129.僕と、僕たちの戦いと、打ち切り?!
新しい年を迎え、特別寮の面々もいよいよ高校3年生になった。
新学期が始まり、春の陽気に包まれた優美林の学食は、期待と緊張に胸を膨らませた新入生たちで溢れかえっている。
そして、購買部には僕がメニュー開発に協力した『特製いなり寿司』や、色鮮やかな『三色丼』がずらりと並んでいた。
甘辛くジューシーに煮上げたお揚げからじゅわっと出汁が染み出すいなり寿司と、ふんわり甘い卵・旨味たっぷりのそぼろ・シャキシャキの絹さやが踊る三色丼。
「はぁ…この学校に入れてよかった…」
うっとりとした表情で頬をゆるませる新入生たちの声が聞こえてきて、僕は思わず影からほっこりとした笑みを浮かべてしまう。
まずは胃袋から学校生活を好きになってもらうのは、料理人として冥利に尽きるというものだ。
最上級生になった特別寮の面々も、それぞれの「未来」について本格的に向き合う時期になっていた。
夕食後の雑談の中で、自然と進路の話になったのだが……みんなすでに自分の進むべき道をしっかりと見据えていた。
アオイさんはもちろん、このまま芸能活動に専念してトップスターへの道を突き進んでいくだろう。仕事と学業の両立で多忙を極めているけれど、その瞳にはプロとしての強い覚悟が宿っている。
コニーはチアリーディング部の部長に就任し、キャプテンとして世界大会制覇へ向けて燃えている。進路もスポーツ推薦での内部進学を狙っているらしく、持ち前の明るさでキャンパスでも目立ちそうだ。
アニーは故郷のカンサイへ戻る選択はせず、高校卒業後はそのまま『ししし屋』の幹部社員として正式に入社することがほぼ内定している。現役高校生にして現場を束ねてきたバイトリーダーだけに、レミ社長からの信頼も激アツだ。
専門課程コースの二人もぬかりない。内部進学が確定したピピは、なんとフェイ先生と同じ歴史学の道を志すらしい。あの黒い丸メガネの奥の知的な光は、将来名うての学者になる予感を漂わせている。
一方のユイナは、農業とバイオテクノロジーの分野へ進むという。
「……ユイナのバイオテクノロジーと農業って、僕が探し求めてる極上の野菜や新しい食材の開発にめちゃくちゃ直結しそうだな」
なんて期待が膨らむ。
そして、残るサリーだが――。
「サリーはどうするの? やりたいこと見つかった?」
僕が尋ねると、サリーはミカンを皮を剥きながら、あっけらかんと答えた。
「私?そんなの、ヒロキについていくに決まってるじゃん」
あまりにも当然と言わんばかりのトーンに、思わず拍子抜けしてしまった。
「……えっ、それだけ? 自分の進路だよ?」
「だって、ヒロキがこれから何か新しいこと始めるんでしょ? 運転手でもマネージャーでも用心棒でも、何でもやってあげるって言ってるの。ヒロキの側にいるのが一番楽しいしね」
屈託のない笑顔でそう言われてしまうと、ちゃんと自分の将来を考えているのか心配にはなるものの……正直なところ、僕にとってもサリーの存在は精神的にものすごく助かっているのだ。
出会った最初から僕を支えてくれて、一番気兼ねなく話せる理解者なのだから。
つまり、サリーの進路は「僕の進路」次第ということになる。
(……職人の育成、新しい食材の発掘、そして投資……)
頭の中で、これまで温めてきた構想が一つに繋がっていく。
元の世界の知識を切り売りするだけのフェーズは、もう終わりだ。これからはこの世界の料理人や生産者を支援し、新しい食文化の土壌を育てていく側にまわる。
となれば、僕が取るべき選択は、ひとつしかなかった。
「……よし。僕、みんなが高校を卒業して、寮長としての役割が終わったら、ひとまず『自分の会社』を興すよ」
僕がそう宣言すると、リビングにいた全員の視線が一斉に僕に集まった。
「ほう……『会社』ねえ。実に寮長らしい、面白い選択じゃないか」
書類に目を落としていたフェイ先生が、メガネの奥の瞳を妖しく光らせながらニヤリと笑った。
「ヒロキが社長!? じゃあ私は社長秘書だね!」
嬉しそうに胸を張るサリー。
食文化の裾野を広げ、埋もれた才能に投資するフードカンパニー。
18才のちびっこ寮長が仕掛ける新しい戦いが始まろうとしていた。
そう、僕たちの戦いはこれからだ!
「いやいや、僕の人生これからだからね!? 打切り漫画の最終回みたいに綺麗にまとめないでよ!」
思わず一人でセルフツッコミを入れてしまった。
「……ご愛読ありがとうございました。ヒロキ先生の次回作にご期待ください!」みたいなノリで綺麗に締めくくりそうになったけれど、全然そんなことはない。
元の世界にあった某漫画の名ゼリフ――「最終回じゃないぞよ。もうちっとだけ続くんじゃ」という気分なのである。
僕たちは18歳になったばかりなのだ。
卒業までの1年間、特別寮での賑やかな日常もまだまだ続くし、会社設立に向けた準備はもちろん、全国のこだわり食材を探す旅や、『ししし屋』『まんぷくししし亭』の発展にも力を尽くさないといけない。
そして何より……周りのみんなが少しずつ大人になっていく中で、裏で着々と激しさを増しているらしい『正妻争い』のレース展開からも、当分は目が離せそうにない。
僕はまだ全然気づいていないフリをしているけどね……
ちびっこ寮長の高校生活最後の1年と、これから始まる新しい挑戦。
僕らの物語は、まだまだここからが本番なのだ。
ああ、だから最終回じゃないってば!




