120.僕と、フリーズドライと、ネットCM
ピンポーン♪
「はーい、ちょっと待ってくださいねー!」
エプロンで手を拭きながら玄関の扉を開けると、そこには優美林高校の制服を着た2人の少女が立っていた。
1人は、先日の歌謡祭で「豆腐の角に足の小指ぶつけちまえ!」と凄まじいデスボイスを響かせていたストシーのランちゃん。
身長177cmのすらりとした長身と、羊族特有のふわふわした髪型ですぐに分かった。
(……ってことは、もう1人の子もストシーの子かな? 羊族っぽいし、お揃いの制服を着てるし)
「あ、あ、あの、こんに、ちは。」
ランちゃんは深々と頭を下げたまま、下を向いて途切れ途切れに挨拶をしてくる。ステージでのあの圧倒的な存在感はどこへやら、耳まで真っ赤にしてガチガチに固まっている。
「ミラン! どうしたの急に!?」
「い、あ、も、うひっ」
「何でこんな時に緊張しいが出て来るのよー!」
「と、とりあえず上がってよ」
玄関先でパニックになっている2人をなだめ、リビングへと案内する。ランちゃんはまるで油の切れたロボットのように、緊張で膝をギシギシとさせながら、ぎこちない足取りでソファに腰を落ち着けた。
もう1人の羊族の女の子が、呆れつつも申し訳なさそうにペコリと頭を下げる。
「ミランがこんなんなので私が説明しますね。改めましてはじめまして。ストレンジ・シープのリーダーでギター担当のオオヌキ・アユミです。バンドでは『ユミ』と名乗ってます」
ストシーはメンバー全員が優美林女子高校芸能コースの1年生なので、ランちゃんとは同級生だ。
けれど、ユミちゃんはリーダーだけあってハキハキとしていて、とてもしっかりしている印象を受ける。
「ご丁寧にどうも。寮長のイノウエ・ヒロキです。それで、今日は何の用で?」
僕がお茶を淹れて差し出すと、ユミちゃんは礼儀正しくお辞儀をして答えてくれた。どうやら、先日お裾分けしたフリーズドライスープのお礼と、もう一つ重大な報告があるらしい。
なんと、あのスープのネットCMにストシーが起用されることになり、その出来上がったCM映像を僕に見てほしくて、居ても立ってもいられなくなって押しかけてきたのだという。
「ヒロキ先輩に直接お礼したいって意気込んでたのに、いざとなったらこれですよ……ミラン、いつもは頼りになる子なんですけどね」
「あ、ゆ、よ……ふえぇ……」
「アユミ、余計なこと言うなって?」
(……え、今のアドリブみたいな言葉にならない声で、そこまで解読できるの凄くない!?)
心の中で思わずツッコミを入れてしまったけれど、一緒にバンドを組んでいる仲だからこそのテレパシーみたいなものなのだろう。
ランちゃんは顔を真っ赤にしたまま、小さくなってコクコクと頷いている。
「ふふ、じゃあその噂のCM、見せてもらってもいいかな?」
「はい! これです!」
ユミちゃんがカバンからタブレットを取り出し、テキパキと画面を操作して動画を再生した。
画面が切り替わり、爽やかな音楽とともに、あの黄色と緑のパッケージ——大象食品のフリーズドライスープがドアップで映し出される。
果たして、ストシーのメンバーが出演するネットCMとは一体どんな仕上がりになっているのか。僕はワクワクしながら、タブレットの画面にじっと見入るのだった。
柔らかな日差しが差し込む、のどかな朝のダイニング。
パジャマ姿のランちゃんが、テーブルの上のマグカップにぽんと四角い固形スープを入れる。
そこへ、残りのメンバー3人がトントンと楽しそうに寄ってくる。
『え、なにそれ?』
『見てて。こうやってお湯を注ぐとね』
ランちゃんがお湯を注ぐと、カメラがマグカップの中へドアップで寄っていく。じゅわっと黄金色のスープが広がり、ふんわりとした卵と鮮やかなほうれん草が色鮮やかに復元されていく様子が美しく映し出された。
4人がそれぞれマグカップを手に取り、ふーふーと息を吹きかけてから、一斉にスープをゴクリと飲む。
次の瞬間――バチィンッ!!と激しい効果音とともに画面が急転換!
先ほどの穏やかな朝の風景から一変、激しい照明が交差するライブステージへ!
パステルカラーのふわふわなステージ衣装に身を包んだ4人が、激しい体勢で楽器をかき鳴らしている姿が映し出される。
画面いっぱいに躍動感あふれる巨大な筆文字がドカン!ドカン!と表示され、ランちゃんの耳を突き破るような超絶デスボイスが轟いた!
『すげぇぇぇぇぇぇ!』
『うまぁぁぁぁぁぁい!』
……と思ったら、パッと一瞬でまた先ほどの穏やかな朝のダイニング風景へ戻る。
パジャマ姿のランちゃんが、何事もなかったかのように微笑みながらマグカップを傾ける。
『これ、新製法らしいよ』
バチィンッ!!(再びライブステージへ急転換)
ランちゃんがマイクを両手で強く握りしめ、体を反らせて魂のシャウト!
『フリィィィーーズ!』
『ドラァァァァァイ!』
パッ(速攻で朝の風景に戻る)
……が、よく見ると、なぜかユミちゃん以外の3人がいつの間にかガチガチのステージ衣装に着替わっている。
最後に、画面中央に『大象食品 フリーズドライスープ』のパッケージがドーンと表示され、4人が笑顔で声を揃えた。
『大象食品の、フリーズドライ!』
と、今度はものすごく爽やかで可愛らしい普通のアイドルボイスで商品名をアピールして、
CMは締めくくられたのだった。
「…………」
動画が終わり、静まり返るリビング。
シュールすぎる演出と、静と動のギャップが激しすぎるテンポ感。
あまりのインパクトの強さに、僕はしばらく口を開けたまま固まってしまった。
「……すご、すごいね……! 一回見たら絶対に忘れられない、めちゃくちゃ良いCMじゃない!!」
僕が思わず拍手を送ると、固まっていたランちゃんが「ふえぇ……っ」と顔を真っ赤にしてソファに沈み込み、ユミちゃんはドヤ顔で胸を張った。
「でしょう!? クライアントさんも『我が社の歴史に残る傑作CMだ』って大絶賛してくれたんですよ!」
画面のギャップは凄まじいけれど、あのスープの美味しさと「お湯を入れるだけ」というフリーズドライの手軽さは120%伝わってくる。
大象食品の技術と、ストシーの強烈な個性が完璧に融合した最高のCMだ。
「ランちゃん、こんな素敵なCMにしてくれて本当にありがとうね。僕もすごく嬉しいよ!」
僕が笑顔で呼びかけると、膝の間で顔を隠していたランちゃんが、おそるおそる指の隙間からこちらを覗かせた。
「ひ……ヒロキ先輩……っ! 私、私っ……もっと歌も、宣伝も……頑張りますからっ……!!あの……また……ケータリング……うひっ!」
蚊の泣くような声だったけれど、その瞳には熱い情熱が宿っていた。
試写会のサスペンスドラマといい、このフリーズドライのCMといい、僕の周りのエンタメはいつも予想の斜め上を突っ走っていく。
だけど、こうやって自分の作ったものがみんなの活躍に繋がっていくのは、料理人としてこれ以上ない幸せだなと、胸がじんと温かくなるのだった。




