107.僕と、若手俳優たちと、弁当確保
撮影スタジオのロビーに長机を出させてもらい、ずらりと100個の中華弁当を並べる。その横には、IH内蔵寸胴鍋から湯気を立ち上がらせる熱々の卵スープ。
「サカイ・アオイさんから差し入れいただいてまーす!!」
スタッフさんの張りのある大きな声がスタジオ内に響き渡ると、アオイさんもちょっぴり照れながら、でも嬉しそうに声を張ってくれた。
「うちの寮長自慢のスタミナ弁当ですぅ! よかったらみなさん、温かいスープと一緒に召し上がってくださーい!」
その呼びかけに応じるように、スタジオの奥からぞろぞろと集まってきた演者さんたちを見て、僕とサリー、ユイナは思わず気圧されそうになった。……何この空間、美男美女しかいない。
今回のドラマは学園もののサスペンスだそうで、みんな制服姿の若手俳優さんばかり。ちなみにアオイさんの役どころは、なんと「気が弱そうに見えて、実はすべての事件の犯人」という超重要ポジションらしい。いつも寮で見せるおっとりした姿とのギャップを想像して、早くも鳥肌が立ちそうだ。
よく見たら生徒役の中に、人気バンド『ストレンジ・シープ』のボーカルの子もキャストに混じっている。
演者さんたちはめいめいにお弁当とスープを受け取ると、スタジオ内に組まれた「教室のセット」の机に並んで座り、食べ始めた。その光景は、まるで本物の学校の昼休みみたいでどこか微笑ましい。
「――っ!? なんだコレ、うめぇ!!」
「チャーハン、パラパラなのにチャーシューめちゃくちゃジューシー!」
「スープ熱々じゃん! なにこれ生き返る〜!」
狙い通り、育ち盛りの若手俳優さんたちの食いつきは凄まじかった。麻婆豆腐のピリ辛さと餃子の旨味に、スプーンを動かす手が誰も止まっていない。
「あの、すみません! このお弁当、もしかして余ったりしないっすか……?」
早くも完食した一人の若手俳優さんが、目が血走ったような勢いで僕に聞いてきた。
それを横目で聞いていたアオイさんが、ハッと身を硬くする。実はアオイさん、スタッフさんたちの目を盗んで、自分用にこっそり「3個分」をお弁当キープ用の箱へ移そうとしていたのだ。
俳優さんの「余らないっすか?」の声に、アオイさんは気まずそうに頰を赤くしながら、そっと1個だけお弁当を元の置き場に戻した。
(……うん、2個は意地でも持っていくんだね。というツッコミは、アオイさんの女優としてのプライドのために心の中に抑えておこう)
そんな微笑ましいやり取りを見守っていると、「いやぁ、本当に素晴らしい差し入れをありがとうございます!」と、一際オーラのあるイケメンが僕に気さくに話しかけてきた。
今回のドラマの主役を務める、ボーダーコリー系の犬族の俳優さんだ。役柄は「学園内の事件を解決していく担任の先生」らしい。
「僕、実は『ししし屋の冷凍餃子』のめちゃくちゃヘビーユーザーなんですよ! だから『あのししし屋の餃子を作った寮長さんの手作り弁当』って聞いて、テンション上がっちゃって!」
主役のイケメン先生は、目を輝かせながら熱弁をふるってくれる。
「やっぱり美味しい食べ物があると現場のモチベーションが全然違いますね! ……あ、ちなみに要望なんですけど、冷凍餃子、もっとニンニクがっつり効かせた『魔改造バージョン』とか出したりしません? あ、あと、こんなに美味しいお弁当が毎食食べられる現場なら、僕、主役じゃなくて死体役でも喜んで出ますよ!」
爽やかな顔でかなりロックな全力をアピールしてくる主役さんに、僕は「あはは、ニンニク増量、レミ社長に提案してみますね」と苦笑いするしかなかった。
そして、短い休憩が終わり、いよいよ撮影が再開される。
カチン、と拍子木が鳴り、静まり返るスタジオ。
カメラの向こうでは、アオイさんや主演の先生がキリッとした役者の顔になって緊迫したサスペンスの演技を繰り広げている。……のだが、画面には映らないものの、スタジオ内には僕が作った餃子と麻婆豆腐の、なかなかに強烈な「ニンニク臭」が漂っていた。誰も彼もがっつり食べたから、もはや現場全体がニンニクの結界に包まれている。
そのせいで、ちょっとしたハプニングが起きた。
「先生の助手を務める体育教師役」の若手女優さんが、シリアスな表情でセリフを言おうとした瞬間、周りの演者さんから容赦なく発せられるニンニクの香ばしい匂いに完全に胃袋を刺激されてしまったらしく――
ぐうううう〜〜〜っ。
静かなスタジオに、ものすごく元気な「お腹の虫の音」が響き渡り、「……ごめんなさい、NGです!」とスタッフさんの笑い混じりの声。
現場がドッと笑いに包まれる中、女優さんは顔を真っ赤にしてお腹を押さえていた。
そんな中、さっき「お弁当余らないっすか?」と聞いてきた若手俳優さんが、一足先に自分の出番を終えたようで、ロビーに戻ってきた。彼は先ほどキープを許されたお弁当(アオイさんが泣く泣く諦めたあの1個だ)を大事そうに抱え、ホクホクの負けなし顔でスタジオを後にしようとしている。
その嬉しそうな後ろ姿を見て、僕は微笑ましくなり、声をかけた。
「あ、ちょっと待って!」
「え? あ、はい、何でしょう?」
僕は調理台の下から、いざという時のために隠し持っていた、アルミホイルに包まれた温かい塊を差し出した。
「これ、チャーハンの残りで握った『特製チャーハンおにぎり』。2個あるから、お家に着いてからか、夜食にでも食べてよ」
「えっ……マジっすか!? うわ、やったあーー! ありがとうございます、一生ついていきます!!」
俳優さんは今日一番のキラキラした笑顔(さすが役者さんだ)を見せ、おにぎりを宝物のように抱えて帰っていった。
カメラの向こうで真剣に犯人役を演じるアオイさんの姿を見守りながら、僕は「やっぱり、美味しいものはみんなを幸せにするな」と、にんにくの匂いが満ちるスタジオの片隅で、静かに胸を熱くするのだった。




