第36話 さあ、もう一回!
「ヴィルタ! 合わせろ!」
「ああ!」
カリオ先輩の声にヴィルタさん先輩が魔力を込める。
試験で二人のチームの連携は見た。正直なところ私たちではまだ敵わないなあと思った。
だけど、これはさらにその上。属性を統一していないというのに、ヴィルタさん先輩はあっさりとカリオ先輩の精霊魔法に干渉した。
元の魔法を壊すことなく、水属性という自身の強みを混ぜ合わせる。
水と土が混ざったそれは双方の特性を伴って強大な力を発揮した。
「何ソレ? 何ソレ。何ソレ。ソノ程度ナノ!!?」
だけど、黒い球体はボタボタと不気味に泥のようなものを垂らしながら一笑に付した。
とんでもない魔力っぽいね……。二人の魔法がかき消されているもん。
「あれ、なんなんですか?」
「いいから君は下がれ!」
「シエル。離れないと危ない」
駄目かあ。たしかに私がこの中だと一番弱いと思う。
でも、それは私一人の場合だよ。精霊くんが力を貸してくれるのなら私だって戦える。
それに……。先輩たちはすでに戦っていたんだと思う。
ぼろぼろだ。ヴィルタさん先輩もトゥリちゃんもカリオ先輩もイルマ先輩も。
体中に傷がついている。制服だってぼろぼろになっている。魔力だってかなり少ないよ。
だから……。
「みんなを置いていくのは無理です!」
「ああ、君はそうだろうな!」
カリオ先輩は一度見ているもんね。
モンスターの襲撃をしたときも私を気遣ってくれたけれど、私はカリオ先輩たちを置いて逃げるのは無理だった。
黒い泥の塊がこちらに飛んでくる。
だけど泥に見えるそれは、あの淀んでしまった魔力そのものらしい。
泥よりもよっぽど危険なものだね!
「精霊くん。お願い!」
「りょ~かい!」
でも、精霊くんの火の玉だってあんなのには負けない。
……それがまずかったのかな? なんか、黒い塊が私だけに狙いを定めてない?
「シエル! 逃げて!」
「トゥリちゃん! 私が囮になるから、みんなでなんとかして! それか先に逃げて!」
私を狙っているのならちょうどいい。
な~んだ。いつもと同じだよ。私だけに攻撃が集中するのならそれでいいじゃない。
それに今回は協奏者が四人もいるからね。攻撃だっていつかはやむよ。
みんなすごいんだから、私が時間さえ稼げばどうにでもなるはず!
「駄目。それじゃあ駄目よ……。シエル」
イルマ先輩もさすがにこんな事態になると焦るんだなあ。
私はそんな場違いな考えを思い浮かべてしまった。
でも大丈夫! だって怖くはないから。
なんでだろうね? わりと命の危機とかそういうものだと思うんだけど、やっぱりこの期に及んでなんにも怖くないや。
学校で周囲から疎まれていたときも大して気にならなかった気がするし、きっと私はそういうのに鈍いんだと思う。
「精霊くん。いけそう?」
「ちょっと厳しい! 出力は互角だよ生意気だよねぇ!」
「互角ならいけるんじゃないの?」
「むかつくけど、ボクの魔力のほうが先になくなるっぽいね!」
あちゃ~。そういうことか。
それは精霊くんというよりは私の責任だ。
彼にもっと潤沢な魔力を送れたら、逆に相手の魔力が枯渇したかもしれないのに。
「そもそも、なんでこんなにすごい魔力なのさあ!」
「この場所にあった淀んだ魔力が原因だろうね! 悪食なやつ以外が食べないような魔力だけど、その魔力量だけは本物だから!」
あれってそんなにすごい魔力だったんだ。
精霊が少ないから魔力そのものが少ないと思っていたんだけど、どうやらその逆ってことみたいだね。
先生が注意するわけだよ。精霊魔法以外の工程でこの淀んだ魔力を使おうとすることを。
「大方、ここの魔力と性悪な精霊と陰険な人間が混ざって、とんでもないことになってるんでしょ」
「だからリーヴァちゃんたちの声が混ざってるのかあ……」
「邪魔ヨ! 邪魔邪魔! サッサト倒レナサイヨ!」
ここの生徒たちだからかな。
私への敵意やら悪意やらも、いつもの延長線上に感じて怖くないのかなあ。
ただ、あの攻撃に巻き込まれたらひとたまりもないんだろうなあ。
泥は絶え間なく球体から流れ出て、こちらを呑み込もうとしているように見えた。
「精霊くん。魔力全部使って倒そう!」
「その方が良さそうだね!」
「よせ!」
「え、でもこのままじゃやばそうですよ?」
私と精霊くんが勝負に出る寸前、カリオ先輩がそれを止めた。
もしかして攻撃したら余計に魔力を吸収するとか?
