104.僕と、北京ダックもどきと、幻の大国
昨夜、フェイ先生と「あの大国の料理が存在しないかもしれない」なんて壮大な話をしていたけれど、一晩寝て起きたら、僕の料理人としての魂が妙な具合にポジティブに燃え上がっていた。
(本場の料理が入ってこないのなら、僕がこっちにあるもので作っちゃえばいいじゃないか)
ないなら作れ。これが料理人の基本だ。
というわけで、僕はさっそく近所の市場へ向かい、とある食材を仕入れてきた。
ドカンとまな板の上に載せたのは、この世界では標準サイズ(つまり、元の世界の基準からしたら笑っちゃうくらい巨大な)鶏もも肉だ。本当はアヒルの肉を使いたいところだけれど、そんなものは市場には流通していない。でも、この引き締まった大ぶりの鶏もも肉なら、十分にあの料理の代わりが務まるはずだ。
今日仕込むのは、中華宮廷料理の華――『北京ダックもどき』である。
本場の北京ダックは「薄餅」という専用の皮で包むけれど、今回は『餃子の皮』をさらに薄く伸ばして蒸し焼きにすることで代用する。
そして味の決め手は、以前獅子丸食品との開発で作った、甘辛くてコクのある『てりやきソース』だ。これに少しだけ隠し味を加えて、北京ダックに欠かせない甜麺醤風の濃厚ダレに仕立て上げる。
本場の北京ダックはパリパリに焼いた「皮」だけを削ぎ落として食べるのが粋とされているけれど、庶民派の僕からしたら、そんなのはもったいなさすぎる! このジューシーで旨味の詰まった大きな肉を使わない手はない。
じっくりと皮目を黄金色に焼き上げ、てりやきソースを何度も塗り重ねて照りを出した特大の鶏もも肉を、食べやすい大きさにザクザクと切り分ける。
「みんなー、今日の夕飯はちょっと面白いもの作ったよ!」
食堂に声をかけると、真っ先にサリーの鼻がピクピクと動いた。
「うにゃあ!? 何この甘くて香ばしい、すっごく良い匂い!」
「わぁ、今日も見たことのないお料理ですぅ!」
アオイさんも目を輝かせてテーブルを覗き込む。
大皿に盛られたツヤツヤの鶏肉、細切りにしたネギと、みずみずしい白菜の白い部分、そして蒸したての餃子の皮。
「これはね、皮の上にこの特製のタレを塗って、お肉と野菜をこうやってくるっと包んで、手掴みでガブッといくんだ。本場では皮しか食べない贅沢な料理なんだけど、今回はお肉もガッツリ味わって!」
僕がお手本として一つ包んで見せると、二人は待ちきれないとばかりに自分の皮を広げた。
「んむ……っ! んん〜〜! お肉がすっごくジューシーで、この甘辛いタレと皮のモチモチ感が最高に合うのぉ〜!」
「本当ですぅ! お肉の旨味をタレが引き立てて、いくらでも食べられちゃいます!」
大きな手で器用に包みながら、もの凄い勢いで『北京ダックもどき』が寮生たちの胃袋へと消えていく。
本物の北京ダックとは少し違うけれど、みんなのこの笑顔が見られるなら、これで大正解だ。
未知の巨大大国に思いを馳せるのもいいけれど、やっぱり僕の原点は、この目の前の日常を美味しく彩ること。
「ヒロキくん、おかわりっ! 皮、もっとたくさん持ってきてぇ!」
「はいはい、今すぐ追加で蒸すから待っててね」
賑やかな食堂の声を聞きながら、僕は追加の餃子の皮を手に取り、今日もマイペースにカントウの食卓を豊かにしていくのだった。




