレーザーが照射されると、火花を散らしながら、図面通りの正確な形状が徐々に削り出されていく。
「造形が終わるまで、1時間といったところだね。ヒロキ君、その間に材料を揃えておいで」
「はい! ありがとうございます!」
機械の自動運転を見届けた僕たちは、再びサリーに車を出してもらい、山を下りて麓のスーパーへと買い出しに向かうことにした。
頭には、先ほどロンじいさんから貰ったばかりのパンダ耳ヘッドギアを着けている。車窓に映る自分の姿は、どこからどう見ても大熊猫族の少年そのものだ。もうコソコソとフードを深くかぶる必要はない。堂々と助手席に座っているだけで、胸の奥がすっと軽くなるのを感じた。
スーパーの鮮魚コーナーを覗くと、幸運なことに綺麗にボイルされたタコが丸ごと売られていた。
あのウネウネした姿のままだったらどうしようかと思ったけれど、茹で上がって真っ赤になった状態なら、元の世界のタコと何ら変わりはない。
あとは小麦粉、卵、そしてお好み焼きのときにも大活躍したウスターソースとケチャップ、マヨネーズをカゴに放り込み、僕たちはホクホク顔で山奥の工房へと引き返した。
工房に戻ると、すでに3Dプリンターの作業は終了していた。
ロンじいさんは、焼き上がったばかりのステンレスプレートのフチをヤスリで手際よく擦り、職人技のような手つきで「バリ取り」を行っている。さらに、プレートの底面へ精密な電熱コイルと、高出力の小型バッテリーを手際よく取り付けていく。
「ヒロキ君、これを見てくれ。君の図面にはなかったが、生地を並々と注いだときに外へ溢れ出ないよう、周りに少し高めの『堤防』となる受け皿パーツを追加しておいたよ。これなら、少々不器用な者がひっくり返しても、中身が外に漏れることはないだろう」
「あ……! 流石ロンさん、そこまでは頭が回っていませんでした!」
元の世界のたこ焼き器にも、確かにあの溢れた生地を受け止めるフチ(溝)がついている。僕が言い忘れていた細かいディテールを、ロンじいさんは「卓上でみんなで突っつく」というロジックだけで完璧に予測し、補ってくれたのだ。
「よし、これで配線も完了だ。スイッチオン……うん、通電も問題ないね」
ロンじいさんが仕上がりを確かめるようにプレートをコンパウンドで磨き上げると、鈍い銀色の輝きを放つ、世界に一つだけの『たこ焼き器1号』が、あっという間に完成を迎えた。
ステンレスの重厚なプレートに、綺麗に整列した半球状の窪み。そしてサイドに取り付けられた、火力調整用のスマートなダイヤル。
「すごい……完璧です、ロンさん。元の世界にあったものより、ずっと頑丈でカッコいいですよ!」
「これが『タコヤキキ』! 早く動いているところが見たい!」
サリーが黒い猫耳をパタパタと小刻みに揺らし、テーブルの上のマシーンを興味津々で覗き込む。
フェイ先生も、「へえ、じじいの割にはいい仕事するじゃない。ねえ寮長、材料も揃ったことだし、早くその丸い料理ってやつを作ってみせてよ」と、
早くもよだれを垂らしそうな顔で僕を急かしてきた。




