114.ランと、ケータリングと、幸せの時間
試写会会場の電気がパッと点いて、周りからドッと大きな拍手が湧き起こる。
スクリーンの向こうでは、アオイ先輩が10人もの獣人手にかけた超絶最凶の悪女スマイルを浮かべているけれど、今の私の頭の中は、別の衝撃で完全にキャパオーバーを起こしていた。
「……な、何これ。すごすぎる……っ」
手元のプレートに載った『麻婆豆腐』をもう一口、スプーンですくって口に運ぶ。
ピリッと痺れるような辛さと、ガツンとくる深いコク。実家がとにかく貧乏で、子供の頃は飽きるほど食卓に出てきてぶっちゃけ見たくもなかったあの安い「豆腐」が、信じられないくらいご馳走に化けている。
私の名前はヤマモト・ミラン、16歳。
今は優美林女子高校芸能コースに通いながら
『ラン』っていう名前で『ストレンジ・シープ』っていうバンドのボーカルをやってる。
グレずに明るく生きてりゃ良いことあるって信じてたけど、家族が勝手に申し込んだオーディションに受かって、あれよあれよという間に世界デビューなんて話になって、諦めてた高校にまで行けるようになって……。周りからは「1年生のエース」なんて持ち上げられるけど、正直、目まぐるしく変わる景色に心が追いついていなかった。
そんな私の、本当の原点。
慌ただしい日々にすり減っていた時、学校の『定例発表会』の出店で、何気なく食べたんだ。
――あの『鶏清湯スープのうどん』を。
ひと口すすった瞬間、体に染み渡るような優しさと、ものすごい衝撃が走った。聞けば、鶏の骨を何時間も何時間も、気が遠くなるような時間をかけて煮込んで作ったスープらしい。
「あぁ、こんなに大変な思いをして、初めてあの味が完成するんだ」って。
その時、すごく気が引き締まる思いがしたのを覚えてる。世界デビューのプレッシャーに負けそうになっていた私が、「私ももっと魂を込めて歌わなきゃダメだ」って、あのスープに背中を押してもらったんだ。
それからずっと、またあの味に出会いたいって願ってた。
そしたら、初めてのドラマ出演っていうガチガチに緊張する現場で、また出会えた。あの時のチャーハンおにぎりは本当に美味しくて、泣きそうになった。
だから、あの料理を作ったっていう特別寮のヒロキ寮長に、私は夢中でお願いしちゃったんだ。
『私たちのワンマンライブの楽屋にも、ケータリングでマジで来てほしいっす!』って。
男の人とまともに面と向かって話したことなんて今まで一度もなかったのに。あの小柄で優しそうな寮長なら、私の無茶な願いでも、なぜか真っ直ぐ受け止めて、聞いてくれそうな気がしたから。
それにしても……今日のビュッフェは、本当に言葉が出ない。
温かいまま並んでるこの『エビチリ』とか『カニたま』って、一体何なの!?
エビもカニも、高級すぎて私の人生の図鑑には載ってなかった食材だ。口の中でぷりぷりと弾けて、旨味がじゅわっと広がって、脳みそがとろけそうになる。
「うまっ……うう、美味しすぎるよぉ……」
気がつけば、じわっと涙が滲んでいた。
美味しい。文句なしに幸せだ。
でも、幸せすぎて、胸の奥がキュッと苦しくなる。
(……私だけが、こんなに贅沢して、こんなに幸せでいいのかな)
ストシープの他のメンバーにも、これを食べさせてあげたい。
何より、実家の両親、そして弟や妹にも、この熱々で最高に美味しい料理をお腹いっぱい食べさせてあげたい。
私一人だけがこんな天国みたいな味を知っちゃうなんて、絶対に許されるわけがないよ……。
「ランちゃん、その『いちごミルクスムージー』もすごく美味しいから飲んでみて! 辛いものの後に最高だよ!」
兎族の先輩が、ミキサーから出来立てのピンク色のドリンクを笑顔で手渡してくれた。
「あ……ありがとう、ございますっ……!」
ストローを吸うと、甘酸っぱくて冷たい幸せが口いっぱいに広がって、やっぱり胸がいっぱいになる。
決めた。
絶対に、あのヒロキ寮長にうちのライブのケータリングに来てもらうんだ。
そしてメンバー全員にこの衝撃を味合わせて、過去最高のライブをぶちかまして、お金をいっぱーーい稼ぐ。
そんで、いつか絶対に、私の家族全員をヒロキ寮長の料理でお腹いっぱいにさせてあげるんだから……!
涙をゴシゴシと袖で拭って、私はもう一度、宝物のようなエビチリを口に運んだ。




