第4話 彼女はいまだ眠りの中
「さて、時間が余っちゃった」
王子様たちの邪魔をするわけにはいかない。
なので、この後の予定が丸々と空白になってしまった。
部屋に戻って精霊くんたちと話すのもいいかもしれないけど、どうせなら他の場所も見てみようかな。
炎の派閥は大変なことになっているらしいし、混乱中のところに私という騒動の元が顔を出すのはさすがに申し訳ない。
となると、あとは風の派閥かな。
土の派閥の演習場は利用できなかったし、風の派閥の演習場を使わせてもらおう。
そうしてやってきた風の派閥の演習場。
演習場そのものは、土の派閥と大した違いはない。
学校の校庭と同じような広い場所。
時折吹く風がやや冷たく、地面の土の匂いを鼻へと運ぶ。
土の派閥ではもっぱら土の精霊の使役の演出ばかりだから、地面は何度も掘り起こされたように柔らかくなっていた。
だけど、この場所はすっかりと硬く冷たい土だということが、踏みしめた足元の感触から伝わってくる。
「げ、黒……」
だけど私を見て嫌そうな顔を浮かべるところは、土の派閥と同じだね!
結局は環境や属性が違っても、人はみんな同じということだねえ。
あなたたち自分の派閥以外とは仲良くないけれど、絶対うまくやれると思うよ。
私という異物を排除しようとするその連帯感を、どうか仲良くなるこのに使ってくれないかなあ。
「あんたこんなこともできないの?」
「ど、どんなことですか!?」
まだ何をしろと言われてもいないのに、そんなことを言われるのはさすがに意味わかんない!
……と思ったら、その言葉は私に向けられたものではなかったみたい。
私から少し離れた場所にいるのは二人の女生徒。
一方は呆れたように何かを指導しているようで、もう一方はうつむきながら謝罪している。
「す、すみません……。私、風属性の精霊との相性が悪くって……」
「だったらなんでうちに来たのよ。他の派閥にいけばよかったじゃない」
「そ、その……。苦手な属性を克服したくて……」
「苦手なんてものじゃないでしょ。風の発生もできないなんて落ちこぼれにもほどがあるわ」
「す、すみません……」
風の発生というと、風属性の精霊へのお願いの中では比較的初歩って話だったよね。
今日の授業の内容だからちゃんと覚えてる。
ただ、あの子はそれもできないみたい。
先輩……ではないよね? 見たところ身長は私と同じくらいだし、きっと同学年。
見たことない顔だから、同じクラスではないんだろうね。
選択した授業にいたかは……覚えてないや。
「そこまで責めるのは良くないわ」
「イルマさん。で、ですが……」
「誰だって最初からできるものじゃないんだから、ゆっくりと覚えさせていけばいいじゃない」
「ですが……あれですよ?」
先輩たちは少し話してから再び女の子を見る。
彼女は必死に精霊へと呼びかけ、精霊たちはたしかにその声に応じた。
ほんのわずかな風が頬を撫で……撫で? どうだろう?
こっちまで届いているのかな? それともこれは精霊とは無関係で、自然に発生した風?
「自然現象と区別がつきません。さすがに才能がない落ちこぼれでは……?」
「そう決めるのはよくないわ。昨日入学したばかりでしょ? できないのなら、できるようになればいいだけよ」
「あ、ありがとうございます!」
なんだ。いい先輩じゃない。
こういう先輩が面倒を見てくれるのなら、きっと彼女も上達するんだろうなあ。
ついでにその優しさを黒の私にも分けてくれないものだろうか。
「……」
しかし、その先輩は感謝の言葉に無反応だった。
反応しないというか、なにかぐっと目を細めて睨むようにこらえるようにしている。
……もしかして、もう少し厳しく指導したいけど、新入生相手だからか我慢してる?
「それであなたは」
「私ですか?」
「そいつ。黒ですよ」
いい人っぽい先輩が尋ねてくれたけど、もう一人の先輩が勝手に答えてしまう。
黒じゃなくてシエルって名前があるんだけどなあ。
「ああ。そうだったわね」
「黒い制服のシエル・アルモニアです!」
「……どこかで。いえ、そんなはずは」
おや? もしかして私を知っている?
そういう思わせぶりな言葉流行ってるのかな?
