16.僕と、消えたボトルと、少女の食欲
「(……あれ? おかしいな……)」
みんなが学校に行っている日中、僕は冷蔵庫を開けて、思わず首を傾げていた。
昨日、みんなに大好評だった「特製焼肉のタレ」。今後もきっとホットプレートやお肉の出番が増えるだろうと思って、
大きめのペットボトル2本分にたっぷりと作り置きし、冷蔵庫に保管しておいたのだ。
ちなみにこのペットボトル、フェイ先生の話によれば「海中物質のエネルギーを抽出したあとの出がらし」を再利用したものらしいけれど、見た目は僕の世界のものと全く変わらない。
だけど、その透明なボトルが、今朝確認したらなぜか1本消えてなくなっているのだ。
特別寮のメンバーは全員身内だし、鍵が壊された形跡もない。
「(うーん、誰かが料理にでも使ったのかな……?)」
特に深く詮索することもなく、「まぁ、わからないままでもいっか」と夕飯の支度を始めることにした。
今日のメニューは、昨日狼族のおばちゃんのスーパーで買ってきた新鮮なキャベツと玉ねぎ、そして上質な豚肉を使った『肉野菜炒め』。
味付けには、残ったもう1本の「特製焼肉のタレ」を贅沢に回しかけ、強火のIHで一気に炒め上げた。ニンニクとしょうが、そしてりんごの甘みが焦げる香ばしい匂いが、夕方の寮内に広がっていく。
「ただいまー! うわ、今日も最高の匂い!!」
学校から帰ってきたサリーたちが、吸い寄せられるようにリビングのテーブルにつく。
「皆さん、お疲れ様です。今日もタレを使ったガッツリ系ですよ」
「やったーーー!」
コニーが金の尻尾をプロペラみたいに回し、ピピも丸メガネの位置を直して嬉しそうに席に座る。
「いただきまーす!」の合図と共に、サリーの猛烈なラッシュが始まった。
「んむ! やっぱりこのタレ最高! お野菜がシャキシャキで、お肉の旨味と合わさってご飯が無限に進む!」
サリーはものすごい勢いで白米を掻き込み、あっという間に茶碗を空にしていく。2杯、3杯とおかわりを重ね、ついに4杯目。
大皿の肉野菜炒めが綺麗になくなると、サリーは躊躇なくその皿を持ち上げた。
そして、皿の底に残った、肉の脂とタレが混ざり合った『極上の汁』を、4杯目の白米の上にじょぼじょぼと豪快にかけたのだ。
「ぷはー! これこれ、これが一番美味しいんだよね!」
「……あ、それ……美味しそう……っ」
その様子をじっと見つめていたアオイが耳をピコピコと動かした。彼女もサリーの真似をして、自分の取り皿に残った汁をご飯にかけ、はにかむような笑顔でハフハフと食べ始める。
熊族のアオイが猫族のサリーの「ねこまんま」を真似している構図が、なんだか無性に微笑ましい。
そんな彼女たちの食べっぷりをおとなしく見守っていると、お腹がいっぱいになって満足げに喉を鳴らしていたサリーが、ふと思い出したように僕を見た。
「そうそう、ヒロキ! このタレ、マジで凄いよね! 私さ、昨日の夜中にちょっとお腹空いちゃってさ。部屋で夜食に得意の『TKG(卵かけご飯)』を作ったのね」
「え? 夜中にTKGですか?」
「うん。でね、いつもは醤油をかけるんだけど、なんとなく冷蔵庫にあったこのタレを代わりにドボドボってかけて食べてみたの。そしたらさ、めちゃくちゃ美味くてビビった! 卵の濃厚さとタレのニンニクが合わさりすぎて、一瞬でボトル半分くらい空けちゃったよ!」
サリーはあっけらかんと、八重歯を覗かせて笑った。
「……あ」
コニーが「あーあ、サリー、それって……」と呆れた顔をし、ピピが「サリーさん、それは完全に『窃盗』、あるいは『つまみ食い』の罪ですよ」と丸メガネの奥の目を光らせる。
「え? あ、もしかしてあの冷蔵庫のボトル、ヒロキが大事に取っておいたやつだった!? ごめん!」
サリーが慌てて黒い猫耳をペタンと寝かせ、184cmの身体を縮めて申し訳なさそうに両手を合わせた。
消えた琥珀色のボトルの犯人は、目の前の大食い猫耳少女だったわけだ。
「あはは、いいですよ。別に怒ってないですから。ただ、ボトルのまま直飲みしたんじゃなくて、ちゃんとTKGに使ってくれたなら良かったです。……でも、そんなに美味しかったならタレのストックを増産しておきますね」
「本当!? やったーー! ヒロキ大好き!」
許してもらえたサリーは一瞬で耳をピンと立たせ、嬉しそうに僕の肩をバシバシと叩いた。
本人に悪気はないし、何より僕の作ったタレをそこまで愛してくれているのだ。料理人として、これほど光栄なことはない。
「……ヒロキくん、そのタレ……私も、分けて欲しい……」
アオイが隣で小さく服の袖を引っ張ってくる。
「はい、アオイさんの分もたくさん作りますね」
おとなしく微笑みながら、僕は次の新しいレシピのアイデアを頭の中に描き始める。
タレ1本が丸ごと消える不思議な世界。だけど、それを上回るくらいの笑顔が返ってくるこの特別寮の食卓が、僕はやっぱり、少しずつ好きになっていくのだった。




