102.僕と、寄せ鍋と、超薄型IH
あの熱気に満ちていた『定例発表会』から、早くも20日近くの日が流れた。
暦は『270日』。この世界には月や曜日の概念がないから、カレンダーはただ数字を淡々と刻んでいく。
日中はまだ夏の名残りのような暑さが残りつつも、朝晩はふとした瞬間に肌寒さを感じ始めていた。季節が確実に秋へと移り変わっていくのを感じる、そんな季節の変わり目だ。
そんな日の夕飯は、フェイ先生からの「どうしても食べたい!」という熱烈なリクエストに応えて、心も体も温まる『寄せ鍋』に決まった。
めんつゆをベースに、鶏肉、白身魚、白菜、ネギ、そして出汁に深みを出してくれる椎茸や人参などを美しく敷き詰めた、ボリューム満点の王道の寄せ鍋だ。
そして、この土鍋を支えているのが、今日届いたばかりの最新式の『超薄型IHクッキングヒーター』だった。
これはジジイ…もとい、優美林大学の工学博士たちが、エネルギーキューブの電力効率を極限まで高めて開発したという、まさに「渾身の傑作」だ。
テーブルの上に置くと、あまりの薄さにまるで天板に最初から内蔵されているんじゃないかと錯覚するほど。操作ボタンもすべて滑らかなタッチパネル式になっていて、表面には一切の突起物がない。
「ひゃあ〜! ヒロキくん、これ凄いねぇ! 本当にここに機械があるのぉ?」
アオイさんが耳をピコピコと揺らしながら目を丸くしてテーブルを覗き込んでいる。
「すごい……お鍋が食卓の上にそのまま、宙に浮いてるみたいですぅ!」
ピピも身を乗り出して、その近未来的なデザインに目を輝かせて感動していた。
「うん、驚くのはまだ早いよ。この最新式の超薄型IH、実は今急ピッチで準備が進んでいる、僕たちの店――『まんぷくししし亭』の客席の各テーブルにも、正式に導入されることが決まったんだ」
大象食品が『卵ポケット付きの即席麺』を引っ提げて市場に新風を巻き起こすことが確実な中、
『まんぷくししし亭』への最新IHのスピード導入も、レミ社長が裏で大学側に相当に手を回して確保してくれた結果なのだ。
「さあ、出汁もいい感じに沸いてきたし、みんなで食べよう。フェイ先生、まずはリクエストの鶏肉と、出汁がしっかり染みた白菜からどうぞ」
「わぁい、いただきま〜す!」
タッチパネルを指先で軽くスライドさせ、火力を「中」に落とす。直火のゆらめく情緒はないけれど、驚くほど正確に熱をコントロールする最新のテクノロジーが、じんわりと具材の芯まで届けていく。
この超薄型IHの技術、ただテーブルをスマートにするだけじゃもったいない。そう思った僕は、この技術の応用として、ある「試作品」を博士たちに作ってもらった。
それが、この『IH内蔵鍋』だ。
構造はシンプルで、僕がいつも鶏ガラスープを仕込むのに使っている大きな寸胴鍋の外側に、あの超薄型IHの基盤をぴったりと巻き付けたような形をしている。
これの何が凄すぎるかって、極端な話、コンセントや土台となるIHヒーターがなくても、これ単体にバッテリーを繋ぐだけで「外でもどこでも調理が可能になる」という代物なのだ。
某猫型ロボット風に言えば『どこでもIH〜♪』だ。
この『どこでもIH』の可能性は無限大だ。大きな寸胴鍋から、果ては学生たちが持ち歩くような小型の弁当箱に至るまで、サイズを問わずいくらでも応用が効く。
この世界には、電磁波で食材の水分を震わせて温める『電子レンジ』が存在しない。けれど、このIH内蔵型のお弁当箱があれば、食べる直前にスイッチを入れるだけで、いつでも炊き立て・出来立ての温かいご飯が食べられる。実質、電子レンジと同等かそれ以上の利便性を持つインフラになりうるのだ。
さらに、今回の試作品には工学博士たちの遊び心あふれるアイデアで、早くも「タイマー機能」まで搭載されていた。
今の段階では、タイマーによって途中で火力を自動調整するような器用な真似はできず、設定時間になったら「パチッ」と電源が切れるだけのシンプルなものだ。だけど、彼らの技術力なら「10分強火、その後30分弱火」といった火力調整機能も、今後のアップデートで確実に付与されていくだろう。
ただ、完璧に見えるこの試作品にも、まだ一つだけ大きな課題があった。
「うにゃっ!? あつーーいっ!」
試作の寸胴鍋の横を通りかかったサリーが、うっかり鍋の外側に触れてしまい、猫耳をピンと立てて飛び上がった。
「サリー、大丈夫!? ……そう、これなんだよね。今のままだと熱源が外側にむき出しだから、うっかり触ると火傷する恐れがあるんだ」
テーブル用のIHなら天板の下に熱源を隠せるけれど、鍋に直接巻き付けるとなると、触れても熱くない断熱素材で外側を覆うか、あるいは熱を内側だけに伝える特殊な加工が必要になる。この安全対策をクリアすることこそが、今後の一般商品化への最大のカギになるはずだ。
それにしても……と、僕はタッチパネルのタイマーがカチカチと刻む未来的なデジタル表示を見つめながら、思わず苦笑してしまった。
火が使えないという制約が生んだ、極限の電気進化。
これはもう、僕のいた元の世界の基準からしたら、完全に時代を何周も先取りしている「過剰技術」だ。
僕が持ってきた元の世界のアナログな『寄せ鍋』や『鶏ガラスープ』の文化が、この世界のバグみたいな超テクノロジーと融合して、とんでもない発明を生み出そうとしている。
安全対策のアイデアをノートに書き留めながら、僕は近未来の調理器具をまじまじと見つめ、この世界のものづくりの底力に、ゾクゾクとするような興奮を覚えるのだった。




