第39話 君にも黒がよく似合うと思うよ
「カリオさん」
「なにかな?」
一瞬、なんだ? と聞き返しそうになった。
よくないね。僕はカリオ・エルディンだ。王子としてガラの悪い態度は良くない。
直していったつもりだけど、時間がたびたび巻き戻るものだから混乱してしまう。
シエルの力で巻き戻った直後の僕は、今の口調じゃないからね。
巻き戻った直後は昔の口調。成長するにつれて成長後の口調に変化させていく必要がある。
そしてまた巻き戻ってもとの口調に……。面倒といえば面倒だけど、その程度のことを気にしている暇はない。
「魔法の指導をお願いしたいのですが」
「ああ、かまわないよ。それじゃあ演習場に行こうか」
彼に請われなくても向かうつもりでいた。
今日は彼女がやってくる日のはずだから。
とはいえ、毎回必ずこの日にやってくるわけではなく、あくまでも今日が一番可能性が高いというだけ。
だから、彼女がやってくるまではしばらくの間演習場に通う予定だった。
「何しに来たの?」
遠くのほうで刺々しい物言いが聞こえてきた。
彼女は入学初日にシエルに反抗された生徒だ。彼女が絡んでいるということは……。
ああ、やっぱり今日来たみたいだね。それじゃあ、今回初めての遭遇といこうじゃないか。
彼女に近づき我ながら白々しいセリフを口にする。
これでもう何度目ともなる言葉だというのに、なんとも自重してしまうほどの言葉だ。
……一度目はそんなことなかったというのに。
「騒がしいね」
僕の登場に騒ぎは収まる。
というよりも、これ以上はまずいと思ったらしく無理やりなかったことにしようとする。
「カリオ様! いえ、なんでもございません!」
「いいからいいから。その子のことは知っているよ」
だから、そんな未練がましい言葉で彼女の反応を伺う。
……本当に我ながら未練がましいね。
今回も彼女とは仲良くしないと決めたじゃないか。だというのに、僕はどうやら君に覚えていてほしかったみたいだ。
「ええと、初めまして……ですよね?」
大丈夫。これももう何度も聞いてきた言葉だから。
だからショックを受けても顔には出さない。
ただ……本当にけっこうショックだったというだけのこと。
やっぱり、今回も覚えていないか。
いや、いいことじゃないか。
彼女が巻き戻る前のことを覚えていたら、きっと僕たちを優先する。
そうして迎える結末は、僕らをかばって死ぬ彼女が時間すら巻き戻せないという最悪のもの。
以前のように、彼女の精霊が無理やり時間を巻き戻して間に合う保証はどこにもない。
だったら、彼女は何も覚えていないほうがいいんだ。
……僕を救ってくれたことも。僕と話したあの時間も。全て。
「僕を知らない?」
だというのに、本当に情けない。
そんなこと聞いてなんになる。
「えっと……。え? もしかして、知り合いだったりします?」
大丈夫。知らないほうがいいんだ。そう思いなおしたばかりじゃないか。
僕を知らなくてもそれでいい。僕はこれから彼女を嫌って遠ざけるべきだから。
それで彼女が生き延びる未来をつかめるのなら、何も問題ないじゃないか。
「だから、王子様も仲良くなってください」
だからその言葉にはすがりつきたいが、ぐっと堪える。
そうして自分でも白々しいとわかる嫌な笑みを浮かべて僕はこう言うんだ。
「僕、君のこと好きじゃないんだ」
「あ~。そっちでしたか」
だというのに、君はなんでもないことのように平然とそう言うんだね。
出会ったばかりだから、僕の言葉は彼女の感情を振るえさせることはない。
これはただそれだけのこと。
◇
「王子様に嫌われちゃったよ~。どうしよう、精霊くん」
さすがにこの国の王子様に嫌われるのはまずいよね!?
