第62話 人間は精霊に勝てない
「ヴィルタさん先輩! 精霊くんが!」
「ああ、わかっている」
事態がまだ飲みこめない私と違い、協奏者のみんなは冷静に行動していた。
精霊くんから逃げた先で詰め寄るように尋ねても、落ち着いて答えてくれる姿はとても頼りになる。
だけど、だからこそその後の言葉には衝撃を受けた。
「残念ながら、こうなった以上あいつを止める手段はない」
「そんな……」
あくまでも冷静に、希望的観測も悲観的観測もない事実としてそう判断している。
きっと私なんかよりも正確に現状を理解しての言葉なんだと思う。
「シエル。あなたの精霊がピルカヤってこと、私たちは知っていた」
トゥリちゃんの言葉に私はますます混乱していくだけだった。
だけど、その後に聞かされた時間の巻き戻しの話により、みんなが本当のことを言っていると判断せざるを得なかった……。
私と精霊くんの奥の手、誰にも話していないのに知っているってことは、そういうことなんだね……。
「じゃあ、みんなは私を救うために何度も……」
「気にしないでいいよ。俺たちがそうしたかっただけだから」
ヴィルタさん先輩の優しい対応はこんなときでも変わっていない。
誰もが私を責めることはなかった。
私のせいで、こんなことになったというのに……。
「それに、少なくとも今までで一番まともな結果になっている」
「まともって……こんなことになっちゃったのに」
精霊くん……ピルカヤくんがいた場所は、すでに黒い炎で燃えていた。
あのままだと、学校中を燃やし尽くそうといわんばかりの勢いだよ……。
今はまだ被害者がいないけど、いつ人間が襲われてもおかしくない。
「シエルがまだ死んでいない。ピルカヤの本性が明るみに出た直後、あなたはいつもあいつに殺されていたから」
「そう、なんですね……」
いまだに信じられないけれど、信じたくはないけれど、みんなのいうことは正しいんだろうね……。
だとしたら、私にできることは……。
「待て。そっちは危険だ」
「でも、私がピルカヤくんを止めないと……」
ふらふらと燃え盛る方面へと移動しようとすると、カリオ先輩に腕を掴まれて止められる。
でも、このままだと他の誰かが被害に遭う。
その前に私が止めることができれば……。それか、私が時間を巻き戻してやり直せれば……。
「……どの道、逃げ切れるわけがないとはわかっているけれど」
「だ、大丈夫です。私はみんなのおかげで強くなれました。ピルカヤくんもなんとかして止めてみせます」
だって、あの危険な黒飴だって私たちが協力すれば倒せたから。
今回だってみんなで協力すれば……。
「たしかに、これまでは四人がかりで挑んだことはあった。だけど、シエルを含めて挑んだことはない」
「それに、シエルは私たちが知る中で一番鍛えられている状態ね……」
カリオ先輩もイルマ先輩も、そう言ってくれはするけれど表情は浮かない。
それほどまでにピルカヤくんの力が強大だってわかっているんだろうね……。
ピルカヤくん……。いつも私を助けてくれていたのに、あれが全部演技だったなんて……。
あの黒飴、魔族の残滓とかいうのも、全部ピルカヤくんが準備したものだったなんて……。
……でも、ピルカヤくんはあれを嫌な魔力だって言っていた。
本当にそうなの? 演技でそう言っていただけ? でも、それなら私に知らせる意味なんてあったのかな。
協奏者のみんなから教えてもらった魔族の残滓は、時には誰かを取り込んで暴れまわったって話だった。
……ということは、ピルカヤくんもあれの影響で悪い精霊になったってことは?
もう一度話してみよう!
そもそも、こうしてくよくよするなんて私らしくないよ! シエル・アルモニア!
私はみんなと友達になって、楽しい学生生活を送るんでしょ!
よし、元気を出そう!
「行きます! ピルカヤくんが悪いことをしたというのなら、私が駄目だよって怒ってあげます!」
「君は本当に前向きだね。でも、君が折れていないというのなら、足掻いてみるのも悪くないか」
「カリオ先輩!」
「一緒に戦ったことはなかった。……私たちでピルカヤをやっつけよう」
「トゥリちゃん!」
反対されるかと思ったけど、みんな私の発言に賛同してくれた。
本当なら逃げるしかないんだろうけど、それをしても無意味だってわかっているってことなんだと思う。
だから、あのピルカヤくんを止めない限りは悲劇は免れないってことだね……。
魔族の残滓のときよりも責任重大だね! しっかりと協力してもらいながら戦おう!
◇
「へぇ。まだ抵抗するんだ!」
「当たり前だ。生徒を守るのが教師の役割なんでね!」
「せ、先生……」
危なかった! 戻った先では先生たちが倒れている。
そんな中、まだかろうじて立っている先生は、逃げ遅れた生徒を守ってピルカヤくんを睨んでいる。
被害者はまだ出ていないっぽい! なら、ここからは私たちも参戦しないとね!
