109.僕と、名刺と、ビュッフェウォーマー
車が特別寮に向けて走り出す中、僕の頭の中は早くも、さっき約束させられてしまった「次のケータリング」のことでいっぱいになっていた。
主演のコリー系イケメン俳優さんが「材料費は全部持つ」とまで言ってくれたんだ。次に行くときは、今回の中華弁当を上回る、もっと温かくてインパクトのある仕掛けを用意したい。
(ケータリングで温かい料理を最高の状態で出すなら……よし、『新兵器』を試す絶好のチャンスかもしれないぞ)
僕が頭に思い描いていたのは、元の世界のホテルの朝食バイキングやビュッフェでよく見かける、あのピカピカした金属製の『ビュッフェウォーマー』だった。
下に水を張り、それを熱して発生した蒸気の熱(湯せん)で、上のトレーに入った料理を焦がさずに絶妙な食べ頃の温度で保温し続ける、フタ付きのあのアレだ。
この世界には電子レンジがないから、一度冷めてしまった料理を現場で温め直すのは意外と骨が折れる。だけど、このウォーマーさえあれば、乾燥を防ぎながら何時間でも出来立ての美味しさをキープできる。
カントウの超ハイテク技術なら、あの構造をさらにヤバいレベルで進化させられるはずだ。
わざわざ固形燃料で火を点けたり、元の世界のようにゴツいコードを何本も配線したりする必要はない。
優美林大学の博士たちが作ったあの「超薄型IH」の基盤を、ウォーマーの底面の水槽部分に直接組み込んでしまえばいいのだ。外でも完全にコードレスで、タッチパネル一つで湯せんの温度を1度単位で完璧にコントロールできる『どこでもビュッフェウォーマー』が完成する。
「……ねえ、ヒロキ? さっきから妙にニヤニヤして、また何か悪巧みを考えてるでしょう」
バックミラー越しに僕の顔を見たサリーが、呆れたように笑いながら話しかけてきた。
「バレた? いや、次のケータリングの時は、もっとみんなが驚くような温かい料理の出し方をしたいなと思ってさ。ちょっとまた、博士たちにお願いして作ってもらいたい道具があるんだよね」
「あはは! ヒロキの『ちょっと作ってもらいたい道具』って、大体この世界の常識をひっくり返すようなヘンテコな超技術になるからなー。ユイナ、今から楽しみだよ!」
ユイナが後部座席で身を乗り出してワクワクしている。
隣のアオイさんも、「温かいお料理がずらっと並んだら、スタジオのみんな、もっと大騒ぎしちゃいますねぇ……」と、想像しただけでお腹が鳴りそうな顔をしていた。
餃子の皮で作った北京ダックから始まった、僕の中での中華ブーム。
それがまさか、スタジオへの出張ケータリングを経て、ビュッフェ器具の革命にまで繋がりそうになるとは、僕自身思ってもみなかった。
「よし、寮に戻ったらさっそく設計図のメモを書こう」
夕日に照らされる道路を滑るように進む車の中で、僕はノートを開き、新しい「魔法の保温箱」のアイデアを書き留め始めるのだった。
あ、そう言えば、あのボーダーコリー系のイケメン主演俳優さん、別れ際に慌てて名刺をくれたんだった。
ポケットから取り出したその綺麗な名刺には『タケダ・ヒロアキ』と端正な文字で書かれていた。
「ヒロアキ……さん。そっか、僕がヒロキだから、名前がものすごく近い」
名刺の文字を見つめながら、僕はなんだか妙に納得してしまった。
元の世界でも、自分と一文字違いの名前の人に会うと、それだけで妙に意識してしまったり、勝手にちょっと親近感が湧いてしまったりしたけれど、あの不思議な懐き方はまさにそれだったのかもしれない。向こうも名簿で僕の名前を見て、最初から親しみを持って話しかけてくれたのだろう。
「ん? ヒロキくん、何見てるの?」
助手席からアオイさんが、名刺を持つ僕の手元を覗き込んできた。
「さっきの主演の役者さんの名前。タケダ・ヒロアキさんって言うんだって。僕と名前が似てるなと思ってさ」
「ヒロアキさんと、ヒロキくん……。お揃いみたいで、なんだか不思議な縁ですねぇ」
アオイさんはそう言ってふんわりと微笑んだ。だけど、すぐに何かを思い出したように、ちょっとだけ真剣な顔になって僕の袖を小さく引いた。
「でも、ヒロキくん。ヒロアキさんがどれだけイケメンで、どれだけ材料費をいっぱい出してくれるって言っても……特別寮の『ヒロキ』は、私たちだけのもの、ですからね?」
「えっ……あ、うん。もちろん、僕は特別寮の寮長だからね」
アオイさんのストレートな言葉に、僕は少し顔が熱くなるのを感じながら、慌てて名刺をポケットに仕舞い込んだ。
ヒロアキさんが材料費を全額持ってくれる次の現場。
『タケダ・ヒロアキ』という名前に恥じないような、そして僕の帰りを待つ特別寮のみんながもっと誇らしく思えるような、温かい料理を仕込んで、あのアツい現場をもう一度驚かせてやろう。
車の窓を流れるカントウの夜景を眺めながら、僕は新しいガジェットのアイデアと、少しだけ増えた不思議な縁に、静かに胸を躍らせるのだった。




