第7話 キラキラした不愛想
「おはよう……」
「おはようトゥリちゃん! ……なんか、ご機嫌斜め?」
朝は共通の学科なので、今日はクラスのみんなでお勉強。
先生が来る前にぼけっとしていると、いつもより嫌そうな顔をしたトゥリちゃんがやってくる。
それでも挨拶してくれるあたり、私のことをうとましく思っていない貴重な存在であることは確かだね。
「シエルが引き受けないから、私が協奏者になった……」
「ありゃあ。辞退できないの?」
「そうしたら、炎の派閥に迷惑かかるから」
「気にしないでいいのに」
それでやりたくもないことをやるのはどうかと思うんだよね。
誰かを犠牲にしないと存続できないというのなら、そもそもそんな派閥なくなっちゃえばいいと思う。
そしてあぶれた人たちは全員うちで引き取ってあげようじゃないの。
「トゥリちゃんは派閥が必要だと思ってるの?」
「……まあ。なかったらなかったで困るから」
「そっかあ」
じゃあ私から口出しできることはない。
彼女がそれで納得しているのであれば、意見が違うからと押し通すのは失礼だからね。
「それじゃあトゥリちゃんが協奏者かあ。すごいねえ」
「シエルだって、それだけの力はあるじゃない」
「つまり、私も黒の協奏者に!」
「それは却下されると思う」
世知辛いねえ。
実際のところ、協奏者だなんだと言われてもこれまでと変わらないんだろうけど。
それとも、派閥の面倒を見るのが協奏者なのかな?
ヴィルタさん先輩も王子様もイルマ先輩も、みんな他の生徒たちに何かを教えていたっぽいし。
「……トゥリちゃん。炎の派閥の人に精霊の使い方教えられるの?」
「できるけど……めんどくさい」
「だよねえ」
私の知っているトゥリちゃんで安心した。
出会って数日とはいえ、彼女のことはなんとなくわかってきたからね。
やっぱりイメージは猫だ。自由気ままな彼女が他の生徒の世話を焼いている姿は似合わない。
「そうして今日もまた、トゥリちゃんは眠そうな目をするのだった」
「勝手に変なこと言わないで」
駄目かあ。
なんてことを言っていると担任の先生がやってきた。
さて、基礎のお勉強だね。私にとっては特に真新しいことばかりだから、真剣に学んでいかないと。
「学んだ~」
問題児扱いの私だけど、授業はしっかりと受けている。
なので一日の授業が終わるころには、わりとエネルギーを使い果たしているのだ。
だけどそれだけでは足りない。
もともとの目的は、色々な精霊と仲良くなることだからね。
放課後もしっかりと特訓していこう。
「精霊くん。今日は水の精霊の練習だよ!」
『いいと思うよ~。シエル、ボクの補助がないと制御が下手だからね』
「失礼しちゃう!」
精霊くんがケラケラと笑う。
だけど彼の言うこともあながち間違ってはいない。
トゥリちゃんは、自分よりも私のほうが精霊使いとして上だと言っていた。
でも、それはあくまでも精霊くんが協力してくれているから。
私一人で使役しようとした場合、まだまだ未熟だと思っている。
「とりゃあ!」
てなわけで、今日は水の派閥の演習場を使って一人で訓練。
リセアちゃんはリセアちゃんで、風の精霊の練習をしているらしいので今日は別行動だ。
お互いにがんばって黒の派閥の存在感を強くしていこう。
……なんて思っていたけれど、リセアちゃんに教えてもらうべきだったかなあ。
あるいは、私がリセアちゃんに風の精霊の扱いを教えるべきだったか。
というのも、全然うまくいっていないのだ。
「ぬあぁ~。制御制御制御!」
目の前には水の球体がぷかぷかと浮かんでいる。
ゼリーのように揺れるそれは、なんだか怪しげな振動を繰り返すと。
「みぎゃっ!」
顔の前で破裂して私を水浸しにした。
私を遠巻きで見ていた水の派閥の生徒たちが、ここぞとばかりに馬鹿にしたように笑い出す。
「なんの!」
そして再び水の精霊たちを呼びかける。
周囲の水に関する場所から魔力を感じ取り、魔力と一体化している精霊たちに念じる。
そうして集まった水の精霊を体内に宿すことで、水の精霊と親和性の高い魔力が体に満ちる。
あとは魔力を制御して、集まってくれた精霊の中で最も相性のいい子を実体化させる。
「ここまでは問題なし!」
なので、この先が問題だねえ。
……いや、ちょっと嘘ついた。実はこの時点でもだいぶ問題がある。
周りの人たちが忌々しそうに見ているのは、私の準備段階の魔力が高く、実体化した精霊の力が強いから。
別にそれで偉ぶるつもりはない。単に強い力と言うだけだから。
でも問題はここから。
私が実体化させた精霊は強い。だけど、強ければ強いほどに制御するのは難しい。
だから、こうして繊細なお願いをこなそうとすると……。
「ぶえっ!」
ご覧の通り。
小さな水の球体を維持しようとしたけれど、やっぱり目の前で破裂してしまった。
あ~あ。水浸し。
「何してんの?」
「ヴィ、ヴィルタさん……」
周囲がしんと静まり返る。
まあなんとなくはわかるけどね。ヴィルタさん先輩目つき悪いし。声低いし。怖い雰囲気あるし。
だけど私は知っている。この先輩は雨に濡れた子猫を助けるタイプの先輩だ!
