第3話 雪冴えの公爵領宝物庫
北領の空気は、王都の飾った香よりずっと鋭かった。
雪冴えの公爵領宝物庫は、城というより石の要塞に近い。外壁は厚く、窓は小さい。それでも正面ホールに入ると、冬光を受けた金具や硝子ケースがひそやかに光っていた。派手ではないが、嘘を塗る余地もない。
「ミレイア・クラウゼ殿」
迎えた男は、濃紺の外套を着た長身の公爵だった。レオンハルト・シュネーヴァイス。三十六歳。王都貴族特有の愛想がない代わりに、相手を値踏みする軽さもない。
「直接迎えに?」
「招いた人間の顔くらいは自分で確かめる」
短い返答のあと、彼の視線が私の抱えた箱へ向く。中には控え台帳と偽封蝋の封筒。
「帳面を持ってきたなら話が早い。北領でも記録が消えている」
案内された執務室には、北領宝物庫の献納目録、貸出台帳、封印確認簿が山になっていた。だが積み方だけでわかる。表向き整っている帳面の下に、誰かが急いで戻したものが混じっている。
「一番困っているのは?」
「青玉の姫冠の付属品が合わない」とレオンハルトが言った。「台座番号、鍵番号、封印番号。その三つが昨冬から揃わない」
「王都で入れ替わった展示札と同じ品です」
私は封筒を見せた。彼は偽封蝋を一瞥して眉を上げる。
「王都の印か」
「似せた印です。本物なら右脇が少し欠ける」
「よく見ている」
「仕事ですから」
私は北領の封印確認簿を開いた。青玉の姫冠は王妃献納品の一部として一時移送された記録がある。だが返納欄だけが別筆だ。しかも付き添い印が北領側二名なのに、王都側の受領印が一つ足りない。
「返ってきていないのに、返ったことになっている」
「同じ結論だ」とレオンハルトが静かに言った。「だから君を呼んだ」
彼の執務机の端には、銀の古鍵が一本置かれていた。鍵札は切れ、先端に薄い青蝋がついている。
「その鍵は?」
「昨夜、空の保管棚の前で拾った」
北領宝物庫でも、何かが消されている。王都の噂話ではなく、もっと現実的で手触りのある形で。
私はようやく、ここへ来た意味を掴んだ気がした。王都で消された記録は、北領の棚へ続いている。




