第26話 どうか記憶の扉を閉じてください
「ヴェントール家のために、恥ずかしいことはしてはいけません」
それが最も記憶に残っているしつけだった。
私の家はそれなりの精霊使いの家系であり、私の行動は全て家の評価へと繋がる。
だから、そのような教育をされても仕方がないとは思う。
「もっと上品に」
どこに出しても恥ずかしくない私が作り上げられていく。
みんなの描く理想的な私。優等生の私。
物静かで常に冷静。感情は大きく起伏させず、何事にも動じない。
それでいて精霊魔法は一流。面倒見もよくなんでもできる。
努力した。
そしてそれを実現できてしまった。
かくして私はみんなが理想する私になれた。
こんにちは理想の私。
さようなら本当の私。
「イルマ先輩ってかっこいいよね」
それならよかった。
私はみんなにそう思われている。
疑いもなくそう思ってくれるのなら、きっとそれが一番なのでしょう。
「イルマ先輩みたいになりたいね」
おすすめはできません。
こんなふうになったら、きっとその人の魅力は失われてしまうので。
「イルマ先輩が」
「イルマ先輩って」
「イルマ先輩なら」
……全部ちゃんと聴きましょう。
そうして理想の私をさらに塗り固めていく。
本当の私の姿が隠れていく。
本当の私……。どんなのだっけ?
「あ……」
ある日見つけたぬいぐるみ。
私には不要だと買ってもらえなかった。
でもあれはかわいい。とてもかわいい。
大丈夫。理想の私にはあれはいらない。
だけどしっかりと記憶したから、所持するだけが幸せではない。
絵を描いてみた。
あのかわいいぬいぐるみのような絵を。
楽しくなって私は破顔していたらしい。とりつくろった私がポロポロとはがれ落ちていってしまう。
「かわいい!」
渾身の出来栄えだからか、あるいは私はかわいいものが思っていたよりも好きだったのか。
とにかく、そんなふうにはしゃいだ記憶がある。
「いけません。はしたない」
でも、それはいけないことだった。
なんでという気持ちはある。自身の素直な気持ちを表現して何が悪いのか。
なるほどという気持ちもある。あんなふうにはしゃいでいる姿はみんなが期待する私じゃないから。
じゃあ、これはよくない感情だ。
封じましょう。心の奥底にしまっておいて、誰にも見られないようにふたをする。
「精霊さん精霊さん。私の記憶から消してください」
これでもう大丈夫。
かわいいものではしたなくはしゃぐイルマは死んだ。
みんなが求める理想の私だけが生き残った。
「……っ!」
ただ、押さえつければ押さえつけるほど、開放したときの反動って大きいのね。
かわいいものを愛したい。それを我慢する私はきっと醜い顔でしょう。
目は吊り上がり、眉間にシワはより、不機嫌であるかのような顔になっているはずです。
「うわ~。かわいい~!」
……うん。やっぱり駄目ね。
こんな姿を見られたら失望される。周囲の期待する私ではなくなる。
そうしたら誰も私を必要としない。
自分というものを捨てたのに、誰からも必要とされなくなるなんて哀れじゃない。
そんなことになるくらいなら、私は私じゃなくてもいい。
みんなに求められる理想の私以外は必要ない。
でも……かわいいものが好きなのは本当なのに。
「私には何の意味があるのかしら」
精霊使いの学校に入学するころには、私は理想の姿で着飾っていた。
何も見えない。私自身を塞ぐその姿は何も分からない。
そして相手も中にいる私のことはわからない。
でも大丈夫。外側に着飾った私が何とかするから。
後輩たちが入学した。
うんうん。かわいい子がたくさんだね。
だけど私には関係ない。そもそも、後輩を小動物のようにかわいがるなんて、変なだけじゃなくて失礼だもの。
「……なんで、あの娘が気になるのかな?」
久しぶりの黒制服。
それを堂々と着こなしているけれど、あの子は大丈夫なのかしら?
目立っている。周囲からはみ出す異質な存在。
周りの目を気にせずにあんなにも堂々と。
……かわいいし、かっこいいのね。あの子は。
だから目を引くのかもしれない。
それからはやたらとその子を目で追ってしまう自分がいた。
……駄目ね。さすがにこれは駄目。完全に変な先輩じゃないの。
だというのに……。
「イルマ先輩!」
そんな警戒心もなく……。
「リセアちゃんも行こう!」
しかもお友だちまでちっちゃくてかわいい!
「怒らせちゃったのかな……」
いいえ! 違うわ。それは勘違いよ。
ただ我慢しているだけだから。
我慢我慢。我慢しないと今まで築いてきた理想の姿の私が……。
……誰の理想?
私自身の理想じゃないわよね?
家族の理想。周囲の者たちの理想。そこに私は存在していない。
「リセアちゃん。リセアちゃん」
「シエルちゃん。シエルちゃん」
……ちっちゃい生き物たちが、わちゃわちゃと。
なんて無防備なの。しかもどちらも黒の派閥として学校中から疎まれている?
……私が守らないと!
「くっ……。あ~もう! かわいい!」
だから、これは守るために仕方がないことだから。
ほら、だって私は皆の役に立つイルマ・ヴェント―ルでしょ?
この子たちだけ例外なんてことはないはずよね。
「イルマ先輩。そっちのほうがいいと思います!」
「いいのね? 私は全力であなたをかわいがるけど、本当にいいのね?」
「今ならリセアちゃんもついてきます!」
もういいや。私はいっぱい我慢した。
だから、かわいがられる本人たちが抵抗しないのなら問題ないでしょ?
大丈夫。大丈夫。これはこの子たち以外に見せないから。
こうして私はほんの少しだけ自分をさらけ出すことができるようになった。
そのほんの少しがいけなかったのか、みんなが望んでいない私の顔は学校中にばれそうになっている。
もういいかな? 協奏者の称号なんてゆずっちゃえばいいのよ。そうして私がこの子を補佐すれば、何も変わらないじゃない。
そもそも、協奏者だって望んでなったわけじゃないのだから……。
「イルマ先輩! 大丈夫です! そんなの秘密にするようなことじゃないので!」
でも、そんな声を聞いてしまったら、もういいやと考えるわけにはいかなくなる。
私は風の協奏者。情けない姿を見せて幻滅させるのだとしたら、大したことない実力という情けなさよりも、本当の私という情けなさを選びましょう。
本当の私はみんなが求める私じゃない。だけど、実力だけはしっかりと訓練して身につけた。
これが最後の協奏者としての戦いになるかもしれないけれど、あなたたちの目指す高みとして先を見せられたらそれでいい。
「イルマさん。かわいいの好きなんだ」
「へえ。親しみやすいかも」
「なんかもっと冷たい人かと思ってた」
終わってみれば、本当の私が受け入れられてしまった……。
どうしよう。こんなことがあっていいのかしら?
だけど、きっと大丈夫なんでしょうね。あのかわいい後輩たちはそう言って笑ってくれたのだから。
……あれ?
なんだろう。何を忘れている?
何かをずっと昔に忘れた気がする。何かを封じたような気がする……。
そうして……。
私は自分自身で封じた全てを思い出した。
ああそっか。そうだった。精霊魔法で封じていたのね……。
一つだけ訂正しましょう。
黒の派閥として疎まれているあなたたちを守れない。
いいえ。守らない。
「黒の派閥……。なんとかして解体しなくちゃ」




