第63話 割れた鏡に映る二人の私
「げ、さっき逃げたくせに、なんで戻ってきてんだよ~」
リセアちゃんとリーヴァちゃんが駆け込んできた扉の先。
ピルカヤくんが視線を向けた先は、扉の前で渋滞していそうなほどの人たちが来ていた。
黒の派閥の人たち……。だけじゃない。先生や生徒たちがみんな来てくれている?
「生徒を逃がさずこんな危険な場所に戻るなんて、何やってんだろうな俺」
「先生!」
「事情は聞いたわよ。魔族の残滓以上に危険な存在と戦うっていうのなら、私たちの力も少しは足しになるでしょ」
「先輩たちも!」
さっき逃がしたはずの先生が戻ってきてくれた。
どうやら、それだけでなく先生は学校中のみんなに応援要請してくれたっぽい!
魔族の残滓のときと同じ。ううん、それ以上に色々な魔力が私の方へと譲渡されていく。
「普通ならそんな大量の魔力、危険だから融合させられないんだけどね。失敗したら失敗したでみんな死ぬだけか」
わりと危険なことをしているらしいけど、先生たちの許可も出たし大丈夫だよね!
私なら混ぜ合わせることができると思う!
だって、私はそういうのがとても得意だから! 黒の派閥の協奏者として全部全部混ぜてしまおう!
「全力でいくよ! ピルカヤくん!」
「上等! 君たち人類がどれほど弱いか、思い知らせてあげるよ!」
さっきよりも力は強い! これならピルカヤくんが相手でもなんとかできるはず!
もらった魔力を使って周囲の精霊を実体化させる。そして、その魔力を今度は私から精霊へと譲渡して精霊魔法を!
「ぜんっぜん足りないねぇ!」
魔法を放つごとに実体化した精霊が消えていく。
ピルカヤくんの攻撃がすごいってこともあるけれど、力が大きすぎて精霊たちが耐えられていない?
まいったなあ。ますますピルカヤくんが最高の相棒だったってわかるよ。
私たちだけが成長しても意味はないんだね。その力を受け入れてくれる精霊がいてこその精霊使い。
そんな最高のパートナーを失った私は、今はすっかりと脆くなっているってことかあ……。
「しょせんはボクたちがいないと力もろくに行使できない存在だろ! ちょうどいいから、ここで全員焼き尽くしてやるよ!」
あ、これはまずそう。
協奏者や先生たちが精霊に頼んで障壁を張っているけれど、私にはわかってしまう。
この炎はピルカヤくんの本気の炎だ。全てを燃やし尽くすあの真っ黒な炎だ。
障壁なんて意味はない。ここにいるみんなが殺される。
……仕方ないか。
ここまでやって駄目だっていうのなら、もうやり直すしかないよね?
ピルカヤくんの協力はもうないけれど、私一人でなんとかして時間を巻き戻さないと!
『へぇ。諦めちゃうんだ? 君らしくないね。シエル』
そんなこといったって、さすがに今のピルカヤくんの炎は対処できないからね!
それにこれは諦めるんじゃない。諦めないために、次につなぐために巻き戻すんだよ。
「今回はあなたの勝ちだけど、私は何度でもあなたと戦ってそのうち勝つからね!」
『それじゃあ今から勝っちゃいなよ。それだけの力、君はもうみんなからもらってるでしょ?』
う~……。勝者の余裕ってやつかなあ!
ほんと、最後だけは私の知っているピルカヤくんみたいだね!
「楽しかったよ。じゃあね、人間ども!」
『あ~あ。あれがボク? あんなみっともない姿、見るに堪えないねぇ』
……なんか、声が二重に聞こえてない?
というか、さっきまでの声は目の前のピルカヤくんと違って随分と穏やかというか……。
『そりゃあそうだよ。あんなのと一緒にしないでほしいなぁ』
「ピルカヤくん!?」
『あ、ようやく気付いた。君さあ、集中しすぎると周りが見えなくなるよね?』
「は? なんだよ。いまさらボクの名前を叫んで命乞い?」
ちょ、ちょ、ちょっと待って!
二人同時に話してもわからないってば!
ま、まずは穏やかな方のピルカヤくんから、話してくれない!?
『その前に、まずはあれを止めようか? ほら、実体化実体化』
え~? もうどうなっても知らないからね!?
時間の巻き戻しをやめて、もうすっかりと慣れたピルカヤくんの実体化を!
「でも、もう飽きたんだよね? これ以上やっても楽しくない。だから、これで終わりだよ!」
「飽きたなら消えればいいじゃない。お前なんかにシエルを倒させないよ」
実体化したピルカヤくんを見て、私を攻撃しようとしたピルカヤくんが驚愕の表情へと変わる。
そりゃあそうだよね。私もびっくりしているもん!