でも、精霊くんの攻撃が体の一部を削っていたように見えたんだけど……。
「俺たちがなんとかする。シエルは下がっていて」
むむむ……。足手まといかあ。
精霊くんにも申し訳ないね。でも、これ以上はさすがによくない。
私は頷いてみんなの後ろに移動した。
「とはいっても……ほんと厄介ね。肥大化してるわ。こいつも同じってことかしら」
「だろうね。俺たちだけじゃないってことだと思う」
……先輩たちの話はよくわからない。
でも、なんだか諦めたような空気を感じた。
もしかして、協奏者四人でも勝ち目がないってこと?
四人……。あれ、トゥリちゃんは?
「逃げるよ」
そう言って手を引いたのはトゥリちゃんだった。
掴まれた手は濡れていた。血がついている。
……駄目! やっぱりここで置いていくって駄目だと思う!
私はこの四人よりも精霊魔法が未熟かもしれない。
でも、魔力すらなくなりかけている四人よりはまともに戦えるはずだから。
「ごめんねトゥリちゃん」
「シエル駄目!」
トゥリちゃんは普段とはまったく違う様子で私の名前を叫んだ。
トゥリちゃんってそんな大きい声出せるんだね。なんて場違いなことを考えてしまう。
「どうする? 全部ぶつけてもたぶん勝てないよ?」
「だよねえ。まったくもう。なんでこんなにすごい魔力が溜まっていたんだか」
さすがに旧演習場で特訓していたからわかるよ。
普段からこんなに膨大な魔力なんて溜まっていなかった。
まるで何かに反応しているかのように、急激に魔力が満ち溢れ続けているような気がする。
となると、ここからさらに強くなる可能性があるのかあ。
「当たって砕けよう!」
「乗った!」
さあ、精霊くんと力を合わせよう。
精霊くんと出会ってもう随分と長くなる。その間に精霊くんは色々なことを教えてくれた。
精霊魔法の使い方もその一つ。そしてその中には私たちの魔力を共鳴させる奥義があるのだ。
精霊は四属性にまつわる魔法ばかりを使うわけじゃない。
記憶を封じたりなんてこともできるらしいからね。
本当に奥が深くて楽しいね。精霊魔法。
「精霊くん。次もまた会おうね」
「シエルは危なっかしいからね。ボクが見ていてあげるよ」
さあ、お別れはすませた。
それじゃあちょっとすごいことをしちゃおう。
「準備はできたよ。それじゃあ、安心して死んでね。シエル」
「おっけ~」
「駄目!!」
さあ、あとは精霊くんを信じるだけ。
どうかなあ? うまくいってるといいなあ。そもそも痛くなく死ねるといいんだけどなあ。
黒い魔力はもう目の前。これに呑まれたら、そのまま私は死んでしまうだろうね。
だけど、その後は協奏者四人は襲わせない。
たしかに魔力はすごいけど、あなたたちはできないよね?
時間を戻すなんて。
泥は私を呑み込んだ。
不快な黒い塊の中で私の命が蝕まれていく。
なんだ案外平気だね。眠るのに似ている気がする。
痛くないならそれでいいや。それじゃあさようなら私。巻き戻った時間の中で、今度はこんな事件が起きないといいんだけどなあ。
◇
「おはよ~」
鳥のさえずる音で目が覚める。
今日はなんだかいいことがありそう。いつもみたいに山に入って精霊たちを遊ぼうかな。
素敵な出会いがある気がする。具体的には精霊とお友達になれる気がする。
「精霊と会えるといいな~。この村には同い年の子が全然いないし。精霊とお友達になれたら楽しいだろうな~」