たぶん、ヴィルタさん先輩のせいだね。流行らせているのならあの人だと思う。
「ここは風の派閥の演習場よ。何か用事かしら?」
「風の精霊の授業も受けているので、私もここで精霊とお話しようと思ってきました!」
「だから、黒い制服なんか着て何を言ってるのよ。そんなことイルマさんが許すはずが」
「あら。別に問題ないんじゃない? ここは風の精霊の授業を受けている者なら、誰でも利用可能なんだから」
やった。話せばわかる先輩だった。
やっぱりこういう人もいるもんだねえ。ヴィルタさん先輩と同じタイプだ。
「あなたさえよければ、あなたの訓練するところ見せてもらえるかしら?」
「イルマさん……」
「いいじゃない。わざわざ黒い制服を選ぶほどだし、実力もあると聞いているわ。なら、私たちも何か学べるかもしれないわよ?」
「そういうことなら、シエル・アルモニア先輩たちに我流精霊使役術をお披露目します!」
ということで、精霊く~ん。ちょっと周りの精霊さんたちを説得して~。
『精霊使いが荒いよね~。まあ、ボクなら余裕だけど』
一言憎まれ口をたたきながら、精霊くんは実体化せずに魔力のまま周囲の精霊相手に話をはじめる。
同じく魔力そのものと一体化している精霊たちは、精霊くんという異質な存在に興味を持って集まってきた。
あとは精霊くんのお願いによって、他の精霊さんたちの力を借りるだけ。
体の中に自身のそれとは異なる魔力が流れてくるのがわかる。力がみなぎるというか、今ならすごい魔法だって使えそう。
「準備できました~」
「そう。それじゃあ見せてちょうだい」
演習場には的となるような魔力人形も配置されている。
おあつらえ向きのそれに向かって、私は思い切り風の力を放出した。
「飛んでけ~!」
髪がめちゃくちゃになるくらいの暴風の塊が真っ直ぐとんでいく。
それは魔力人形に命中すると、周囲でぐるぐるとつむじ風を発生させてから消滅した。
うん。ばっちり! 違う土地に来たから少し不安だったけど、いつも通り精霊さんたちから力を借りることができた。
「す、すごい……」
そう言ってくれたのは、さっきまでうつむいていた女の子。
先輩たちはともかく、彼女は私に対してそこまで悪感情を抱いていないみたいだね。
もしかして、友達になれたりは……。
「はあ……。才能はないくせに風の派閥にくる生徒。才能はあるけれど派閥に所属しない黒制服。問題児ばかりね」
「ううっ……」
先輩はそう言い残して行ってしまった。
イルマ先輩も、用が済んだのかそのまま自分の訓練に戻っている。
「見捨てられちゃった……」
「平気平気! 私なんて初日から全校生徒に嫌われたから!」
「か、軽い……。とんでもないことなのに」
「だって、それで落ち込んでも何も解決しないよ?」
だから、私に比べたら先輩が呆れる程度は全然マシだと思うんだ。
そんな言葉が多少なりとも彼女の気持ちを明るくしたのか、ほんのわずかに笑ってくれた。
「ついでに友達になる? 募集中だよ? 今なら第一号だからお得だよ?」
「なにがお得なのかわからないよ……」
そりゃあもう。敵ばかりの中の最初の仲間なんて、今後ずっと仲良くなれるじゃない。
少なくとも私はずっと味方でいられるよ?
「えっと……。リセア・ノルディです」
「私、シエル・アルモニア! よろしく、リセアちゃん!」
押してみるもんだねえ。
……リセアちゃん弱気だから、もしかして断れずに無理やり友達になったりしてない?
ちょっと不安になってきた。
「ええと……。私の仲間になることで周りの人たちが嫌がらせをするようなら、あいつの仲間になったふりをして土壇場で裏切るつもりですって言っていいからね!」
「そ、そんな恐ろしいことしないよ……。よろしくね。シエルちゃん」
よかった。少なくとも無理強いして作った友達ってわけじゃなさそう。
これなら、これからも仲間を少しずつ増やしていけそうだね。
なんだ。全校生徒黒服計画は案外簡単かもしれない。
◇
「……どこかで見たことあるのよね。どこだったかしら。何か忘れている? ……なんで?」




