第54話 黒い炎は炭の色
すごいすごい! 見る見るうちに上達しているのが自分でもわかる!
精霊くんもさすがにこれには驚いているようで、私のことをからかうことなく褒めてくれる。
いやあ、これが本来の私の力なんだねえ。
協奏者と先生のおかげでコツを掴めたから、私はあっという間に強くなれている。
『異なる精霊の力を混ぜ合わせるのは大変だ。それが異なる属性ならさらに大変になる。でも、シエルはそういうのが人よりも得意らしいね』
「そうみたい! あれだけの実力ある人たちの魔力を体感したからかな?」
『だろうねぇ。いやあ本当にすごいよ。これだけの精霊たちが調和して、力を一つに集約しているなんて』
「でしょ? これが人間も精霊もみんな仲良くってことなんだねえ」
この学校に来た一番の理由である、あらゆる精霊も人間も仲良くなるという目標はきっと達成できる。
私と精霊くんだけでなく、他の精霊たちも学生も先生もみんな仲良くなれる。
協奏者のみんなの悩みだって聞けるし、きっと解決だってできるよね!
みんなで力を合わせて混ざってしまおう。そうすればきっと綺麗な黒色になるだろうね。
だからこそ黒の派閥ってわけ!
『ねえシエル』
「どうしたの? 精霊くん」
周りに人がいないから思念じゃなくて言葉で会話をしているんだけど、今日の精霊くんはよく話しかけてくれるね。
もしも周りに人がいたら、私はずっと独り言で話している少女ということになってしまいそう。
『君にお願いがあるんだ』
「なになに? なんでも言ってよ。できることならなんでもするよ?」
『それは助かるよ。それじゃあ――ボクの体、本気で実体化してくれない?』
なんだ、そんなことお安い御用だね。
それじゃあいつもみたいに、精霊たちから魔力を集めて……。
『本気で、だよ? 君の今の全力の力でボクを実体化してほしいんだ』
……ということは、一時的な実体化じゃないってことだね。
いつもみたいな精霊魔法のための実体化ではなく、精霊くんが本来なら長い長い時間をかけて得るはずだった肉体を作るお手伝いってこと。
これは、かなり本気でやらなくっちゃね!
「できるかなあ? 今の私に」
『できるよ。君はとても強くなった。これでボクも全盛期の力をようやく取り戻せる』
「もしも体が復活したら、精霊くんは何をしたい?」
『前にも言ったとおりだよ。人類のことを知る。よく観察して理解するつもりさ』
「そっか。それじゃあ、失敗はできないね」
精霊くんは、私たちと分かり合うために人類を知ろうとしてくれている。
私が精霊と人類の……元魔王軍と人類の懸け橋になれるとしたら、こんなに素敵なことはないね!
魔力を集める。
可能な限りの精霊さんたちにお願いして、様々な魔力を私の中へと取り込んでいく。
前までなら取り込みすぎた魔力は体に有害だったけれど、今の私はきっとこれらを使いこなせる。
反発する属性だってもう平気。私は精霊くんたちのおかげで、全てを調和させて混ぜられるようになったのだから。
あとは体内の魔力を使って精霊くんの肉体を作る。
集めた魔力をほとんどすべて使う。ここで出し惜しみはよくないからね。
そうして効率よく無駄な消耗はしないで魔力を形に……。
「あれ、真っ黒」
そっかやっぱり魔力もそうなんだ。
様々な色が混ざり合ったら、最後はきっと黒くなるんだねえ。
……なんだか、あの黒飴みたいでちょっと縁起は悪いけれど、それでも今の私ができる最高の肉体だって自負している。
『ああ、ようやくだね』
精霊くんも満足してくれたのか、彼はその肉体を見て感極まっているみたいだった。
よかったよかった。これで精霊くんは体を手に入れる。そうして精霊側の代表となってくれたら、人間と精霊はもっと仲良くなれるね。
「ようやく昔の力を取り戻せた」
「どんな感じ? どこか悪いところはない?」
「どこも悪くないから大丈夫だよ。あえていうのなら、気分が悪いかな?」
どこも悪くないって話じゃなかったっけ!?
あ、あれ? もしかして私失敗しちゃってた?