なんかピルカヤくんが二人いるんだけど! どういうこと!?
「……お前」
「なんだよ。ボクの姿でみっともない姿見せないでよね」
「ピルカヤが……二人?」
ヴィルタさん先輩がこっちを見るけれど、私もよくわかんない!
でも、これだけはわかる。私たちを守ってくれたピルカヤくんは、私とずっと一緒にいてくれた良いピルカヤくんだって!
「ピルカヤくん!」
「なんだよ」
「なに?」
あ、そっか。どっちもピルカヤくんだった。
怖いほうのピルカヤくんもしっかりと返事をしてくれるあたり、私たちってやっぱりもうちょっと分かり合えるんじゃないかな!
でも、今は私の味方のほうのピルカヤくんとのお話が優先だね!
「えっと、こっちの精霊くんのほう!」
「ややこしいねぇ。で、どうしたの? シエル」
「私の力、全部注ぐからあっちのピルカヤくんを倒そう!」
「へぇ。やれるものならやってみなよ!」
うわあ、怒っちゃった。
でも、どっちにしろここで倒せなかったら私たちの負け!
怒っていようがいまいが関係ないよね!
「おっけ~。ボクなら、その大きな力だって耐えられるし使いこなせるよ。さすがシエル、ボクが優秀ってこと知ってるみたいだね」
「そりゃあ当然! ずっと一緒にいたからね!」
みんなから集めてもらった力はたしかにすごい。
だけど、その力を譲渡する精霊が耐えきれない。
でも、精霊くんなら話は別だね! なんせ、魔王軍四天王の大精霊なんだから!
「シエル……。そっちのピルカヤに力を与えたら、また同じことが……」
トゥリちゃんの心配はわかる。
このピルカヤくんまで力を得て復活したとしたら、その瞬間に人類に牙をむくとしたら、今度こそ全部おしまいだね。
――でも、きっとそうはならない。
「大丈夫!」
「また、根拠のない前向きな発言を……」
カリオ先輩の言うことはわかるけど、でも絶対に大丈夫!
だって、よくよく考えればおかしいじゃん。
私一人で時間の巻き戻しができたとは思えない。
でも、みんなの言うことが正しければ、私がピルカヤくんに襲われたときも、ちゃんと時間は巻き戻った。
だったら、誰かが私に力を貸してくれているってことだよね。
そんなことができるのは精霊くんしかいない。
「精霊くん! 私がピルカヤくんに殺されたらどうする!?」
「なに、不安なの? ボク優秀なんだけど」
「万が一!」
「そうだねぇ。シエルと二人で奥の手を使うと思うよ。君を見捨てるのは、なんかかわいそうだし」
「ほら、大丈夫ですカリオ先輩!」
その言葉を聞いて私は嬉しくなった。
そのまま笑顔でカリオ先輩のほうを見ると、カリオ先輩もどこか納得した様子みたいだね。
「そうか……。僕たちが見つけられなかった協力者。そこにいるもう一人のピルカヤが……」
さあ、もう止められることもない。
大丈夫。魔族の残滓のときに経験している。みんなの魔力をきっと調和させることができる。
私、みんなのことが好きだからね! みんな仲良くが信条の私だから、きっと全てを喧嘩せずに扱える!
「精霊くん! やろうか!」
「りょうかい!」
「くっ……。そんな人間ごときの力でぇ!」
あちらのピルカヤくんは残念だけど人間が憎くて仕方がないみたい。
だけど、そのままやられることはできない。
ごめんね。きっと私にはわからないほど色々なことがあったんだと思う。
だけど、君のことはここで倒すよ。
「黒色崩壊玉!」
精霊くんの指先から巨大な黒い球が現れる。
黒い。黒い。とても真っ黒で。本当に何もかもを吸い込めるような綺麗な黒。
これほど見事な黒は見たことがない。見ている私の心さえも吸い込みそうな美しい本物の黒。
「悪いね。君もボクの一部なんだろうけど、だからこそここで倒すよ」
「お前だって! 魔王様たちが殺されたことを恨んでいるはずなのに!」
ピルカヤくんの黒い炎が飲みこまれる。
それでも何度も何度も攻撃をするけれど、全ては球体の中へと飲みこまれる。
そうして徐々にピルカヤくんへと近づく球体は、最後はピルカヤくんそのものを吸い込み……。
「……魔王様」
そこには何も存在していなかったかのように、悪いピルカヤくんがいた痕跡ごと消えてなくなった。




