128.僕と、拘り製法と、エンジェル
最近、スーパーの調味料コーナーや食材の専門店を覗くのが前にも増して楽しくなってきた。
元の世界でもそうだったけれど、この獣人世界にも「食材や調味料にとことんこだわりたい」という層が確実に存在し、少しずつその市場が広がり始めているのだ。
例えば、獅子丸食品で僕が開発に関わった『焼肉のたれ』にしても、ベースとなる本醸造の丸大豆醤油、じっくり仕込まれた本みりん、ミネラル豊富な高級砂糖、さらには手煎りの芳醇なごまなど、選び抜かれた原料を使って作られたハイエンドな製品が市場に出回るようになってきた。
他社からも「無添加」や「産地限定素材」を謳ったプレミアムな調味料が次々と登場している。
この流れは、僕個人としてはすごく喜ばしいことだし、大歓迎だ。
僕がこの世界で料理を作り、知識を広めている最大の目的は、あくまで『食文化の裾野を広げること』にある。
ベースとなる大衆的な美味しさが定着したからこそ、次の段階として「より上質なもの」「作り手のこだわりが詰まった逸品」を求める文化が育っていく。食の世界がどんどん豊かになっている証拠だ。
……それに、ものすごく現実的な本音を言ってしまうと。
元の世界にいた頃、どこにでもいる普通の高校生だった僕は、料理番組や専門誌で「職人が五年熟成させた極上みりん」や「一本数千円する高級醤油」を見かけては、「使ってみたいなぁ……」と指をくわえて眺めているだけ。高校生のお小遣いじゃ、とてもじゃないけれど手が出せなかったのだ。
けれど、今の僕は違う。
数々のヒット商品やお店のプロデュースを手がけ、ありがたいことにそれなりの財力を手に入れた。
「……うん、この一番搾りのごま油と、熟成黒酢も買っちゃおう」
買い物カゴに躊躇なく高級調味料を放り込めるこの瞬間、僕はささやかな、いや、かなり大きな、大人の贅沢を噛み締めている。
かつて憧れていた極上の素材たちを惜しみなく使って、自分自身もとびきり美味しい料理にありつけるのだから、これ以上の役得はない。
食文化が発展すればするほど、僕の厨房も、そして僕自身の舌も、ますます幸せになっていくというわけだ。
ふと、高級調味料の瓶を見つめながら考えることがある。
元の世界の知識をベースに、ポン酢、焼肉のたれ、餃子など、色々な料理を作ってきたけれど、僕一人が持ち込める「新しい料理のレパートリー」なんて、いずれ底をつく日がやってくる。それは時間の問題だ。
じゃあ、僕の知識のストックが切れたら、そこでこの世界の食文化の発展は止まってしまうのか?
――いや、絶対にそんなことはない。
そうなった時、次に僕ができること、やるべきことって何だろう。
最近ずっと考えていた答えが、少しずつ形になり始めていた。
それは「職人の育成」と「埋もれた才能・名品の発掘と支援」だ。
この広い獣人世界を見渡せば、素晴らしい情熱と技術で極上の調味料を仕込んでいる蔵元や、とんでもなく美味しい野菜を育てている農家、あるいは人知れず独自の美味を追求している料理人が、まだまだたくさん埋もれているはずだ。
ただ、PRの方法を知らなかったり、資金が足りなかったりして、世間にその価値が届いていないだけなのだ。
僕がこれまで築いてきた知名度、企業との太いパイプ、そして何よりありがたいことに手に入れた「財力」。
これらを使って、光の当たっていない職人たちを支援し、世に送り出す足がかりを作る――いわば「食のエンジェル投資家」や「フードプロデューサー」のような立ち回りをするのも、最高にワクワクするんじゃないだろうか。
「……うん、悪くないな」
僕ひとりが厨房で腕を振るうだけじゃなく、この世界の住人たち自身の手で新しい美味しさが次々と生み出される土壌を作る。それこそが、僕が目指す「食文化の裾野を広げる」ことの、本当の到達点なのかもしれない。
このことを大企業の中枢にいるレミ社長やアキラ専務に相談したら何て言われるかな?表向きは賛同してくれるとは思うけどね。
特別寮の寮生たちの高校生活最後の1年。
自分の料理の腕を磨きつつ、次のステージとして「未来の食の種」を探す旅に出るのも、なんだかとても面白そうだと一人ほくそ笑むのだった。




