第56話 死神と契約した少女
「……ここは?」
死んだんじゃないの? 復活したピルカヤに体を燃やされて。
だというのに、なぜまだ意識があるの?
……そもそも、ここはいつもの私の部屋じゃないの。
シエルが死ぬたびに戻ってくる幼少期の私の部屋。
「つまり……また時間が巻き戻っている」
でも、どうして?
これまでと違ってピルカヤ自身がシエルを殺したはず。
だというのに、なぜまだ時間が巻き戻るの?
……しっかりしなさいイルマ。理由はわからないけれど、また巻き戻った。
だったらシエルを救えるチャンスがまだあるってことじゃない。
いつもはここで記憶を消して逃避していた。だけど、今すぐにでもカリオに、ヴィルタに、トゥリに会って話さないと。
そうと決めると、私は家族の目を盗んですぐにみんなのもとへと走った。
「イルマ……」
「珍しいな。お前がこの時期に僕たちと会おうとするなんて」
「ええ。今まで逃げていたことはごめんなさい」
私の言葉にカリオは申し訳なさそうに表情を変える。
別にいいわよ。逃げていたのは本当だもの。
それに、私を責めるために言ったわけじゃないってこともわかっている。
「二人もピルカヤにやられたんでしょ?」
「ってことは、イルマも?」
「やはりピルカヤはまずい。あれの復活なんてさせるべきじゃないんだ」
カリオの言うことはもっともね。
シエルに複数の属性を極めさせるわけにはいかない。
シエルは黒の派閥で伸び伸びと学べる状況にあるべきではない。
……例え、それで学校中の生徒に疎まれていたとしても。
「黒の派閥の解体。それが必要なんだろうな」
「ああ、魔族の残滓を倒すため、シエルに協力させるのは間違いだった」
「そのことなんだけど……」
二人の会話に割って入る。
私だけがあのピルカヤの言葉を聞いたのだから、これだけはしっかりと伝えないといけない。
そうして私は、二人にあのときに聞いた全てを話した。
ピルカヤがシエルを利用して完全に復活したこと。
魔力の残滓さえもピルカヤのしわざで強化されており、シエルを強くするために利用したこと。
そして、その魔力があればピルカヤの行動にシエルさえも不要になり……シエルを殺したということ。
「最悪だな……。そういうことならば、シエルは残滓との戦いに巻き込めない」
「でも、ピルカヤの目的がシエルの成長だというのなら、あれは確実にシエルの近くで暴れるわよね」
二人は私の言葉を聞いて黙ってしまった。
いくら回避しようにも、あれ自身がシエルを狙っているのならどうしようもない。
迅速に倒さない限り、シエルはあれに襲われる人たちを必ず助けようとする。
「あれを倒さないと先に進めない。だが、ピルカヤが関与している以上は、僕たちだけで倒せるようになっていないんだろうな」
「シエルに協力させて成長するための存在みたいだからね……」
「もしもシエルが戦わないとしても、何度でも時を巻き戻すってわけか。気の長い計画だね」
あの時点ではピルカヤもシエルに死なれるのは困る。
だから、共闘みたいなことになっていたんだと思ったけれど、全部あいつの企みだったのね。
シエルが死んでもやり直せば問題ない。そう思っていたってわけ……。
「ピルカヤにも記憶が残っていたか……。最悪の情報だな」
「でも、だとしたらピルカヤの目的は達成した。なんでまた時間が巻き戻っているんだろうな」
……たしかに、それがずっと気になっていた。
あのときのピルカヤはシエルを必要としていなかった。それは偽りない本心だったはず。
じゃあ、誰がシエルに協力して時間を巻き戻した?
ピルカヤ以外に強力な精霊がいるのか、あるいはシエルたちと無関係の誰かが似たようなことを?
「とにかく、これが最後のチャンスかもしれない。次も巻き戻れるなんて考えないほうがいいだろうな」
カリオの意見には同意する。
だけど、それなら私たちはどうすればいいのかしら……。
答えは決まらないままに、私たちはまずはその場を解散するしかなかった。
◇
そうして……。そのときが来てしまった。
「ここは私に任せてください!」
「駄目よ! あなただけは絶対に戦っちゃいけないの!」
「私も黒の派閥の代表みたいなものですからね! 精霊くんがいればきっとなんとかなります!」
その精霊こそが、あなたを破滅に導く存在だというのに……。
シエルはまたしても魔族の残滓……。いえ、ピルカヤが操る魔力と戦おうとしている。
私たちが必死に遠ざけてもピルカヤ自身が操っているのだから、当然彼女はこれと遭遇してしまう。
「私たちが協力しなければシエルが死ぬ……。でも、協力してしまえばピルカヤが復活する」
「まったく、なんでこんなやばい相手がいるんだか……」
よくもぬけぬけと!
あなたがシエルに戦闘経験を積ませるために操っているくせに!
ピルカヤのとぼけた態度に腹が立つ。
……そもそも、前回まではピルカヤも記憶がないと思っていた。
だから、相手への悪意を隠す必要があったけれど、今はその必要もない。
「な、なんだよぉ。ボク変なこと言った?」
睨みつける私にまるで無害であるかのようにアピールしてくる。
そうやってあなたはシエルを騙して友人のふりをしてきたのね。
「……精霊くん! 奥の手も使うかも!」
「……しょうがないね。安心していいよ、今のボクたちなら使いこなせるはずだから」
「使った後は覚えてないだろうけど、次もお友達だから!」
「それじゃあ次も面倒見てあげるよ。ボクがいないとシエルは全然駄目だからねぇ」
ああ、今回も終わってしまう。
シエルは死を覚悟した。時間を巻き戻してこの脅威から人々を守ることを選択した。
そんな決意を……よくもそんな態度で汚せるものね。
本当に何も知らないような態度に怒りすら覚える。
だけど、もうどうすることもできない。
私たちはピルカヤの刺客に敗北し、もう動くことすらできないのだから。
このまま目の前でシエルを失い、彼女の死によって時間が巻き戻る。
◇
「っ!!」
……周囲を見渡す。もう何度も見てきた幼少期の私の部屋。
また、駄目だった。だけど今回は前回よりも危機感はない。
だって、ピルカヤの目的を達成していなかったから。
だから、あいつなら確実に時間を巻き戻すってわかっていたから。
「……いっそ、この時間を永遠に繰り返すしかないのかしら」
シエルが死ぬ。だけど次がある。
それなら、それまでの間彼女と一緒に幸せな日々を過ごせば……。
駄目よ。いくらなんでもそんな考えは許されない。
私たちが諦めてしまったら、今度こそ本当に全てが終わってしまうかもしれないのだから。
ピルカヤには無限の時間があるのでしょうね。
精霊という悠久の時を生きる存在だからこそ、何度あそこで失敗してもやり直せる。
今回は駄目だったから次回へ、次回も駄目だったらさらにその先へ。
そうして何度でも繰り返せるだけの魂の強さが備わっている。
私たちが諦めても、シエルは何度もピルカヤに唆されて殺され続ける。
それを見殺しにしたら、私たちはいよいよ壊れるのでしょうね……。
「また、相談を……」
そうだ。相談すればいいのよ!
前回はシエルに教えていなかったけど、もう隠す必要なんてないじゃない。
ピルカヤにも記憶があることはわかっている。
だったら、私たちが裏で動いていることも知っていてあざ笑っている。
「シエルに伝えないと……ピルカヤが邪悪な精霊だってことを」
そうしてピルカヤを復活させないようシエルを説得しよう。
そうすれば、あいつの企みは未然に阻止できるはずなのだから。




