131.僕と、簡易蒸し器と、焼売もどき
『ししし屋の餃子の皮』が市販されてからというもの、ずっと試してみたい料理があった。
けれど、それを作るには蒸籠や本格的な蒸し器が必要で、寮の厨房に手頃なものがなかったこともあり、ずっと計画が頓挫していたのだ。
でも、この日は珍しく午後の時間に余裕があった。
「……わざわざ専用の器具を買わなくても、フライパンで代用できる装置を組み立てればいいんじゃないか?」
思い立ったら吉日。僕は厨房で工作を始めた。
深めのフライパンの底に網を置き、その上にレタスの葉を隙間なく敷き詰める。そこへ少量の水を張り、直火で蒸気を一気に立ち上らせる簡易蒸し器の完成だ。
「ヒロキ、何してるの?」
ひょっこり厨房を覗き込んできたサリーが、フライパンの中に広がる青々としたレタスを見て不思議そうに目を丸くした。
「あ、サリー。ちょっと試したい料理があってさ。専用の蒸し器がないから、フライパンで簡易的な蒸し環境を作ってたんだよ」
「へぇ、フライパンで蒸し料理? 中に入ってるのは、餃子……じゃないよね?」
「これはね『焼焼売もどき』かな」
僕がフライパンに並べていたのは、豚ひき肉と細かく刻んだ玉ねぎ、ごま油、醤油、少しの生姜で練り上げたジューシーな餡。
そしてその周りには、四角く切った『ししし屋の餃子の皮』を細切りにして、花びらのように贅沢に纏わせたものだ。
「餃子の皮は焼売の皮より少し厚めでモチモチしてるから、一から包むと口当たりが重くなりやすいんだよね。だからこうやって細切りにして周りにまぶすと、皮のモチモチ感と、蒸された餡のジュワッとした肉汁が最高のバランスになるんだ」
「うわ……もう話聞いてるだけで美味しそうじゃん。レタスを下に敷いてるのにも意味があるの?」
「そう! クッキングシート代わりにレタスを敷くと、肉汁と皮の旨味がレタスに染み込んで、そのレタス自体もとびきり美味しい温野菜として食べられるんだよ」
「……天才だね、ヒロキ」
感心したように頷くサリーの目の前で、僕はフライパンのガラス蓋をピッタリと閉めた。
IHの電源を入れると、数分もしないうちに蓋の内側が真っ白な蒸気で覆われ、お肉とごま油、そしてほんのり甘い玉ねぎの蒸気がふわぁっと厨房全体に広がり始めた。
「わ……すごくいい匂いしてきた……!」
「蓋が透明だから、中の皮が透き通ってくるのが見えるでしょ? このまま強火で一気に蒸しあげたら完成だよ」
「これ、私も手伝う! お皿準備しておけばいい?」
「ありがと、助かるよ。ポン酢と、練り辛子も少し出しておいてくれる?」
「了解!」
即席で作ったフライパン蒸し器から立ち上る湯気を眺めながら、僕とサリーはワクワクした心地で、焼売の蒸しあがりを待った。
「よし、できた!」
蓋を外すと、一気に真っ白な蒸気と、お肉とごま油の芳醇な香りが厨房いっぱいに広がった。
レタスの鮮やかな緑の上に並んだ焼売もどきは、細切りにした『ししし屋の餃子の皮』が半透明に透き通り、肉汁を吸ってツヤツヤと輝いている。
「うわぁ……! めちゃくちゃ美味しそう!」
目を輝かせるサリーの横で、僕は試食用タレの準備を進めた。
定番の「からし醤油」も捨てがたいけれど、僕が元の世界にいた頃から大好きだった「さっぱりポン酢」、そして醤油・お酢・ラー油を混ぜ合わせた「ピリ辛中華タレ」の3種類を小皿に用意する。
と、ここで僕はふと思いつき、リビングにいたアニーとユイナにも声をかけることにした。
「アニー、ユイナ! 新メニューの試作ができたから食べてみて!」
本当は僕とサリーの2人だけでサクッと試食を済ませても良かったのだけど……同じ寮内にいるのに自分たちだけハブられたと知ったら、後でアニーあたりから「ヒロキさん、ウチをのけものにするなんて冷たいわぁ~!」と延々と恨み言を言われそうだったからね。リスク管理は大事だ。
「えっ、ヒロキさんの新作!?食べる食べるー!」
「わぁ、湯気がすごい……!これ、餃子……?」
匂いに誘われてやってきた2人は、蒸籠ならぬフライパンの中で輝く焼売もどきを見て興味津々だ。
「よし、冷めないうちにどうぞ!」
みんなで一斉に箸を伸ばす。
僕はまず、お気に入りのポン酢と練りからしをちょんとつけて口へ運んだ。
熱々の肉汁がジュワッと口の中に溢れ出し、ごま油と玉ねぎの甘みが広がる。そこへポン酢の爽やかな酸味が重なって、文句なしに美味しい! 下に敷いたレタスもしんなりとして肉汁を吸っており、最高の箸休めになっている。
(……うん、我ながら大成功だ。ただ……)
モグモグと噛み締めながら、料理人としての冷静な分析が頭をよぎる。
(試作としては大満足だけど、個人的な感想を言うなら……『ししし屋の餃子の皮』はモチモチ感が強めだから、焼売として使うなら皮の厚みがもう少し薄くてもよかったかもしれないな。細切りの幅をもう少し狭くするか、水分量を調整するか……)
けれど、それはあくまで料理人としての細かいこだわりの話だ。
「んん~っ! んまーい!!なにこれ、皮がモチモチで肉汁がすごいですー!」
「ポン酢で食べると無限にいけるで……! 下のレタスと一緒に食べるの、すごくヘルシーで最高やわ!」
「ヒロキ、このピリ辛タレもヤバいよ! ご飯欲しくなってくるじゃん!」
ユイナもアニーもサリーも、ハフハフと息を吐きながら大絶賛で箸を動かしている。
「ふふ、喜んでもらえてよかった。もう少し改良したら、『ししし屋』の新メニューや冷凍化の提案としてレミ社長に持っていけるかもね」
フライパン一つで手軽にできる本格蒸し料理。
僕のレシピノートにまたひとつ、頼もしい新定番が刻まれたのだった。




