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黒はすべてを混ぜる色 ――忘れられる少女と、忘れない者たち  作者: パンダプリン


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第37話 少女は忘れられる。彼らは忘れられない。

 目が覚めていつもの日課を済ませる。

 日課と言っても大したことじゃない。

 ただ自分の体を確かめる。それだけだ。


 いつもそれで安堵のため息とともに一日が始まっていた。

 それは俺だけじゃなく、妹のトゥリもカリオやイルマも同じことだろう。

 そして、今日はそんな安堵はできないのも同じことなのだろう……。


「時間が巻き戻っている……」


 全身を確認するまでもない。

 何もかもを取りこぼすような小さな手のひら。未熟さを象徴するかのような声変わりすらしていない声。

 ああそうか……。また、シエルを殺してしまったのか。


「お兄ちゃん」


 そんな後悔に押しつぶされそうになっているとトゥリがやってきた。

 俺と同じように状況はすでに理解している。

 一度目は、自分だけが巻き戻る前の記憶を保有しているかもしれない、なんて思って隠そうともしたもんだ。

 だが、俺とトゥリとカリオとイルマは記憶が継続していた。

 ……もっとも、イルマのやつはまた記憶を封じている頃だろうが。


「大丈夫。巻き戻っているってことは、シエルはちゃんと生きているってことだ」


 不安げな妹を慰める。

 あるいは、自分自身に言い聞かせているのかもしれない。

 カリオのやつもしばらく荒れているだろうなあ……。


「シエル。また精霊に会っているのかな」


「だろうね。また出会い、また契約して、また色々教わる」


 そうして命懸けの時戻しを奥の手に行動するのだろう。

 彼女は俺をやさしいといったが、それは彼女のほうだ。

 妹にすら見放されたと思い荒れていた俺に真っ向からぶつかり、トゥリと俺のすれ違いを解決してくれたのは彼女だからだ。

 敬愛する兄を蔑まれ荒んでいたカリオに物怖じなく話しかけ、本心から兄を認めてあいつを救ったのは彼女だけだ。

 もはや自分の意思を持とうともしなかったイルマに、包み隠さない姿でいることを教えたのも彼女だ。


 そして、誰かの危機に命を懸けるのも彼女だからだ……。

 自らの命をかえりみないやさしさ。

 それは俺たちにとって残酷なやさしさだ。


「前回よりも強かった……」


「ああ。やっぱりあの魔力も時が戻るたびに増している」


 協奏者として成長した四人でさえも歯が立たないほどに……。

 さすがは魔王軍の怨念だ。一筋縄ではいかないということか。


「お兄ちゃん、今回はどうするの?」


「シエルと出会うまでに強くなる。その後は向こうから話しかけてくるだろうから仲良くなるよ。もう一度」


「……」


「トゥリは、今回も今までと同じようにするの?」


「うん……。私が違う行動をしたら、悪い方に行きそうで怖いから」


「そっか」


 トゥリは繰り返す時間を恐れている。

 だから、何度も何度も一度目と同じ行動をとり、一度目と同じ発言を繰り返す。


「ごめんなさい……」


「いいよ。気にしないで」


 だから、ここからはしばらく俺たち兄妹はすれ違う期間だ。

 シエルが仲直りさせてくれたあの時まで、俺たちは互いの道を進むこととなる。


「兄ちゃんに任せとけ」


 トゥリの記憶がなくなっていればいいのに。

 覚えていながら同じ行動を繰り返すのも辛いだろう。

 いっそ、イルマみたいに精霊との共鳴で記憶を封印できればいいのだけど……。

 トゥリ自体が望まないか。シエルとの記憶がなくなってしまうのは。


 頭をなでるとトゥリは目を細めるが、嫌がっている様子ではない。

 シエルが言っていたように、なんだか猫みたいだなと思う。

 さて、これでしばらくはトゥリともお別れだ。

 同じ家に住み続けはするけれど、ここからは会話も接触もなくなるのだから。


「ヴィルタ。お出かけ?」


「ああ。ちょっと友達のところに」


「まあ。それなら気をつけていってらっしゃい」


 母さんは俺の言葉を聞いて嬉しそうに送り出してくれた。

 ああそうだった……。この時期の俺に友達なんていなかったからな。