「そいつがさっきから、水の精霊の制御を失敗し続けているんですよ!」
「たしかに魔力と実体化は大したもんだが、ろくに制御できないなんてやっぱり所詮は黒か」
こればかりは返す言葉もない!
入学式の日の先輩に見せたときは、精霊くんが実体化してくれたから制御もばっちりだった。
だけど、精霊くん以外ではいまだ前途多難。だから学校にきたんだもん!
「あ~あ。びしょびしょ」
「そうですよね! さすがに、いくら水の演習場とはいえこんなに汚されたら」
「ほら。使いなよ」
「あ、ありがとうございます!」
ヴィルタさん先輩は、大きなタオルを貸してくれた。
やっぱり……濡れた子猫を助けるタイプの先輩だな?
ということは盛大に濡れている私は猫? いや、猫ならトゥリちゃんのほうが似合っている。
「ヴィルタさん……。いいんですか?」
「なにが?」
「うっ……。い、いえ! なんでもありません!」
「……」
ふむふむ。
ヴィルタさん先輩が慕われているのはたしかだろうけど、目つきが悪いから怖がられているっぽいね。
いい人なのにな~。いや、それは私なんかよりも付き合いが長いこの先輩たちのほうがよく知っているはず。
ただ、やっぱりこのきつい目つきで見られると怖いもんは怖いんだろうねえ。
まあ、私は全然平気だけど! 熊や猪より怖くはないからね。
「はあ……」
「元気ないですねえ。ヴィルタさん先輩! 低血圧ですか?」
「いや。シ……あんたは元気そうだね」
「元気な体だけが取り柄です!」
あと精神も。
それが私の武器なのだから、落ち込んだりしている暇などないのだ。
堂々と宣言すると、ヴィルタさん先輩はわずかに目を開いて驚いたような表情を浮かべた。
だけど、すぐにいつものきつい目つきに戻る。
……おやあ? と思ったら、今度は若干柔らかい目に。
「なんだよそれ」
笑った!
くすくすと笑っている!
ほら先輩方、今がチャンスだよ! ヴィルタさん先輩が微笑んでいるよ!
しかし、さっきのヴィルタさん先輩の睨みが効いたのか、先輩方はこちらを気にせずに演習に戻っていた。
もったいない。この先輩こんなふうに笑うだなんて、周りの人たちは知っているのかな?
「学校中が敵だっていうのに、能天気だね」
「味方もいますよ! なんと黒の派閥に一人仲間が増えたので!」
「へえ。もの好きなやつもいたもんだ」
「ちなみにまだまだ募集中です」
「そう」
「兼任でもいいですよ!」
私の言葉の意味に気付いたのか、ヴィルタさん先輩は少し首を傾げてから尋ねてくる。
「それ、俺のこと誘ってる?」
「もちろん!」
「ぷっ……。あははは。面白いなあんた」
また笑った! ほら、今度こそ……ああもう! なんで誰も見てないの!
結局ヴィルタさん先輩の笑った顔は、私以外誰も見ることがなかった。
私の特技。ヴィルタさん先輩を笑わせることって書けるかもしれないなあ。




