最終話 あなたのことは忘れない
「シエル・アルモニア。よくやってくれた、と言いたいところだが……」
「あ~。ですよねえ」
先生たちは労ってくれているけれど、同時に私を警戒しているように取り囲んでいる。
私、というよりは精霊くんのほうかな?
いや、もしかしたらどっちもかもしれない。
「先生。彼女は危険ではありません」
「そうは言うけどなあ……」
カリオ先輩たちが私をかばうように先生たちを止めてくれた。
でも、さすがに先生たちも納得していない様子だねえ。
誰もが動けないようなそんな息が詰まる空気の中、場違いなため息とともに明るい声が耳に届いた。
「はぁ、めんどうだねぇ。警戒しなくていいよ。どうせ君たちを滅ぼすなんてできないし」
「……お前は元魔王軍四天王だったようだな。そんなお前の分体であろうあれは、人類を滅ぼす気だったようだが?」
「そこは言い訳しないよ。ボクはたしかに人類や女神も恨んでいた。その感情だけが分離しちゃったんだろうねぇ」
「だから今のお前は人類を恨んでいないとでも?」
「興味はあるけれど、恨みとは違うかな。というか、見ていてはらはらするから世話を焼いていてあげていたって感じ」
精霊くんは私に視線を向けて、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
私、けっこう成長したと思うんだけど!
「それに、ボクを信じる必要はないよ」
「お前のことを監視しろってことか?」
「う~ん。というよりは……ほら」
精霊くんの体にひびが入っていく!
な、何が起きてるの!? 他の精霊たちみたいに、力に耐えられなくなったときとは違う。
なんだか、その姿はやけに嫌な予感がする。
「どうせもうすぐお別れだから。邪魔しないでくれる?」
「……わかった」
先生たちは私たちからわずかに距離を取った。
でも、それは精霊くんの言葉を肯定するってことで……精霊くんがお別れって……。
「いやぁ、悪かったねぇ。ボク、案外仲間想いだったみたい」
「知ってるよ……」
「だよねぇ。まさか、あれほど人類を憎む気持ちも持ち合わせていたなんてね」
「で、でも……。精霊くんは私たちを守ってくれて……」
それで悪い精霊じゃないって証明して、私たち人類ともっと仲良くできる。はずだったのに……。
体はぼろぼろと崩れ落ちている。それに、綺麗な炎の色は徐々に白く灰のような色に……。
「どう? ボク優秀だったでしょ?」
「うん。うん……。精霊くんはいつだって優秀だよ……」
「なら良かった。でも、君も優秀だったよ。シエル」
「私は……精霊くんがいたから、ずっと頑張れただけで……」
「違うでしょ。ボクと君だけだったら、あの悪いボクには勝てなかったはずだよ」
精霊くんが指を向ける。
その先にはヴィルタさん先輩が、トゥリちゃんが、カリオ先輩が、イルマ先輩が……。
「人間も、けっこうやるもんだね」
「うん……」
「だから、もうボクが面倒を見なくても大丈夫。君はきっとすごい精霊使いになるよ。魔王軍四天王の大精霊が保証する」
「うん……」
言いたいことが色々あるはずなのに、言葉が出ない。
これで……お別れのはずなのに。
「じゃあね。次生まれたときは、君の名前が残っていたら面白いかもね」
「精霊……くん」
「ん?」
「友達になってくれて……ありがとう」
「こっちこそ。君がいなかったら、あの悪いほうのボクのほうが本体になってたかもね」
精霊くんはそう言ってケラケラと笑った。
私もそれにつられて笑い……まるでいつもと何も変わらない光景みたいで、それが楽しかった。
だけど、その笑い声はもう聞こえない。魔石に中にも反応はない。周囲の精霊の中にも彼はいない。
「シエル……」
協奏者のみんなが心配して私の周りに集まってくれる。
……うん。そうだよね。最後に精霊くんは言っていた。
私にはもう精霊くん以外の友達がいる。
それに、精霊くんはまた生まれる!
そのときに、私が情けない人生を送ったって知ったら、あのやさしい精霊くんは私のことを心配しちゃう!
大丈夫だよ。君が何千年先に復活することになったとしても、私が元気で生き抜いたって教えちゃうんだから!
◇
「遅刻遅刻!」
まずいまずいまずい!
