106.僕と、差し入れと、中華弁当
カチャカチャ、トントン、と小気味よい音が、まだ外が薄暗い早朝の厨房に響き渡る。
「ヒロキ、チャーハンの焼き豚、これくらいの大きさでいい? どんどん切っちゃうわよ!」
「ありがとうサリー、バッチリ! ユイナ、卵スープ用のネギの小口切り、もう一息お願いできる?」
「オッケー、任せといて! これくらい朝飯前だよ!文字通り、朝ご飯食べてないからね」
僕とサリー、ユイナの3人は、朝から額に汗を浮かべながら、文字通り「戦場」のような大忙しで大量のお弁当作りに追われていた。
話は3日前に遡る。
芸能コースのエース級にブレイク中のアオイさんが、なんと今度制作される新作ドラマの「準主役クラス」に大抜擢されたのだ。その報告を受けたときは寮全体でお祭り騒ぎになったのだけれど、その夜、アオイさんが珍しく僕の部屋の前にモジモジしながらやってきて、真っ赤な顔でこう懇願してきた。
『あの……ヒロキくん。もし、もしよかったら、撮影スタジオに……私の演技、見学に来てほしいですぅ……。ヒロキくんがいてくれたら、私、絶対に頑張れますから……!』
最近は仕事が忙しくて僕と過ごす時間が減り、ずっとやきもきしていたアオイさんだ。そんな風に潤んだ瞳で見つめられて、断れるはずがない。
「もちろん行くよ!」と即答したのだけれど、せっかく大きなスタジオにお邪魔するなら、料理人として何かできることはないかと考えた。
そこで思いついたのが、出演者やスタッフさんたちへの『中華弁当』100個の差し入れだった。
最近の僕の中での中華ブームの集大成。若手の俳優さんや、体力を遣う撮影スタッフさんが多いと聞いたので、とにかく「ガッツリ食べて元気が出るボリューム感」を最重視したメニューを組み立てた。
チャーシューごろごろチャーハン
仕込みに丸一日かけた自家製焼豚がこれでもかと入った、黄金色のパラパラ飯。
ししし屋の餃子
言わずと知れた定番メニュー。冷めてもジューシーで旨味が逃げない特製ギョーザ。
ミートボールの甘酢あんかけ
ふんわり揚げた肉団子に、甘酸っぱい餡が絡んで米が進む一品。
麻婆豆腐
ピリッとした自家製ラー油の辛みが、撮影の疲れを吹き飛ばす本格派
これらをギチギチに詰め込んだ特製中華弁当に加え、さらに秘密兵器を用意した。
先日、工学博士たちに作ってもらったばかりの『IH内蔵どこでも寸胴鍋』だ。これに、鶏ガラスープをベースにした優しい味の「ふわふわ卵スープ」を並々と仕込み、熱々のまま車に載せる。タイマーと断熱の対策もバッチリ施したから、外でも出来立ての熱さがキープできる優れものだ。
「よし、100個ピッタリ完了! みんな、本当にお疲れ様!」
僕が声をかけると、サリーとユイナが「よっしゃー!」とハイタッチを交わした。
手際よく弁当箱をコンテナに詰め、特別寮が誇る唯一のドライバー、サリーが運転する車へと次々に積み込んでいく。
助手席には、これから本番を迎えるというのに、僕が本当に来てくれた嬉しさで朝からずっと尻尾をちぎれんばかりに振っているアオイさん。後部座席には僕と、荷物の搬入要員(力仕事がめちゃくちゃ得意)として自推してくれたユイナが乗り込んだ。
「それじゃあ、アオイの晴れ舞台に向けて出発するわよ! 遅れないようにしっかりナビしてね!」
サリーがアクセルを踏み込み、車はワイヤレス充電が配備された滑らかな道路を滑り出す。
100個のボリューム満点中華弁当と、熱々の卵スープ。そして、僕たちの期待を乗せて、車は未知の撮影スタジオへと向かった。




