113.僕と、サスペンスドラマと、衝撃の結末
パッとスタジオの照明が落とされ、巨大なスクリーンに『年末特別ドラマ・白百合学園の事件簿』というシリアスなタイトルロゴが映し出された。
学園もののサスペンスドラマ。重厚な音楽が流れ、教室のセットの緊迫したシーンから物語はスタートする。……するのだけれど。
「うわ、何これ! フタ開けた瞬間から匂いがヤバい!」
「エビチリのエビ、信じられないくらいプリプリなんだけど!?」
「ちょっと、餃子のニンニク増し増しの方、最高にパンチ効いてる!」
始まったばかりの本編の緊張感あるBGMをバックに、演者やスタッフさんたちは完全に画面そっちのけでビュッフェスペースに殺到していた。
新兵器のビュッフェウォーマーが2台とも大活躍で、フタを開けるたびに閉じ込められていた熱々の湯気と極上の香りがブワッと広がるものだから、誰も抗えるはずがない。暗がりの会場の中で、ウォーマーのタッチパネルの青いLEDが静かに光り、最適な温度をキープし続けている。
そんな大盛況のビュッフェの列の中に、見覚えのある顔を見つけた。
先日のお弁当の時に「余らないっすか?」と聞いてきて僕がチャーハンおにぎりをあげた、あのダックスフンド系の若手俳優くんだ。
名札を見ると『ナカジマ・ケンジ(16)』とある。アオイさんたちより一つ年下の16歳。なるほど、ダックス系ならではの、ちょっと胴長で小柄な体型とタレ目が実に愛らしい。
そんなケンジくんのプレートの上を見て、僕は思わず目を丸くした。
彼は大皿の半分に、僕が仕込んだ『ゴロゴロ焼豚チャーハン』を山盛りに盛っている。そして、もう半分のスペースには、なんと真っ白な『白米』を山盛りに盛っていたのだ。
そして、チャーハンをスプーンでひと口食べ、咀嚼したかと思うと、間髪入れずに白米をご飯茶碗のようにしてかっ込んでいる。
「……ケンジくん、それって、チャーハンをおかずに白米を食べてるの?」
僕が思わず声をかけると、ケンジくんは口の周りにチャーハンの油をキラキラと輝かせながら、ダックス特有の大きな耳をパタパタと揺らして熱弁してきた。
「はい! ヒロキさんのチャーハン、焼き豚の旨味と味がしっかり米に染み込んでて、めちゃくちゃ濃厚じゃないですか! これ単体でも神なんですけど、この濃い味は完全に『おかず』としても成立するんですよ! だからこうして白米と一緒に食べると、旨さが2倍、いや3倍っす!」
16歳の育ち盛り、炭水化物で炭水化物を食らうという、あまりにも恐るべきわんぱくスタイル。元の世界の大食い選手権でもなかなか見ないレベルの米への執着に、僕はツッコミを入れるのを忘れて「そっか、いっぱい食べてね……」と微笑むことしかできなかった。
画面の向こうでは、アオイさんが演じる「気が弱そうな生徒」が意味深な表情で誰かの後ろを通り過ぎるという、サスペンスの核心に迫るシーンが流れている。
なのに、手前のリアルな空間では、ケンジくんを筆頭にみんなが「美味い、美味い」と熱々の中華を頬張り、アニーのたこ焼き器からはチリチリと小気味よい音が響き、ピピとユイナのミキサーがウィィィンとスムージーを滑らかに仕上げている。
主役のタケダさんも、大盛りのニンニク餃子を片手に「やっぱり僕の目に狂いはなかった……!」と画面を見ずに感動している。
ドラマの犯人を推理する前に、目の前の料理をどう攻略するかで頭がいっぱいになっているスタジオの面々。
ドラマが後半に進むにつれ、会場の空気もようやく少しずつスクリーンへと引っ張られ始めていた。
どうやらこの世界のドラマは、芸名がそのまま役名として使われるのが普通らしい。画面の中のタケダさんは「タケダ先生」だし、生徒役のアオイさんは「アオイさん」と呼ばれている。なんだか現実と地続きのようで、妙なリアルさがある。
そして物語は、ついに緊迫のクライマックスへ。
画面に映し出されたのは、波しぶきが激しく打ち付ける荒々しい岩肌――元の世界でもサスペンスドラマの定番中の定番である『崖』のシーンだった。まさか獣人世界にまできて、あの“聖地”を観ることになるとは思わなかった。
「アオイさん。すべてのトリックは、君が仕組んだものだったんだね」
画面の中で、鋭い眼光を放ちながらロジックで追い詰めていくタケダ先生。
そしてついに、それまで気弱な生徒を演じていたアオイさんが、前髪の間から冷徹な瞳を覗かせ、犯行を認めた。
「ふふ……あはははは! そうよ、あいつらが……あいつらが悪いのよーーーっ!!」
激しい雨(の演出)に打たれながら、その場に膝をつき、顔を覆って激しく号泣するアオイさん。その圧倒的な演技力に、チャーハンを口に運ぼうとしていたケンジくんの手もピタリと止まる。
だが、次の瞬間だった。
シクシクと肩を震わせるアオイさんの指の隙間から、目がキランと不穏に光る。……まさか、ウソ泣き!?
タケダ先生は事件が解決したという余韻に浸り、ふっと安堵の息を漏らしてアオイさんに背を向けた。
その、わずかな隙。
画面のアオイさんが猛然と立ち上がり、192cmの熊族のパワーをフルに活かした渾身のタックルを
タケダ先生の背中にぶちかました。
「え? あ、うわあああああーーーっ!?」
不意を突かれたタケダ先生が、崖っぷちでジタバタと必死に粘るも、重力には逆らえず、そのまま荒れ狂う冬の海へと真っ逆さまに落ちていく。
残された崖の上。さっきまでの号泣はどこへやら、アオイさんは髪を掻き揚げ、冷たい目と、背筋が凍るような不敵な笑みでその見下ろすのだった。
予想の斜め上を突っ走るまさかのバッドエンド(?)に、僕は心の中で
『ええええええ!?』と
呆気にとられるしかなかった。
「……タケダさん、撮影現場で『死体役でも喜んで出ます』って言ってたの、これの伏線だったのか……本当に死体役になってるじゃん……」
僕が呆然と呟く中、ドラマのラストシーンは、騒動が何事もなかったかのように終わりを告げた白百合学園。
いつも通りにこやかに登校するアオイさんの、悪者感たっぷりの邪悪な笑顔のドアップ。そこで画面が暗転し、重厚な主題歌と共にエンドロールが流れ始めた。
……いやいや、ちょっと待って。
劇中の情報を整理すると、アオイさんがこのドラマの中で殺害した生徒や教師は、最後のタケダ先生を含めて全部で10名。
サスペンスどころか、ちょっとした大量殺人犯だ。現実世界なら間違いなく国家レベルの指名手配だし、その場で処刑されてもおかしくないレベルの凶悪犯である。
「ア、アオイさん……凄い演技、だったね……」
僕が恐る恐る、隣でエビチリを上品に食べているアオイさんを振り返ると、彼女はいつもの「へへぇ、頑張りましたぁ」という人懐っこい笑顔に戻って、長い尻尾をパタパタと振っていた。そのギャップが一番怖い。
「ヒロキくん、私、タケダ先生を突き落とすシーンのために、毎日特別寮の丸太でタックルの練習したんですよぉ」
「丸太で練習してたの!?」
「うん、そのおかげで、タケダさんも『いい当たりだ』って褒めてくれましたぁ!」
見れば、主役のタケダさんもニンニク増し増し餃子をモグモグ食べながら、「いやー!あのアオイくんのタックル、本当に骨が軋むかと思ったよ!最高の大団円(?)だね!」と、自分が突き落とされた側なのに大満足の様子でサムズアップしている。
この世界の役者さん、みんなメンタルがタフすぎる。
「ちょっとヒロキ、あんまりアオイを怒らせたら、本当に崖から落とされるわよ」
サリーが僕の耳元でクスクスと悪戯っぽく囁いてくる。
10人もの獣人を手にかけた超絶凶悪犯のドアップを見つめながら、僕は、現実のアオイさんには絶対に美味しいものを絶やさないようにしよう、と心に固く誓うのだった。
ドラマの衝撃的な余韻をにんにくの香りで包み込みながら、試写会会場は割れんばかりの拍手と、おかわりを求める声で再び熱く沸き立っていった。




