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黒はすべてを混ぜる色 ――忘れられる少女と、忘れない者たち  作者: パンダプリン


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第40話 抗わないと恐怖で圧し潰されるから

「駄目!」


 ……虚空に手を伸ばす。私の目覚めはそんな悪夢からの脱出でもあった。

 だけど……あの子は私と違って逃げられていない。

 違うわね。抜け出せていないのは私たちのほうか……。


 よほど嫌な夢を見たんでしょう。

 そう思えるほどには汗が肌にまとわりついて気持ちが悪い。

 でも夢ならまだマシだった。目の前でシエルが死んだのは紛れもない事実。

 そして……私たちの時間が巻き戻っているのも事実。

 私はまだ幼いイルマ・ヴェントールとして、これから何度目かの人生をやり直すことになった。


「大丈夫かしら? イルマ」


「お母さま……」


 私の様子を見て、お母さまも何かあると思ったのでしょうね。

 日頃の厳しいお小言ではなく、純粋に私を心配するように……。


「駄目よ? あまりはしたない姿を見せたら。たとえ眠っているときといえ、周りの人間の理想でありなさい」


「……はい」


 そんなわけないか。

 そうよね。私はイルマ・ヴェントールだもの。

 これからこの家によって、周囲との関係によって、みんなが理想だと思うイルマ・ヴェントールに育てられていくのだから。


「シエル……」


 あなたが変えてくれた。

 私は私のままでいいと教えてくれた。だけど、そんなあなたは私の目の前で笑って死んだ……。

 耐えられない。こんな辛い光景をあと何度目にすればいいの?

 私は弱い。理想()で塗り固めた私と違い、私は決して強い人間ではない。

 だから……あなたに会えないこの期間も、あなたを救えなかった事実も我慢できない。


「精霊さん精霊さん。私の記憶から消してください」


 お呪いは現実のものとなる。

 私はもう何度も人生をやり直している。この体に力はなくても知識はある。

 どの程度の力を扱えば高度な精霊魔法を扱えるか、それも知っている。


 それでもなお……シエルを救えなかった。それに、肩代わりして私が時間を戻すことすらできなかった。

 私にできるのは、あなたと出会って仲良くなるまでのこの辛い期間を封じるだけ……。


 私は弱い女です。私はみんなのように振舞えません。

 ごめんなさい。ごめんなさい。どうか私を許してください。

 何度でも同じ態度で接するトゥリも、以前の経験からより親しくなろうとするヴィルタも、あらゆる可能性を探り時には嫌われようとするカリオも。

 みんな私と違ってとても強く眩しかった。


 ……精霊たちが集まった。この体でも記憶の封印という高等魔法は使用できる。

 さようなら私。もう少しだけ何も知らない少女のままでいさせてね……。

 ただ、これだけは忘れちゃいけない。あなたはもっと強くならないといけない。

 シエルを殺す脅威を倒せるほどに強くならないといけない。

 現実逃避する私だけど、そこだけは逃避するわけにはいかないのだから……。


「……?」


 なんだろう。なんだか頭の中がもやもやする。

 なにか大切なことを忘れちゃったみたいな……。

 ほっぺたが冷たい。なんで……わたしは泣いていたんだろう?


「っ!」


 不思議に思っていると、今度は急にぞくってした。

 寒い? なんで? ぞくぞくする?

 ああ、わかった……。これ、怖いんだ? でも何が? いったい何がこんなに怖いの?


「……つ、強くならなきゃ」


 わからない。

 でも、なぜか私はそう思った。強く強く。絶対に悲しい思いをしないために。

 何が怖いの? 何が悲しいの? でも、まずは強くならないとわからない。


「イルマ? 本当に大丈夫? 体調が悪いのなら今日はもう休みなさい?」


「やだ! おかあさま。わたしつよくならないといけないの!」


「……そう。それじゃあ今日も精霊のお勉強をするわよ」


 べんきょうが好きというわけじゃない。

 でも、なんだかべんきょうをしていると安心した。

 こうしていると、こわくなくなった気がしたから……。


    ◇


 そんな日々を続けて、私はいつの間にか精霊学校に通うことになった。

 ここは各属性で派閥というものがあり、私は元々得意である風属性の派閥に入った。

 すると協奏者と呼ばれる者に勝負を挑まれ、勝利した翌日には私が協奏者になった。


 ……変な学校よね。

 派閥という校則なんてないのに、それがあまりにも綺麗に統制されている。

 ヴィルタさんやカリオさんという協奏者たちはともに何かを打ち合わせしているし、彼らが作った制度なのかしら?

 だとしたら……せめて、日々の挑戦者の数に制限をかけてもらえないかしら?


「イルマ! 協奏者の座をかけて勝負よ!」


「あの……私、譲りますけど」


「譲られた席になんて興味はないわ! あなたに勝って、その席を奪い取る!」


 ……申し訳なくなってしまう。

 私が幼いころから学んで鍛えていたのは、こういうときのためではない。

 どういうときのためかと言われると自分でもわからないけれど……。

 あの強迫観念にも似た力への渇望は、少なくともこのときを想定していたものではないわね。


「……つ、強い」


 だから、彼女たちには申し訳なくなる。

 たまたま戦いのために鍛えていた。それが、この学校での立場につながるとは思っていなかった。

 私は……あなたたちの上に立つような人間じゃないのに。


 みんなの理想であることを演じ続けて空っぽなだけ。

 それに、なんだか心の中心にぽっかりと穴が開いた気分なの。

 なにか……忘れてはいけないものをずっと忘れているような……。


 そんな日々が流れていく。

 自分という存在がどこにもない人生を浪費していく。

 そのくせ何かに怯え、今でも強くなろうと必死に足掻き続けている。

 そんな私の人生が……彼女との出会いで全て変わった。


「シ、シエル……! 駄目よ! イルマ先輩の邪魔しちゃ!」


「え~! でも、リーヴァちゃんの尊敬する先輩なんでしょ? ぐわっと一直線に話しかけてみればいいのに!」


 ……どこで会ったの? なんで彼女の姿を目で追ってしまうの?

 わからない。わからない。わからないけど、話しかけなくちゃ。

 というか……。かわいい! 何この子たち。小動物かしら? ここに迷い込んじゃったのかな~?

 ……だ、だめよ! 今のは危なかった。心の中だけだからなんとかなったけど、あんなことを口にしたイルマ・ヴェントールなんてみんなに失望される!


 そう思っていたのに、シエルちゃんとリーヴァちゃんは私の奇行をも受け入れてくれた。

 ……そっか。私、我慢しなくていいんだ。この子たちには教えられた。いえ、救ってもらえたみたいね。

 私は私でいていいんだ。


 ……前にもこんなことがあったような。

 何かを忘れている? ぽっかりと空いたような心の隙間が満たされるような……。


「っ!?」


 ああよかった。周囲に誰もいなくてよかった。

 あの子たちがいたら心配されてしまう。派閥の者たちだってきっと心配する。

 だってみんなやさしいから。理想じゃない私さえ受け入れてくれるやさしい人たちだから……。


 でも、そのきっかけを作ってくれたのはあなたよね。シエル。

 まずは謝りたい。シエルに謝るわけにはいかないから、彼女に対してではない。

 私の足は自然とそちらに向かっていた。

 早足だったけれど、校内を抜けたらそれは駆け足へと変わり、額には汗が伝っていく。


「はぁ……はぁ……」


 そうして私は彼らのもとへとたどり着いた。

 そしてすぐさま口にする。


「ごめんなさい!」


「ああ、君がそろそろ来る時期だとは思っていた。イルマ」


「そうだね。イルマの記憶の封印って、だいたいこのあたりでシエルが解くから」


「シエルがというよりは、イルマがそこで解けるよう設定していただけだろ」


「でも、切っ掛けがシエルならシエルの力だね」


「……もうそれでいい」


 カリオとヴィルタは私を責めることなく、何事もなかったかのように軽口の応酬を楽しんでいた。

 二人とも、今日まで色々と準備していたんだろうなあ……。


「それで、ちゃんと特訓だけはしていたんだろうな? イルマ」


 カリオの問いかけに私はこれだけは胸を張って答えられる。


「ええ。今度こそシエルを救うわよ。何もかもから」

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