 知らない内に友達ができたと思い、素直に喜んでくれたのだろう。


 だが、俺が向かうのは母さんが思っているような真っ当な友達ではない。

 どちからというと、同じ境遇にあった被害者同士ってだけだな。

 自嘲しながらカリオのもとへと向かう。

 きっとあいつはあいつで上手くやっているだろう。

 城から抜け出して、あの場所に来ているはずだ。


 本当に嫌になる。世界が大きい。まだ成長途中の自分にとって大きすぎる。

 こんな小さな姿では恩人一人守れないと言われているかのようだ。

 周囲からの嫌な視線も気にならない。彼女はもっと多くの視線に晒されていたから。

 自分はそれをかばうこともできなかったから。


「でも……それだけは駄目なんだ」


 あそこで俺たちがかばったら、黒の派閥はいよいよ新たな派閥として認められるだろう。

 それももう試した。その結果は最悪だった。

 だから、俺たちは誰も彼女をかばえない。


「来たか」


 考え事をしていると時間は思いのほか早く過ぎてしまったらしい。

 気づけば俺は友人の居場所へとたどり着いていた。


「……今回も駄目だった」


「知っている。僕だって現場にいたんだからな」


 カリオは強いね。

 もう前のことは考えず、今回のことだけを考えている。


「今回もシエルを嫌いだと嘘をついて遠ざけるの?」


「ああ、そっちはまだ検証しきれていない。別にお前らに真似しろなんて言わない。これは僕が勝手にやっていることだからな」


 シエルのことが好きなくせに、シエルのために突き放せる。

 それが正しいかもわからないけれど、カリオは様々な接し方で未来を変えられないか試し続けている。

 最初はあんなに仲良かったのにな。それこそ、俺やイルマやトゥリと同じく彼女を取り合うくらいには。


「問題ないさ。お前は今回もシエルと親しくなるんだろ?」


「ごめん……」


「気にするなって言っただろ。前回はあまりにも早かった。だから手ごたえも何もない。だから、同じようにアプローチしているだけだ」


 トゥリは一貫して何も変えない。俺はずっと彼女と親しくなろうとしている。

 イルマはもう辛い記憶を抱えたくないからと記憶を封じ、カリオは何度もやり方を変えている。

 それでも彼女は助からない。


 いいさ。何度でもやり直してやる。

 やり直しているのは俺たちの力じゃないけれど、彼女ならきっと何度でもやり直す。

 それに乗っかって彼女を救ってみせる。


「……シエルに真実を伝えるのは駄目だよな」


「当たり前だろ。それでどうなったか忘れたとは言わせないぞ」


 そうだ。

 最初のやり直し。そのときにシエルの記憶は戻っていなかった。

 だから、俺たちは何があったか全てを伝えてしまった。


 巻き戻したときに俺たちの記憶だけが残ると知った彼女は、俺たちが永遠に苦しむと理解した。

 その結果、彼女は死んでも時を巻き戻さないと決めてしまった。

 あのままいけば、俺たちは助かっただろう。彼女だけが犠牲になって、魔の残滓は教師たちが対処してくれただろう。

 だけど、彼女はそのまま死ぬ気だった。


「精霊がなんとかギリギリで時を巻き戻したが、二度は望めないぞ」


「そうだな……」


 であれば、彼女に知らせるわけにはいかない。

 精霊に知らせるわけにもいかない。

 ……やっぱり、俺たちだけでなんとかするしかないんだろうなあ。


    ◇


「おやあ? もしかして君って精霊?」


「そうだけど、君は誰?」


「はじめまして。私はシエル・アルモニア、よかったらお友達になろうよ」


「ふ~ん……。まいっか、ボクは……ピルカヤ。元魔王軍四天王さ」


 ……ええ!? 魔王軍四天王ってあの魔王軍四天王!?

 なんかとんでもない精霊だったんだけど!

 ど、どうしよう……。殺される? 殺されるから名乗られた感じ?


「あははっ。面白いように狼狽えてるねぇ、君」


「あ、あれ? もしかして冗談? なんだ精霊くん。君、なかなか人が悪いね~」


「人じゃないからね。それにボクが元四天王ていうのは本当だし」


「な、なんでそんな精霊がこんなところに!?」


「そりゃあ簡単さ。殺されたんだよ。女神にね」

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