さすがにこんな日に遅刻なんてしちゃいけない。
そもそも寮に住んでいるのに遅刻って! あ~もう! 目覚まし鳴ったっけ!?
とにかく急いで教室に向かわないと!
なんてったって、今日は大切な精霊魔法の講義の日なんだから!
校舎に入り、緊急事態ということで私は廊下を走って教室を目指す。
怒られるかな? でも、それだけ大切な授業ってことで許してほしい!
「きゃっ!」
そんな考えだからか、私は思い切り誰かに激突してしまった。
うう……完璧に私が悪い。謝らないと。
そう考えていると、その人は倒れた私に手を差し伸べてくれた。
「感心しないな。廊下は走らない。それが規則のはずだが?」
「うげっ!」
この声は……学年主任の先生!
「す、すみません。大切な授業に遅れそうで、つい……」
「はぁ……次からは気を付けるように。行きなさい」
「あ、ありがとうございま~す!」
よかった。
あの先生につかまったら、ふだんなら小一時間のお説教だというのに、今回は事情を汲んでくれたみたい。
今回はというか、あの先生はいつもこちらの事情は汲んでくれるけどね。
さあ、それよりも早く教室に!
「セーフ!」
「うん。ぎりぎりセーフだね」
「あ……先生」
勢いよく扉を開けた私は、教壇に立った先生と思いきり目が合った。
馬鹿なことをという表情で頭を抱える友人たちが、よく見えるなあ……。
「授業は今からだから。空いてる席に座ってね」
「は、はい!」
そうして特にお咎めもなく、私は小さくなって友人たちの隣へと座るのだった。
そんな私を迎え入れてくれた友人たちは、さすがに言いたいことがあったようで小声で話しかけてくる。
「馬鹿ね。よりによってこの授業に遅れるなんて」
「まったく……。だから起こそうか聞いたのに」
「ご、ごめんなさ~い……」
言いたいことはわかるよ。
だから私も急いでいたんだから……。
よりによって、この国で最も優れた精霊使いの指導の機会を逃すところだったんだから。
優れただけじゃない。
これまでの歴史を変えるような、新たな精霊魔法の基礎を築いた偉人。
そんな精霊魔法の講義だからか、周囲には学生だけでなくお偉いさんっぽい研究者みたいな人も多い。
おっと、私も真剣に授業を受けないと。
この国最高の精霊使い、シエル・アルモニア先生の授業を。
「それじゃあ、今日も精霊と仲良くなる方法を教えてあげるね」
◆
……自我が芽生える。
本能に近かった存在であったのは一瞬前までのこと。
こうなってしまえば、その瞬間から自分が別の存在になったように錯覚する。
特に、これが初めてでないのであれば、よりスムーズにその変化を受け入れられる。
「……さて、ボクが生まれるまでに世界はどんなふうに変わったのかな」
少しずつだけど思い出していく。
魔王様に仕えていた自分。女神や勇者との戦いで情けないことに殺されてしまった。
そこから復活した自分。数千年の時が経過していて、魔王軍も勇者もすでに遠い昔のできごとだった。
そこで出会った明るくお馬鹿で、見ているだけで心配になる少女。
「そっか……。ま、当然死んじゃってるよね。人間の寿命なんて短いし」
さて、どうしようかな。
ボクは人間に復讐する気もない。だけど、他の精霊のように本能のままに楽しくっていう気にもなれない。
なんとなく、ただ適当に人間たちの様子を見に行く。
「……」
そこで、きっとボクの頬は緩んだと思う。
「そっか。本当に面白いね」
ケラケラと声を上げながら大笑い。
面白かった。まさか本当に君の名前が残っているなんてね。
調和の精霊使い。シエル・アルモニア……ね。
属性の混合魔法により生み出した黒魔法の使い手の先駆者。
それらの新たな魔法を広めるため、生涯教鞭を握っていた偉大な魔法使い。
……誰それ?
ボクの知ってるシエルと印象が違いすぎて、そりゃあ声をあげて笑ってしまうよ。
まったく、シエルが誰かを教えるなんて世も末だねぇ。
シエルを象った立派な像は、ボクの笑い声を聞いてあのときのように文句を言っているような気がした……。
おしまい
これにて本作は完結です。拙い話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




