23.僕と、電気自動車と、ハイテク道路
「そういえば寮長。うちのじじいがさ、ヒロキに会いたいって言ってるんだけど、どうする?」
骨せんべいをボリボリと豪快に噛み砕きながら、フェイ先生が思い出したようにそう切り出してきた。
「じじい、ですか……」
いつも彼女が「工学部のじじいたち」を締め上げているのを見ているだけに、一瞬身構えてしまう。
けれど、僕が全幅の信頼を置いているフェイ先生が、あえてこうして僕に話を振ってくるということは、危険な相手ではないのだろう。
「フェイ先生が問題ないと言うのであれば、僕はそれに従うだけですよ。お会いしましょう」
僕がそう答えると、フェイ先生は「話が早くて助かるわ。じゃあ、善は急げで早速行きましょうか」と、ニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべた。
特別寮の駐車場に向かうと、そこにはスマートなフォルムの自動車が停まっていた。
駆動音を響かせて立ち上がったそれは、完全なEV(電気自動車)だ。強大すぎるエネルギー物質が地中を巡るこの世界の事情を考えれば、ガソリンエンジンが存在せず、すべてが電気で動いているのは極めて納得がいく。
そして、その車の運転席に当然のような顔をして乗り込んだのは、なんとサリーだった。
「え、サリーが運転するの!?」
僕が思わず声を上げると、サリーは黒い猫耳を自慢げにピコピコと動かした。
「不満そうな顔ね、ヒロキ」
聞けば、この世界にも運転免許制度は存在するものの、なんと「年齢制限」がないのだという。身体能力や知性を測る厳しい試験さえ突破できれば、何歳であっても運転が許される。
ちなみにサリーは、わずか11歳で免許を取得したらしい。
元の世界なら超天才キッズのニュースものだが、この世界では「まぁ、たまにいるよね」というレベルで、さほど珍しいことでもないそうだ。
「(年齢制限なしか……それなら僕も機会があれば免許を取れるかも)」
一瞬だけ胸を躍らせた僕だったが、すぐにハッと気づいて肩を落とした。
そもそも僕はこの世界に戸籍がない、文字通りの『存在しない人間』だ。身分を証明するものがない以上、試験を受けることすら叶わない。
「……はぁ。僕には無理な話でした」
「あら、どうしたの急に溜息なんか吐いて。置いてっちゃうわよ?」
助手席のフェイ先生に急かされ、僕は意気消沈しながら後部座席へと乗り込んだ。
サリーの運転で車が滑らかに出発する。
驚いたのは、都市部の道路に出た瞬間だった。アスファルトのあちこちに、給電用の変則的なラインが整然と敷き詰められている。
「(走行しながら自動でワイヤレス充電してるのか……)」
元の世界でも実験段階だったり、一部で実用化され始めていた技術だけど、都市部の幹線道路すべてにこれほど大規模なインフラが整備されているのは、僕の目から見ればかなりのハイテクノロジーだ。
この世界はエネルギーの供給効率に関する技術が恐ろしいほどの速度で極限まで進化している。
車内にはエンジンの振動も騒音もほとんどなく、ただ滑るように進んでいく。
静かな空間の中で、僕は助手席の背もたれ越しにフェイ先生に尋ねてみた。
「あの、フェイ先生。お会いしに行く『じじい』って、いつも先生が締め上げている工学部の方ですか?」
「ああ、そういえばちゃんと説明してなかったわね」
フェイ先生はジャージの襟を少し引っ張りながら、窓の外へ視線を向けた。
「じじいはじじいでも、工学部の連中じゃないわ。私のリアルじじい。つまり、実の祖父よ。私が優美林の生徒だった頃の校長でもあるわね。今はとっくに隠居して、山奥に籠もって隠居生活を送ってるんだけど」
「えっ! ロンおじいちゃん!?」
ハンドルを握るサリーが、バックミラー越しに目を輝かせ、喉をゴロゴロと鳴らした。
「わー、久しぶりに会えるんだ! 楽しみー!」
フェイ先生の祖父であり、優美林女子高の元校長。
一体どんな規格外のパンダじいさんが出てくるのだろうか。
車はハイテクな都市部の給電道路を抜け、徐々に緑が深まる険しい山奥へと、静かにその車体を走らせていくのだった。




