132.僕と、肉まんと、小麦粉の性質
フライパンでの試作から間もなく、ビュッフェウォーマーの技術を応用した本格的な『卓上蒸し器』が完成した。
本体の槽にお湯を張り、ヒーターで常に安定した蒸気を立ち上らせて、その上に鉄製の蒸籠を乗せて一気に蒸し上げる構造だ。
いつも調理器具の開発に協力してくれるロンじいさんや、優美林大学の工学博士のお爺さま方に試作の提案をした時には
「フォフォフォ、よくもまあ次から次に面白そうなものを考えつくのう、寮長は」
「保温から一歩進めて蒸し器とはな。だが、これなら店舗でも家庭でも熱々の蒸し料理を提供できるぞ」
と目を細めて感心されたけれど……僕から言わせてもらえば、僕が提示するざっくりとしたアイデアや構造案を、短期間で完璧な強度と機能を持つ器具として形にしてしまうお爺さま方の技術力の高さには、こちらが脱帽してしまう。
本当に頼もしすぎるパートナーたちだ。
さて、完成した肝心の卓上蒸し器。
さっそく性能テストを兼ねて、大きめにカットしたキャベツ、さつまいも、かぼちゃ、にんじん、ブロッコリーをゴロゴロと蒸籠に並べ、一気に蒸し上げてみた。
フタを開けると、甘い野菜の香りを孕んだ白い湯気が一気に広がる。
「よし、まずは何もつけずにそのままで……」
箸がすっと通るほどホクホクに蒸しあがったさつまいもとブロッコリーを口に運ぶ。
(……うわ、やっぱり凄いな)
この世界の野菜や穀物は、エネルギーキューブがもたらす過剰とも言える栄養分のおかげで、元の世界のものに比べて単体でも味がとにかく濃い。
じっくり蒸されることで水分が保たれつつ素材本来の甘みがギュッと凝縮されていて、塩すら振らなくても驚くほど美味しいのだ。
もちろん、試作で用意した自家製ポン酢をちょんとつけて食べても、爽やかな酸味が野菜の甘みを引き立ててくれて最高だった。
そしてこの「野菜の蒸し焼き」、味もさることながら彩りが良くて見た目がとにかく華やか。
「ヒロキ!これ、温かいし甘くてすっごく美味しい! ダイエット中でも罪悪感ゼロだし最高じゃん!」
「かぼちゃとお芋がホクホクで、お腹にしっかり溜まるのが嬉しいですねぇ……」
「ポン酢で食べると、いくらでも野菜が吸い込めますわ~!」
特別寮の乙女たちにも大大好評で、蒸籠に山盛りだった野菜が一瞬で消え去っていった。
後日。まだ肌寒い季節なので、今度は無性に「肉まん」が作りたくなった。
せっかくだから皮から手作りしようと、ボウルに小麦粉をあけ、砂糖やふくらし粉を加えて一から捏ね始めた。ここまではいつもの手順だ。
ところが、蒸しあがった肉まんを食べてみて、首をひねることになった。
「う~ん……おいしい……おいしいんだけど……」
ふっくら膨らんではいるものの、僕がイメージしていたあの「ふんわりフカフカ」とした軽い口当たりには程遠く、どこかパンのようなドッシリとした強烈な噛みごたえと固さが残ってしまっていたのだ。
隣で罪悪感をいったん捨て去り、肉まんにかぶりついていたサリーからは、
「えっ、これめちゃくちゃ美味しいよ!? 皮がモチモチしてて、中から肉汁がジュワッて出て最高じゃん!」
と大絶賛をもらったし、他の寮生たちも大喜びで平らげてくれた。
けれど、作った本人としてはどうしてもモヤモヤが残る。
肉まんの皮は、モチモチ感も大事だけど、やっぱりあのフカフカとした優しさが欲しい。
(……おかしいな。ふくらし粉の量は間違えてないはずだし、やっぱり小麦粉の配分か?)
納得がいかない僕は、再チャレンジのために近所のスーパーの製粉コーナーへと足を運んだ。
今度は薄力粉も買ってきて、強力粉とブレンドしてグルテンの量を調整しようと考えたのだ。
だが、小麦粉の棚の前で、僕はフリーズすることになった。
「……ない」
どこを探しても「薄力粉」が見当たらないのだ。
それどころか、パッケージには単に『小麦粉』とだけ書かれており、『強力』『中力』『薄力』といったタンパク質含有量による分類そのものが存在していなかった。
「すみません、一番軽い食感に仕上がる小麦粉ってどれですか?」と店員さんに尋ねてみても、「えっ? 小麦粉は小麦粉ですけど……?」と不思議そうな顔をされる始末。
そこで初めて、僕はハッとさせられたのだ。
この世界では「小麦粉は1種類のみ」が当たり前であり、誰もそれを『強力粉』とも『薄力粉』とも区別して捉えていなかったのだということに。
寮に戻り、小麦粉を袋から出し、改めて粉を指先で触ったり、注意深く水で捏ねたりしてみて、改めて気がついた。
(なんだこれ……めちゃくちゃ引きが強い!)
これもおそらくはエネルギーキューブの影響なのだろう。元の世界の小麦粉よりもさらにタンパク質が極限まで詰まっているかのような感触で、捏ねると強烈な弾力と粘りが出てくる。
うどんや麺、パンを作るにはこの上ないコシと膨らみを生み出してくれるけれど、肉まんの皮みたいな『ふわっと・サクッと』させたい料理には向いていないのだと実感した。
元の世界の常識を当てはめて「薄力粉がないから不便だ」と考えるのは簡単だ。薄力粉がないなら、どうやってあのフカフカ感を再現するか?
片栗粉など、でんぷんを混ぜてタンパク質濃度を下げるか、あるいは米粉や別の穀物粉をブレンドしてみるか――。
「ふふっ……面白くなってきたぞ」
この世界にある食材の性質を理解し、工夫ひとつで『新しい食感』を生み出せるかもしれない。
そして、このパワフルな小麦粉をはじめ、こちらの世界にしか存在しない独特な性質を持った食材は、まだまだ無数にあるはずなのだ。
ただ元の世界のレシピを再現するだけじゃなく、こうして当たり前に存在している食材の真のポテンシャルや科学的な特徴をもっと深く知り、この世界ならではの「最高の組み合わせ」を発見していきたい。




