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獣人しかいない世界で 僕は胃袋掴んで無双する  作者: けろ


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25/39

25.僕と、裏山と、松茸尽くし

僕の顔が完全に青ざめているのを察したロンじいさんが、助け舟を出すように穏やかに微笑んだ。

「……サリー、気晴らしにヒロキくんを連れて、裏山でキノコでも採ってきておくれ」

「わかった! 行ってくるね。ほらヒロキ、行こ!」

サリーが僕の腕をぐいっと引っ張る。恐怖の種馬計画の衝撃から這い上がるようにして、

僕は這う這うの体でダイニングを後にした。

二人の足音が遠ざかり、玄関の扉が閉まる。

静かになったダイニングで、ロンじいさんは孫娘をジロリと睨みつけた。

「フェイ。お前は相変わらず性格が悪いな。怯えさせてどうする」

「そりゃあ、じじいの孫だもの。血筋よ、血筋」

フェイ先生は悪びれもせず、残った骨せんべいをポリポリと齧る。

「……言うようになったな。まぁ、それはさておき。ヒロキくんの存在が、今のこの社会において『毒』にも『薬』にもなることはよく分かった。だからこそ、まずは彼にちゃんとした身分を与えて守らなきゃいけないね。優美林の元校長として、私の人脈を少し動かすとするか」

「頼むよ、じじい。あの子、本当に手放すには惜しい最高の料理を作るんだから」


場面は変わって、木漏れ日が差し込む豊かな裏山。

「ヒロキ、このへん、このへん! おじいちゃんが言ってたキノコ、いっぱい生えてるよ!」

サリーが地面を指差す。そこに生えていた「キノコ」を一目見た瞬間、さっきまで恐怖で青ざめていた僕の顔が一変した。

「え……ええっ!? 松茸……!? 松茸が、こんなに生えてるの!?」

地面からニョキニョキと顔を出しているのは、どう見ても元の世界における最高級キノコ、松茸だった。

現在の季節は春先だ。元の世界の常識に照らし合わせれば、秋の味覚である松茸が育つ時期では絶対にない。

しかし、エネルギーが狂ったように巡るこの世界の土壌のせいか、目の前にあるキノコは色、形、そして独特の芳醇な香り、すべてが松茸のそれと完璧に合致していた。

「え、これマツタケって言うの? じじいがたまにホイルで焼いて食べてるけど、独特なニオイがするよね」

「独特なんてレベルじゃないよ、最高のご馳走だよ……!」

さっきまでのブルーな気分はどこへやら、料理人としての血が騒ぎ、僕はホクホク顔で持ってきたカゴに次々と松茸を収穫していった。

カゴがいっぱいになり、意気揚々とロンじいさんの家へと引き返す道すがら、サリーが僕の顔を覗き込んでクスッと笑った。

「ヒロキ、元気になった?」

そう言って、サリーが上から僕の頭をくしゃっと優しく撫でてくれた。彼女なりの、不器用で温かい気遣いだった。

ダイニングに戻ると、僕は「お礼に、この松茸で一品作らせてください!」とロンじいさんに申し出た。キッチンを借り、早速調理を開始する。

まずは、松茸のカサがまだ開いていない上質なものを選び出す。

風味を落とさないよう水洗いはせず、湿らせたキッチンペーパーで優しく汚れを拭き取った。

鉛筆を削るようにして根元の石突きを薄く切り落とし、カサの根元に浅く切り込みを入れてから、手で丁寧に割いていく。

包丁で切るより、手で割いた方が断面が粗くなり、香りがより引き立つからだ。

研いでおいたお米の上に、贅沢なほど大量の松茸を敷き詰める。

味付けは、少々の塩と、香り付けの醤油のみ。

この世界の最強の調味料である「めんつゆ」は、あえて一切入れない。この濃厚な大地が育てた松茸から溢れ出るエキスだけで、旨味のロジックは完璧に完成するからだ。

「それともう一品……」

さらに僕は、カゴに残った松茸を使って、もう一つの料理に取りかかった。

松茸の繊細な香りを少し犠牲にしてしまうかもしれないけれど、僕という人間がこの世界にいる存在証明でもある『特製焼肉のタレ』。

特別寮から持参していた、おろしリンゴやニンニクを絶妙に配合したあのタレを使って、薄切りの牛肉と松茸を強火で一気に炒め上げる。

醤油とニンニクの香ばしい匂い、そして松茸の芳醇な香りが、ロンじいさんの綺麗なキッチンいっぱいに広がっていった。

「お待たせしました。松茸尽くしです」

炊飯器の蓋を開けた瞬間、部屋中に爆発的な秋(春だけど)の香りが立ち込め、ロンじいさんとフェイ先生、

そしてサリーの耳が一斉にピクンと跳ね上がった。

「おほー! こいつは美味すぎる!! 米と一緒に炊くという、こんなに単純で完璧な方法があるとは、なんたる盲点……ッ!!」

2メートルを超える巨躯のロンじいさんが、家がビリビリと震えるほどの凄まじい声量で吠えた。

顎の白いヒゲに米粒をつけながら、普段の威厳はどこへやら、凄まじい勢いで松茸ご飯を口に運んでいる。

「ふやぁぁ……美味しいぃ、美味しすぎるよヒロキ……! 鼻から抜ける匂いがもう、すっごく幸せ……っ」

隣では、サリーが早くも茶碗3杯目を平らげていた。黒い猫耳を狂ったようにピコピコと動かし、喉をゴロゴロと鳴らしながら、完全に食べるマシーンと化している。

「でしょ? じじい。この炒め物も食べてみなさいよ。……んっ、やっぱりこのタレ、お肉だけじゃなくてキノコにも完璧に絡むわね。最高にジャンクで、箸が止まらないわ!」

フェイ先生も大熊猫族の野生を隠そうともせず、牛肉と松茸のタレ炒めをガツガツと口に放り込んでいく。

「うむ! この炒め物も、タレの味が強烈かつ奥深いな! 肉の旨味を完全に引き出しつつ、松茸の力強い食感と絶妙に調和している! フェイ、お前の言う通り、いや、それ以上の衝撃だ。これは確かに、この世界の料理人が逆立ちしても作れない味だよ……!」

みんながこれ以上ないほどダイレクトに喜びを爆発させてくれる姿を見て、僕の頬も自然と緩んだ。料理人として、自分の作ったご飯をここまで美味そうに食べてもらえることほど、嬉しい瞬間はない。

それに……何より僕自身が、この状況に震えるほどの感動を覚えていた。

「(元の世界じゃ、即席のお吸い物の素くらいでしか、あの風味を口にできなかったのに……)」

そして、エリンギを薄切りにしてお吸い物の素を入れた「なんちゃって松茸ご飯」ではない。今、僕の口の中にあるのは、本物の、それも信じられないほど分厚く贅沢に切り分けられた採れたての松茸だ。

噛み締めるたびに、溢れんばかりのエキスと芳醇な香りが口いっぱいに広がる。

こんな贅沢な特盛松茸ご飯と、特製ダレを絡めた牛肉松茸炒めを、お腹いっぱいになるまで貪り食うことができるなんて。

「(この世界でみんなのご飯を作ってきたご褒美としては、お釣りが来すぎるくらいだな……)」

心からの至福感に包まれながら、僕も2杯目の松茸ご飯にそっと箸を伸ばした。

「ヒロキ、炒め物最後の一つ、貰ってもいい!?」

「あ、ずるいぞサリー、それは私のよ!」

「二人とも、隠居した老人の前で醜い争いはやめなさい。……というわけで、それは私が貰おう」

「じじいが一番ずるいーーー!!」

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