14.僕と、熱波と、焼肉パーティー
「ふふん、ただホットプレートの完成を待ってたわけじゃないですよ」
フェイ先生が持ち込んだ試作品を前に、僕はおとなしく微笑みながら、厨房から大きなガラスボウルとタッパーを取り出した。
「お肉はね、あらかじめ『しょうゆ、砂糖、みりん、ねぎ、おろしにんにく、白ごま』を合わせた特製のタレにしっかり漬け込んであります」
「うわ、何その茶色くてトロッとしたやつ……! すっごいスタミナ出そうな匂い!」
サリーの黒い猫耳がピコピコと狂ったように動き、身体が引き寄せられるようにボウルへ近づく。
「それだけじゃないよ。こっちのタッパーは、さっきの材料に『追加のおろしにんにく、しょうが、りんご、にんじん』を足して煮詰めた、焼き立てのお肉をつけるための特製タレです。さっきのポン酢と合わせて、2種類の味で楽しんでください」
「にんじんとりんご……!? タレに果物と野菜をすりおろして混ぜるなんて、そんな調理法、歴史書にも載ってないわよ……!」
フェイ先生が歴史学者として(半分は食欲で)目を剥いている。
さあ、これで準備はオッケーだ。
みんなでリビングのテーブルを囲み、その中央に、工学部の教授たちが徹夜で作ったという重厚な『試作型ホットプレート』を設置する。
「よし、記念すべき世界初(数億年ぶり)の卓上調理、スイッチオンよ!」
フェイ先生がカチリとダイヤルを回し、一番低い「弱」の目盛りに合わせた。海中物質から抽出された電力が、ポータブルバッテリーを介して鉄板へと流れ込む。
——その、数秒後だった。
ゴオオオオオオオッ……!!!
「うわあああ!? なにこれ、熱っっっい!!!」
コニーが悲鳴を上げて、金の三つ編みを振り乱しながら後ろへ飛び退いた。
「弱」に設定したはずなのに、ホットプレートから放たれたのは、まるで火山の火口にでも近づいたかのような凄まじい熱波だった。
鉄板が一瞬でカンカンに熱くなり、リビングの空気が目に見えて陽炎のように歪み始める。部屋中に凄まじい熱気が立ち込め、全員の前髪が熱風で後ろに煽られた。
「ちょっとフェイ先生! 『弱』でこれってどういうことですか!?」
ピピが熱気で一瞬で真っ白に曇った丸メガネを慌てて外しながら叫ぶ。
「いや! じじい達が『エネルギーの出力制御の最低値がよく分からんから、とりあえず一番絞った状態で組んだ』って言ってたのよ! これでもこの世界のエネルギーの『最小値』なのよー!」
「最小値で部屋がサウナになるって、どんなエネルギーですか!!」
このままでは肉が焼ける前に、特別寮が火事(あるいは熱波で全壊)になってしまう。
「先生、消して! スイッチ切って!!」
「わ、分かったわよ!」
フェイ先生が慌ててバチッと主電源を落とした。
途端に熱波の供給は止まったけれど、極厚の鉄板には、この世界の恐るべき大電力が限界まで蓄熱されてしまっている。
「……これ、どうするの……? お肉、焼けない……?」
アオイが涙目で耳をペタンと寝かせた。せっかくのヒロキ特製のお肉が食べられないかもしれない、という絶望が彼女を襲う。
いや、待てよ。これだけ熱量が残っているなら……。
「……アオイさん、大丈夫です。電源は切れましたけど、鉄板はまだ信じられないくらい熱い。——このまま『余熱』で焼きましょう!」
僕は漬け込み肉をトングで掴むと、電源の落ちた、だけど真っ赤に怒れる鉄板の上へと滑り込ませた。
ジューーーーーーーーッッッ!!!
凄まじい爆音と共に、しょうゆとニンニク、そして上質な豚バラ肉の脂が焦げる、暴力的かつ官能的な香りが部屋中に爆発した。
「焼ける! 電源入ってないのにものすごい勢いで焼けるよ、ヒロキ!」
サリーがトングを奪い取るようにして、次々とお肉を並べていく。
強烈な余熱のおかげで、肉の表面は一瞬でカリッと香ばしく焼き上がり、タレの糖分が極上の焦げ目を形成していく。
「よし、みんな、余熱が冷める前に食べて!」
「いただきまーす!!」
まずはサリーが、すりおろしりんごの入った特製タレに肉をどっぷりと潜らせ、口に放り込んだ。
「むぐ……ッ、んんんんんーーーー!!」
サリーの身体がビクッと跳ね起き、琥珀色の目が完全にひっくり返りそうになった。
「な、なにこれ……! 甘くて、深みがあって、お肉の脂とニンニクが脳みそに直接響くくらい美味しい……!!」
「こっちの『ポン酢』もヤバいよ!!」
コニーが肉をご飯の上でワンバウンドさせ、ハフハフと頬張る。
「お肉がガッツリなのに、レモンの酸味でいくらでも入っちゃう! じゅわっと酸っぱくて最高ーー!」
「……ん、んむ……美味しい……っ。余熱で焼いたから、お肉が全然硬くなってない……神業……」
アオイが狂ったように白米を口に掻き込み、グラマラスな身体を小刻みに揺らして感動している。
ピピもメガネを拭くのを諦め、裸眼のまま「このタレ……市販化したら世界が変わります……」と猛烈な勢いで肉を胃袋へ収めていく。
「ちょっと工学部のじじい達をもう一度殴りに行ってくるわ! これ、完璧に出力を制御できたら、私たちは毎晩この天国を味わえるのよ……!」
フェイ先生も顔を真っ赤にして、余熱の肉を貪りながら端末を握りしめていた。
部屋の中はサウナのように熱く、ホットプレートの電源は切れている。
そんなちょっとカオスな状態の中で、僕たちは汗をかきながら、数億年後の未来で初めての「余熱焼肉パーティー」を、心の底から熱狂的に楽しむのだった。




