127.僕と、うっかり屋と、根本的な問題
しんと静まり返った年末の特別寮のリビング。
コタツを囲んで、僕とサリー、そしてフェイ先生の3人で少し遅めの夕食をとっていた。
メニューは僕特製の『エビチリチャーハン』だ。
パラパラに炒めた卵チャーハンの上に、ピリリと甘辛く仕上げた大ぶりのエビがこれでもかと乗せられている。
一口頬張れば、プリプリのエビの食感と、食欲をそそる豆板醤の香りが口いっぱいに広がる。
「ん〜〜っ! このピリ辛とチャーハンの旨味がたまらないニャ……! ヒロキの料理は、寒い冬に食べるとさらに沁みるねぇ」
サリーがほっぺたを落としながら、一心不乱にスプーンを動かしている。
そんな美味しいご飯を食べながら、僕たちは今年一年の出来事や、最近のメディア露出の多さについてゆるく雑談を交わしていた。
すると、ふとフェイ先生が箸を止め、真剣な表情で僕を見つめてきた。
「そういえば寮長。最近、『まんぷくししし亭』のヒットやCM、さらには芸能人の方々との交流などで、メディアに出る機会が非常に増えているよね……。少し目立ちすぎじゃない?」
「あ……、確かに。タケダさんやジマケンくんたちと並んでニュースに出たりしてるもんね」
「テレビでヒロキがドアップで映ってるのを見たときはびっくりした! 周りから何か言われたりしないのかな?」
フェイ先生とサリーの言葉に、僕は思わず苦笑いを浮かべた。
そうなのだ。この世界において僕は一応、「大熊猫族の料理人」という肩書で生きている。
しかし、そもそも僕はこの世界で唯一の、そして正真正銘の『人間』なのだ。
その正体を隠すため、普段は耳や毛並みを偽装するための「大熊猫族の擬態用ヘッドギア」を装着して生活している。……が、問題はここからだ。
最近、特別寮にレミ社長やアキラ専務以外にも、ストシーのメンバーや
テレビの取材陣までひっきりなしにお客さんがやってくるものだから、うっかりヘッドギアを着け忘れたまま応対してしまうことがたまにあるのだ。
「いや、実はね……最近ちょっと危ない瞬間があってさ」
僕は小さくため息をつきながら白状した。
「この前も、ランちゃんたちが突然やってきたとき、部屋着のままでヘッドギアを付け忘れて玄関に出ちゃって……」
「ニャッ!? それでバレなかったの!?」
サリーが目を丸くする。
「うん……幸い、大熊猫族の耳自体がそもそも小さくて控えめだし、僕の髪型もあって、ヘッドギアを着けていなかろうが誰も違和感に気づいていないみたいなんだけどね」
「まぁ、意外とみんな顔をちゃんと見てないんだねえ」
フェイ先生が苦笑する。
しかし、それを聞いてから、僕の中で少しずつ「ある疑問」が膨らみ始めていたのも事実だった。
――そもそも、僕が人間だとバレたら、そんなに大問題になるのだろうか?
この世界に『人間』がいないからこそ最初は隠していた。そもそも『人間』という存在が『獣人』のルーツとされていて、存在が明らかになることで実験材料になる可能性もあるのだ。
けれど、今の僕は『まんぷくししし亭』を成功させ、数々のトップアイドルや企業を巻き込んでこれだけの「地位」と「信頼」を確立している。
いまさら「実は人間でした」と発覚したところで、みんなが「なんだ人間だったのか、じゃあ解剖だ」なんて言うだろうか?
むしろ、「だから何?」の一言で終わりそうな気もするし、隠し続ける方がいつかボロを出したときに面倒なことになりそうな気もする。
「ぶっちゃけさ、いまさら人間だってバレても、そんなに実害なくない? っていうか、もう隠す必要あるのかなぁって、最近ちょっと考えてるんだよね……」
僕がぽつりと本音を漏らすと、サリーはモグモグとチャーハンを飲み込み、首をかしげた。
「うーん……。サリー的には、ヒロキが人間でもパンダでも、美味しいご飯を作ってくれるなら何でもいいんたけど…… でも、世間がびっくりして『UMA(未確認生物)発見!?』とか大騒ぎになったら、ちょっと面倒かもしれないよね。」
「ふふ、サリーの言う通り」
フェイ先生は優しく微笑みながら、お茶を一口飲んだ。
「寮長がこれだけの功績を残し、多くの人から信頼されているのは、種族ではなく『寮長自身の腕と人柄』も大きい。仮に正体が人間だと知ったところで、タケダさんやレミたちがあなたを見る目が変わることはないでしょう。……ただ、世間の好奇の目に晒されたり、研究対象になってしまうかもしれないのは面倒だよね」
「たしかに……テレビの特番で『人間シェフを徹底マーク!』とか組まれたら、ゆっくり料理なんて作っていられないもんね」
「バレてないうちは隠せるものは隠しておいた方が無難だよね! ヘッドギアの着け忘れはダメゼッタイ!」
確かに、いま急いで正体を明かす必要もない。
――とはいえ、僕の「人間バレ問題」は、この平穏な年末の裏で、いつかやってくるかもしれないちょっとしたスリルとして、確実に心の中に居座り続けるのだった。