「ちょっとまった~!」
私の言葉にみんながこちらに視線を向ける。
先生と生徒は私たちを見て驚き、ピルカヤくんは少しだけ興味があるように目つきを変えた。
「お前っ、なんでこんなところに! いや! それよりもこいつを連れて逃げろ!」
「戻ってきたんだ? ボクに殺されて楽になりたかったの?」
「同時に言われてもわかりません! 私、馬鹿なので!」
そこでそりゃあそうだみたいな目をされると、わりと傷つくけどまあいいや!
ここに来るまでに魔力の準備はしてある。協奏者全員の力をちゃんと収束させた魔法攻撃はできるよ!
というわけでピルカヤくん! 悪いことしたお仕置きだよ!
「黒色崩壊破~!」
「ふざけた態度だけど、さすがに強力な魔法だね。でも、ボクはそれよりも遥かに強いんだよねぇ!」
「うげえ!」
衝撃を広範囲に放ったけれど、それが逆にまずかった?
それでもかなりの威力のはずなのに、ピルカヤくんは炎の壁で私の攻撃を悠々と防いでしまった。
ええい! ピルカヤくんのすごさは私が一番知っている! なら、この程度でめげずに攻撃あるのみだよ!
「カリオ先輩! ヴィルタさん先輩! イルマ先輩! トゥリちゃん! 諦めずにがんがんいこう!」
「そうするしかないみたいね!」
みんなはしっかりと行動してくれている。
生徒と先生たちを退避させ、ピルカヤくんの攻撃を防ぐ障壁を張り、私への魔力の供給を続けてくれている。
だけど、直接魔法をぶつけあっている私にはよくわかる。
ピルカヤくんはまだまだ全然本気じゃない。遊んでいるとさえいえる応酬にすぎない。
「ボクを復活させただけの力はあるよねぇ。ただ、その力だってボクの前では子供だましみたいなものなんだよ!」
「ううっ!」
光も通さないほど真っ黒になった魔法で攻撃を防ぐ。
だけど、光は通らなくても炎は悠々と通過してきた。
壁なんてなかったように、ドロドロに溶かすかのようにこちらへ攻撃を放ってくる。
「うぎゃっ!」
直撃こそしなかったものの、魔法の余波で吹き飛ばされる。
なんだか……トゥリちゃんが初日に協奏者と戦ったときみたいだなあ。
「シエル!」
「お前らもだよ」
そんなトゥリちゃんも、先輩たちも全員が簡単にやられてしまう。
駄目かな……。やっぱり、ピルカヤくんには勝てないのかな?
「あのさぁ。まさかボクをあの魔族の残滓ごときと同じだと思ってる?」
……同じじゃないにしても、あれを倒せたのならピルカヤくんと戦えると思っていた。
それで悪いことをしたら駄目だよって言えると思っていた。
だけど……相手はそんなことができないほど遥かに強い。
準備……しないと駄目かもね。奥の手を……時間の巻き戻しを……。
でも、それでやり直してもまた同じことの繰り返し。根本的な解決にはならない。
「どうしよう……」
いいや違う。ここで折れないのが私の強さなのだから、もっともっと戦い続けよう!
「え、まだやるの? 実力の差がわからないほど馬鹿だっけ? 君って」
「甘いねピルカヤくん! 私が馬鹿なのは今に始めったことじゃないよ!」
もうケラケラと笑ってはくれない。
私の発言にピルカヤくんは心底つまらなそうな目を向けるだけだった。
それはとても悲しいことだけど、それでも私は負けるつもりはない!
「みんな、まだまだ力をかしてもらうよ!」
「当然だ。どの道ここでなんとかできなかったら、僕たちもシエルも人類も殺されるからな」
「全部ここで使い切るよ。今回はシエルと一緒に戦うって決めたからね」
魔力が譲渡される。
協奏者四人の強力な力。それには及ぶけれど私自身の魔力。
それらを合わせて、強力な力となっているはず。はずなのに……。
「はい、ご苦労様。いいよ、付き合ってあげる。ボクを復活させてくれたお礼として、君の心が折れるまで戦ってあげるよ」
ピルカヤくんってやっぱり強いなあ……。
こちらの魔力が尽きるまで攻撃を受けてくれるみたいだけど、彼の力を突破できない。
魔力がなくなったら話は別かもしれないけれど、どう考えても私たちの魔力が尽きるのが先。
それでも、私たちは諦めるつもりはないからね!
そうして、幾度となく攻撃を続ける。
ピルカヤくんを驚かせるような攻撃は一度もできていない。
ただ、つまらそうに淡々と攻撃を防がれてしまっている。
魔力……足りなくなっちゃいそうだね。もう、無理なのかな?
「シエル! 諦めるんじゃないわよ!」
「シ、シエルちゃん! だ、大丈夫!?」
そこに、私の友達が駆け込んできた。
リーヴァちゃん……。リセアちゃん……。
そう、だよね! 諦めるのなんて全部終わってからにしよう!
協奏者たちのように、二人も私に魔力を譲渡してくれた。
大丈夫! これで私はまだ戦えるから!