「こんな世界。存在しているだけで気分が悪いね!」
……え?
精霊くんが手を振り上げると、周囲は真っ黒な炎で塗りつぶされた。
あれ? どうなっているの? なんか急に……眠い。
◇
「早すぎる!」
油断していた。前回の情報をあてにしすぎた。
それで失敗したばかりじゃん……。俺でもトゥリでもカリオでもイルマでもなく、旧演習場なんて今までない場所で訓練していた。
そんなこれまでにない道をたどったのを、見たばかりだったろ!
「ヴィ、ヴィルタさん! 校舎が急に黒い炎に包まれて……」
「な、なによあれ……」
見るからに禍々しい黒い炎。
試験後に戦った魔族の残滓に似ているけれど、あれとは比べ物にならないほどの力を感じる。
そりゃあそうだよな。魔王軍四天王の本気の怒りなんだ。
残滓なんかと比べられるはずがない。
「全員遠くに逃げろ。あれに巻き込まれたらただじゃすまないよ」
「ヴィルタさんは!?」
「俺はカリオたちと協力して対処する」
派閥の人間たちの返事は聞かない。
今は一刻も早くカリオたちと合流しなければならない。
まずい。まずかった。たった数日だぞ。
俺たちがシエルの訓練を休ませて、それが明けてからたったの数日。
その数日でピルカヤの完全復活をさせられるほど伸びるなんて、シエルの成長速度を見誤っていた。
「ヴィルタ!!」
「カリオ! シエルが!」
「わかってる! イルマが風魔法で呼びかけているが返事はない。生徒たちは退避しているが……」
間に合わない者もいるか……。
カリオの言葉は聞かなくても理解できてしまった。
前回も同じだったから……。
「とにかく急ぐぞ!」
カリオは燃え盛る校舎の中へと走り出す。
俺もそれに続くが、さすがにこのままではまずい。
足は止めずに水の精霊を呼んで二人に障壁を展開する。
「悪い」
「いや、気休めにもほどがあるよ。こんなのであいつを防げるはずがない」
水で炎を防ぐ。教科書通りの行動ならなにも間違いはないはずだ。
だけど、これが通じる相手じゃない。
それでもないよりマシってくらいだ。
だってほら……。
校舎に一歩足を踏み入れた瞬間、この世のものと思えない嫌な魔力が敵意を放っているから。
「あれぇ? 君たち何しに来たの?」
「ピルカヤか……」
「ボクのこと知っているんだ? 人類は薄情だから、ボクら魔王軍のことなんてすっかり忘れていたと思ったよ」
できればそうしたかったんだけど、そうも言っていられない。
魔王軍の四天王が復活したなんて、人類にとっては大問題だ。
それも……よりによってシエルの力で。
「シエルは?」
カリオは極めて冷静に問いかける。
そんな姿をどこまで見通しているのか、ピルカヤは俺たちをあざ笑いながら答えた。
「眠ってるよ? ほら、ボク一応恩義は感じているからさぁ。あの子だけは生かしてあげようと思うんだよね。――人類が全滅した世界に一人だけ」
「なぜ、あの子を利用する」
「別に~? ただ才能があった、それだけだよ。あの子いい子だからねぇ。魔王軍と人類が仲良くなれるはずないじゃん」
「それであの子を騙して復活したってことか?」
「騙すも何もないでしょ? ボクは復活したいってお願いした。あの子はそれを叶えた。これのどこが騙しているのさ」
そうだな。それはシエルが悪い。
あの子は誰とでも仲良くなれると本気で思っている。
この学校での迫害だって真正面から受け止め、それでもなお全ての生徒と仲良くなれると信じた。
そしてそれを実現してしまった。
だからか? 敵対していた生徒と仲良くなれたから。
幼いころからずっと近くで友人のふりをしていた精霊であれば、魔王軍であろうと仲良くなれると思ったのか?
「ま、いいや。君たちには興味ないし」
ああ、これはまずいな。
だから言ったんだ。気休めだった、俺が張った水の障壁なんて何の意味もない。
ピルカヤの炎が向けられた瞬間。俺たちの身を守る壁はあっさりと消滅した。




