110.僕と、完成試写会と、ミーハー社長
「……え、本当に!?」
特別寮の事務室で、フェイ先生から差し出された1枚の書類を見て、僕は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
それは、あのボーダーコリー系のイケメン主演俳優、タケダ・ヒロアキさんの所属事務所から届いた、正式なケータリングの依頼書だった。
ドラマの撮影自体は、アオイさんからも「無事にオールアップしたよ〜」と聞いていたので、あの時のタケダさんの猛プッシュは現場のノリというか、ただの社交辞令だったのかな、なんて少し勘繰ってしまっていたのだ。
けれど、違った。タケダさんの食への執念は、僕の想像を遥かに超えて本気だったらしい。
聞けば、4日後にドラマの『完成試写会』があるのだという。
しかも、年末に放送予定の4時間スペシャルドラマを、出演者やスタッフ全員で大きなスクリーンで見ながら、僕の料理をみんなで突っつこうという、なんとも贅沢でアットホームな趣旨のパーティーらしい。
指定されたメニューは、
「例の焼豚ゴロゴロチャーハン」と「餃子(できればニンニク増し増しの魔改造バージョンで!)」
――あとは完全に僕にお任せ、とのことだった。
しかも、依頼書には『費用はすべてタケダ・ヒロアキが全額負担いたします』と、太っ腹な一筆まで添えられている。
(……いやいや。タケダさんが全額出すって言ってくれてるけど、ここで甘えっぱなしじゃ、僕の料理人としての男気がすたるよね)
名前が一文字違いのよしみもある。それに、タケダさんのあの熱意に全力で応えるのが、僕の流儀だ。
予算の枠をちょっとはみ出すくらいの最高級の食材をこっちでも持ち込んで、タケダさんの度肝を抜いてやりたい。
何より、新店舗『まんぷくししし亭』の開店準備で目が回るような忙しさではあるけれど、この出張ケータリングは、僕の今後の「野望」のためにも絶対に経験しておくべき道だ。
この世界の芸能界のトップが集まる場所で、僕の料理と、あの新兵器『超薄型IH内蔵ビュッフェウォーマー』の実力を証明できれば、今後の仕掛けがもっと面白くなる。
博士たちに急ピッチで仕上げてもらった試作ウォーマーの動作チェックはバッチリ。湯せんでいつでも熱々の料理が提供できる。
メニューの構成も頭の中で一瞬で組み上がった。チャーハンとニンニク増し増し餃子は当然として、せっかくあの魔法の保温箱があるんだ。
あの「とろ〜り」とした振る舞いたい中華メニューも一品、ラインナップに加えることにしよう。
試写会の夜、4時間の大作を見ながら、にんにくの香りと出来立ての熱々料理でスタジオの全員を完全にノックアウトしてやる。
「フェイ先生、この依頼、喜んでお受けします!」
「そう言うと思ったわぁ。レミ社長にも話を通して、食材のルートは確保させてあげるから、派手にやってきなさい!」
先生の不敵な笑みに背中を押されながら、僕は厨房へと向かった。
4日後の完成試写会。ちびっこ寮長の男気と、カントウの超テクノロジーを詰め込んだ極上の中華ビュッフェ、全力をもってあたらせていただきます!
そした、完成試写会の前日の夜。
特別寮の厨房は、明日へ向けた100人超の仕込みのために、再び心地よい熱気に包まれていた。
今回はサリーやユイナだけでなく、コニー、ピピ、アニーも加わって、まさに寮生総出の大作戦だ。
アオイさんも、自分の出演したドラマのイベントだからと、大ぶりのエビのワタを真剣な顔で取り除いてくれている。
そんな、みんなでワイワイと餃子のタネをこねたり、特製チャーシューを刻んだりしている真っ最中。
「おーい、ヒロキくーん! 入るわよー!」と、トレードマークの真っ赤なスーツを腕まくりした、獅子丸食品のレミ社長が、文字通り嵐のように厨房へ飛び込んできた。
「レミ社長!? どうしたんですか、こんな夜遅くに」
僕が手を止めて振り返ると、レミ社長はいつも以上に目をキラキラと輝かせながら、僕の両肩をガシッと掴んできた。
「聞いたわよぉ! あの今をときめく超人気俳優、タケダ・ヒロアキからの直々の指名依頼だって!? すごいじゃないヒロキくん! 芸能界のトップの胃袋を掴むなんて、さすが私の見込んだ天才料理長だわ!」
「あはは……まあ、たまたま撮影現場でお弁当を気に入ってもらえて」
「それでねっ! 明日の試写会、私も拝み……じゃなくて、純粋なお手伝いとして現場に同行してもいいかしら!? うちの優秀な黒服たちも何人かスタッフとして連れて行くから、搬入から配膳まで全部ボランティアでこき使ってくれて構わないわよ!」
レミ社長の口から出た「拝み……」という不穏な本音の欠片を、僕は聞き逃さなかった。
なるほど、明日の目的はケータリングのサポートではなく、完全に『生タケダ・ヒロアキ』を拝むことにあるらしい。
僕は思わずジト目になって、レミ社長を見つめた。
「……レミ社長も、やっぱりイケメン好きなんですね」
僕のあからさまなジト目に対して、レミ社長は一瞬だけ「ギクッ」とした顔をしたものの、すぐに大爆笑しながら僕の背中を強烈な力でバンバンと叩いてきた。
「やだーー! ヒロキくん、もしかして妬いてるのぉ〜!? 可愛いところあるじゃない! 大丈夫よ、私の本命はいつだってヒロキくんの作る料理なんだから!」
「痛っ、痛いです社長! 妬いてないですから! 叩く力が強すぎますって!」
獅子丸食品のトップ直々の激励(?)と、相変わらず規格外のパワーに背中を丸めながら、僕はなんとか逃げ出した。
後ろを振り返ると、餃子を包んでいたサリーとコニーが「あはは、ヒロキがレミ社長に遊ばれてるー」とクスクス笑っている。
アオイさんに至っては、包丁を握ったまま「ヒロキくんは、渡しません……」と、これまた小さな声で物騒な対抗心を燃やしていた。
「まあ、冗談は置いておいてさ。獅子丸食品の黒服さんたちが手伝ってくれるなら、明日持っていく『超薄型IH内蔵ビュッフェウォーマー』の搬入がめちゃくちゃ楽になるよ。本当に助かります」
「ふふん、任せなさい! 明日は完璧な布陣で挑むわよ!」
レミ社長はそう言って、頼もしく胸を張った。
強力な助っ人(と、不純な動機)も加わり、仕込みのスピードはさらに加速していく。
タケダさんの期待、レミ社長のミーハー心、そして僕の料理人としての男気。色んな熱量がごちゃ混ぜになった特製中華ビュッフェの準備は、特別寮の夜をますます賑やかに彩っていくのだった。




