10.僕と、フレンチトーストと、学園の朝
翌朝、特別寮のキッチンに立った僕は、朝食の準備を始めていた。
リビングのソファには、すでに制服に着替えたサリーとコニーが
朝一番のエネルギー補給を求めてテーブルに顎を乗せている。
彼女たちが着ているのは、『優美林女子高等学校』の制服だ。
全寮制で、全校生徒はわずか180名。
その箱庭のようなお嬢様学校(中身は結構野生味に溢れているけれど)に自分が「寮長」として紛れ込んでいる事実が、まだ少し気恥ずかしい。
「あー、お腹空いた。ヒロキ、今日の朝ご飯は何?」
サリーが緑色のチェックスカートを揺らしながら、黒い猫耳をピコピコと動かした。
彼女とコニーは、1年生の『普通コース』に所属している。
「今朝は手軽にフレンチトーストにしました。すぐ焼けますからね」
僕が答えると、コニーが金の尻尾を床にパタパタと打ち付けた。
「やったー! 普通コースの授業、午前中退屈だから糖分補給しとかないと死んじゃう!」
「あんたたち、朝から相変わらず騒がしいわね……」
あくびをしながらリビングに現れたのは、これまた優美林の制服を着たアオイだった。
グレーのクマ耳を少し眠そうに寝かせているけれど、彼女は『芸能コース』の1年生。
長身で抜群のプロポーション、そしてあの大人びた綺麗な顔立ちは、確かに将来のスター候補生というオーラを放っている。
「おはよう、アオイ。今日も朝からレッスン?」
「ん……。午前中は表現力の授業があって、ちょっと緊張する……。でも、ヒロキくんの朝ご飯があるから、頑張れる……」
アオイは僕の顔を見て、はにかむように小さく微笑んだ。
「皆さん、おはようございます。朝からだらしない姿を見せないでください」
カツカツと規則正しい足音を響かせて現れたのは、丸メガネの位置をキリッと直したピピだった。
彼女は『専門課程コース』の1年生。卒業後は自動的に併設の大学へ進学することが決まっているエリートで
普通・芸能・専門の全3コースの1年生(計60名)をひとまとめにする『学年委員長』を務めている。
「ピピ、おはよー。相変わらず朝からきっちりしてるね」
サリーが伸びをしながら言うと、ピピは「当然です。私は学年委員長ですから。それよりフェイ先生はまだ起きてこないのですか?」と眉をひそめた。
「呼んだ〜? 朝から説教はやめてよね、ピピ委員長」
リビングのドアから、よれよれのジャージ姿で頭を掻きながらフェイ先生が入ってきた。
フェイは若くして歴史学の権威であり、この学校の教師をしているけれど、
実は彼女自身もこの優美林女子高等学校の出身者(OG)なのだという。
「先生、一応ここも学校の敷地内なんですから、ちゃんと教員らしい格好をしてください。いくら校長先生に貸しがあるからって、態度が大きすぎます」
「いいのよ〜、私は卒業生でもあるんだから、校長とは長い付き合いなの。それに、私が国の上層部から『重要歴史遺物』を匿ってあげる特例を作ってあげたんだから、学校側は私に頭が上がらないのよ」
フェイ先生はそう言ってニヤリと笑うと、僕が差し出した焼き立てのフレンチトーストを、フォークも使わず手づかみでパクッと口に放り込んだ。
「んんんー! 甘くて美味しい! パンが卵液をたっぷり吸ってて、極上のケーキみたい!」
「わ、本当だ! 先生だけずるい、私にもちょうだい!」
「……私……大きいやつ、食べたい……っ」
フレンチトーストがテーブルに並んだ瞬間、優美林の1年生たちとOGの先生による、いつもの賑やかな争奪戦が始まった。
各学年20名ずつの、たった180名しかいない全寮制の女子高。
その片隅にある秘密の特別寮。
普通コース、芸能コース、専門課程コース、そして教師。立場も種族もバラバラな彼女たちが、僕の作った朝食を囲んで笑い合っている。
「(みんな、今日も学校頑張ってね)」
僕はエプロンをつけたまま、賑やかな食卓を温かい気持ちで見守るのだった。




