第2話 消えた王妃献納録
局長室には、裁きの形だけが整っていた。
長机の上には貸出台帳、展示台帳、鍵受領簿、そして空の封筒。肝心の王妃献納録だけがない。王妃献納録は、いま王都で噂になっている『本物の王女』騒ぎに直結する資料でもあった。王家の遠縁を名乗る令嬢へ、王妃由来の宝飾が相応しいかどうか。その真贋を決める根拠になるからだ。
「セレナ嬢は王家と縁深い品に見覚えがあるそうだ」と局長が言った。
「見覚えでは管理できません」
「だが君は記録を失くした」
「盗まれたのです。封蝋も印影も偽物でした」
私が封筒を示しても、部屋の空気は動かなかった。むしろ皆、最初から結論を知っている顔をしている。
「王都でこれ以上騒ぎを広げるわけにはいかない」とオスカーが言う。「君は雪冴えの北領宝物庫へ臨時転属だ。棚卸しの立て直しをしてこい」
「左遷ですね」
「記録に拘る君向きの仕事だ」
その言い回しが、むしろ答えだった。私を王都から離したいのだ。王妃献納録が失くなった今、誰かが宝物の由来を書き換えている。そこへ私だけが邪魔になる。
「原本目録の控えは持っていきます」
「許可する」と局長は早すぎる返事をした。「ただし王都での調査は禁ずる」
禁ずる、とまで言うなら、やはり知られては困る何かがある。
退出際、オスカーが私だけに聞こえる声で言った。
「北領で黙っていれば、いずれ戻れる席もある」
「あなたの隣の補助席に?」
「主任は無理でも」
私は封筒を握りしめた。
「私は誰かの隣を飾るために記録してきたんじゃないわ」
局を出る頃には、私の机はもう片づけられていた。代わりに、セレナが青玉の台座の前で笑っている。胸元には王家由来だと噂される蒼い雫の首飾り。展示札には《王妃縁故品》と新しい文字が踊っていた。
その文字が、なくなった王妃献納録と同じくらい不自然に見えた。
その日の夕方、私は控え台帳、偽封蝋の封筒、青玉の展示札の写しだけを持って雪冴えの北領へ向かった。