思わず精霊くんに思念じゃなくて言葉で意見を聞いてしまった。
『まあ、いまさらじゃない? 学校中に嫌われているんだから、問題ないでしょ』
問題大ありだよ!
……あれ、なんでだっけ?
たしかに精霊くんの言うとおりだよね。王子様に嫌われていても最終的に仲良くなればいいんだし。
それなら問題ないか。みんな黒に染めてやるから覚悟していてよね!
う~ん。
それにしても、みんなに嫌われても大して悲しくないねえ。
なんでだろう? 意外と私って人と接していなくても平気なのかなあ?
なんというか、ちょっとやそっとの嫌がらせや悪口程度は全然効かないや。
……それなら、なんで王子様に嫌われるのは少し嫌だったんだろうね?
「まいっか。今日は別の場所で精霊魔法の訓練するもんね!」
飛んでくる精霊魔法の誤射をあしらいながら、私はさくっと次の目的に向けて動くのだった。
それにしても、誤射という名目での嫌がらせがすごいねえ。
私じゃなかったら保健室行きなんだろうなあ。私、前から勘が鋭いのか危険なことには強いからね!
飛んでくる精霊魔法もわりと簡単に避けられるし防げる。もしも無理そうなら、そのときは精霊くんがなんとかしてくれるはずだね。
『生まれたばかりの精霊にあまり頼らないでほしいなぁ』
生まれたばかりといっても、精霊くんは二度目の誕生じゃない。
それに、私と出会ってもう何年も経っているんだから、生まれたばかりとはいえないよ?
『精霊にとっては数年程度はまだまだ短い時間なのさ』
元魔王軍というのが本当ならなおさらかもね。
名前が消えるほどの遥か昔。それに、まだ神様が世界にいたころの話なんて途方もない時間だ。
それを基準にするのなら、精霊くんの言うこともあながち間違ってはいないのかもしれない。
そんな精霊くんの目的ってなんなんだろう?
ここ数年は私とずっと一緒に行動してくれたし、色々なことを教えてくれたよね。
でも、精霊くん自身のやりたいことってよくわからないなあ。
そこんとこどうなの? 精霊くん。
『さぁ? ボクは元魔王軍ではあるけれど、この世界には魔王軍はもうないからねぇ』
つまり今は転職中ってことかあ。
魔王軍も世知辛いもんだねえ。
『女神と人類のせいだけどね~』
それはええと……。
ここで謝るのもなにか違うかな? そうしたら、私はまるで人類代表みたいで偉そうだし。
そもそも当事者ですらないので、謝ることもできやしない。
『そういうこと。ま、過去の話さ。当面は魔王軍について考えようと思っているよ』
考えるって、思い出すってこと?
それとも、新しい魔王軍を再興して今度こそ人類を滅ぼしてやるぞ~、的な?
『ボク一人でそんなことできるはずないじゃん。魔王軍がいない世の中がどうなったのか知る。まずはそこからだろうねぇ』
つまりお勉強。私と一緒だね。
となると、魔石の中にずっといるのは窮屈かなあ?
精霊くんを魔石に入れる前は、あらゆる炎に乗り移って世界中を見て回れたみたいだし。
『きっと、それだと深くは知れないんだろうねぇ。だからやり方を変えるよ。シエルについていって、人類ってのをもっと詳しく知ることにする』
なるほどねえ。
……つまり、人類代表シエル・アルモニアってこと!?
やっぱり人類がごめんなさいって謝っておくべき?
『能天気でいいねぇ。シエルは』
これはいいのかな? 悪いのかな?
精霊くん、人類に対して呆れていないといいんだけど……。
ただ、敵意とかは感じないし、きっと私は取り繕う必要はないんだろうなあ。
精霊くんが人類なんて駄目だと思わないように、これからも私はがんばって学んでいこう。
そしてこの学校を真っ黒に染め上げて、精霊くんに黒もいいねって思ってもらうんだ。
『ボク。色にはこだわりないけど~?』
黒もいいねって思ってもらうんだ!




