13.僕と、ポン酢と、四角い箱
僕は一人、エプロンの紐をきゅっと結び直し、調理台の上にいくつかの調味料を並べていた。
「(ホットプレートが届いたら、まずはみんなでお肉を焼く約束だからな……)」
だけど、この世界には「焼肉のタレ」もなければ「ポン酢」もない。肉をさっぱりと飽きずに食べてもらうためには、あの柑橘の酸味が効いた醤油ベースのタレ——ポン酢がどうしても必要だった。
「ないなら、あるもので作ればいい」
ポン酢のベースは、醤油、出汁、そして柑橘類の果汁とお酢だ。
この世界のスーパーで見落とさなかった材料を頭の中で組み合わせる。
まずベースに使うのは、初日にカルボナーラもどきを作った際に見つけた『めんつゆ』。
これには既に醤油の塩気と、鰹などの出汁の旨味が完璧なバランスで含まれている。
そこに、ツンとした酸味を加えるために『お酢』を計量スプーンで注ぐ。
さらに仕上げとして、瑞々しいレモンを絞り、高貴な柑橘の香りと爽やかな酸味を『少々』プラスした。
「よし……これでどうだろ」
スプーンの先で少しだけ掬い、舌の上に乗せてみる。
「(……うん! 完璧だ)」
めんつゆの奥深い出汁のコクに、お酢とレモンのキリッとした酸味が混ざり合い
元の世界で売っていたあの「味付けぽん酢」に限りなく近い、見事な琥珀色のタレが完成した。
市販のものを買うのが当たり前だった現代の感覚からすれば、こうして身近なものをブレンドして新しい味を作り出すプロセス自体が、まるで化学実験のようで少し楽しい。
「ただいまー! ヒロキ、お腹空いたーー!」
リビングのドアが勢いよく開き、サリーが飛び込んできた。
黒髪のポニーテールを揺らし、頭の上の黒い猫耳を期待に満ち満ちた様子でピコピコと動かしている。
普通コースの授業を終えて、彼女の底なしの胃袋は完全に空っぽのようだ。
「おかえりなさい、サリーさん。ちょうど今、面白いものができたところですよ」
「え、新しいやつ!? なになに?」
同じく普通コースのコニーが、金の三つ編みを弾ませながらサリーの背後から身を乗り出す。
「これです。元の世界では『ポン酢』って呼ばれていたタレなんですけど」
小皿に分けて差し出すと、サリーとコニーは不思議そうに顔を近づけ、クンクンと鼻を鳴らした。
「わ、なんか酸っぱい! でも、すっごく良い匂い……!」
コニーがペロッと一口舐め、即座に金の尻尾をビシバシと振った。
「おいしいっ! 醤油っぽいのに、レモンみたいにさっぱりしてて、これ絶対お肉に合うやつじゃん!」
「……あ、ずるい、コニー。私にも、ちょうだい……」
気づけば、アオイがドアの陰から灰色のクマ耳をペタンと寝かせて覗いていた。
人見知りな彼女も、美味しいものの気配には抗えないらしい。
アオイにも小皿を渡すと、大人びた綺麗な顔をほころばせ、はにかむような笑顔を見せてくれた。
「ただいま戻りました。皆さん、廊下まで声が響いていますよ」
白髪ショートの学年委員長、ピピが黒い丸メガネの位置を直しながら、左の折れ耳を揺らして入ってくる。
「ふふ、みんな集まってるわね! 良いタイミングだわ!」
最後に、バァン!と派手な音を立ててドアを開けたのは、フェイ先生だった。
その両腕には、何やら金属製の、平べったくて四角い『大きな箱』が抱えられている。
「待たせたわね、寮長! 優美林の工学部のじじい達を脅し……ゲホン、説得して、作らせてきたわよ! これが、あんたの言ってた『ホットプレート』と『卓上IH』の試作品よ!!」
フェイ先生が自信満々に突き出したその未来の家電を前に、僕たちの秘密の特別寮は、一気に最高潮の熱気に包まれるのだった。




