117.僕と、三者雑談と、サブリミナル
大型プロジェクトの方向性が決まり、会議が一段落したところで、僕は持参していたもう一つの案件をレミ社長に切り出した。
「レミ社長、これなんですけど……近いうちにオープンする新店舗『まんぷくししし亭』で使いたいと思っていて。獅子丸食品さんの方で量産と提供をお願いできないでしょうか」
僕が提示したのは、昨日の試写会でも大活躍した『超薄型IH内蔵ビュッフェウォーマー』、そしてどこでも熱々のスープを保温できる『どこでもIHの寸胴鍋』の設計データと仕様書だ。
「あら!これ、昨日の現場で黒服たちも大絶賛してたやつじゃない! 料理が全然冷めないし、ワイヤレスでどこでも本格的なビュッフェが組めるなんて最高だわ。分かったわ、うちの機材開発部門に回して、『まんぷくししし亭』の開店に間に合うように最優先で特注品を製造・提供させるわね!」
レミ社長は快く引き受けてくれ、これで新店舗のインフラ周りも一安心だ。
大きなビジネスの話がすべてまとまった後は、張り詰めた空気もすっかり緩み、3人で和気藹々とした雑談タイムに移った。
アキラ専務も「ヒロキ店長のアイデアにはいつも驚かされます」と、珍しく穏やかな笑顔でお茶を飲んでいる。
……ただ、その雑談の最中。
レミ社長が、お茶菓子を僕の前に差し出したり、今後のスケジュールを確認したりするドサクサに紛れて、妙な単語を口にしている気がしてならなかった。
「あ、このお菓子美味しいわよ、婿殿」
「次の打ち合わせの件なんだけど、婿殿の都合が良い日に合わせるわね〜」
……気のせいだろうか。
いや、絶対に聞き間違いじゃない。「ヒロキくん」と言うべきところで、彼女は明らかに、ごく自然なトーンで『婿殿』というパワーワードを混ぜ込んできている。アキラ専務が隣でピクッと眉を動かしているけれど、レミ社長はすました顔で話を続けている。
(……レミ社長。まさか、日常会話に紛れ込ませて僕の脳に刷り込もうとする、サブリミナル効果か何かを狙ってますか……!?)
僕がジト目で無言の抗議を送っても、レミ社長は「あら、どうしたのぉ?」と、とぼけた様子でウインクを返してくるだけだ。相変わらずこの人のバイタリティと油断のならなさは規格外である。
ドアの影では、相変わらず様子を伺っていたサリーが「ヒロキ、完全にロックオンされてるにゃ……」と、同情混じりの顔で僕を見つめていた。
餃子の魔改造に、冷凍チャーハン、フリーズドライスープ、そして新店舗の機材提供。
未来への野望がまた一気に動き出した充実感の裏で、僕はレミ社長からの熱烈すぎる(?)外堀の埋め立て攻撃に、少しだけ危機感を募らせるのだった。




