第21話 どうか僕を嫌ってください
兄さんはすごい人だった。
精霊使いにとって得意な属性というものはとても重要だ。
それをいかに伸ばし極めるか、それが精霊使いにとっての全てだった。
「まあ、俺には俺に道があるから」
そう言って兄さんは異端の道を歩んだ。
まだ幼い僕はそんな背中を見て、頼もしさを感じたことを覚えている。
周囲の者たちは兄さんは精霊使いとしては大成しないと思っていた。
学校に通うのはあくまでも精霊使いの勉強としてであり、それを極める必要なんてない。
次期王としての知見を深める。ただそれだけなのだから、兄さんに精霊使いの才能がなくても問題ない。
誰もがそう思っていた。
「どうだカリオ、黒い制服だぞ。かっこいいだろ?」
「うん。かっこいい」
自慢げに僕にその姿を見せてくれた。
ただ、そのときの僕はその制服の意味など知らない。
異端の証である黒制服。精霊使いの邪道を自ら誇示する生徒たちの印。
その年の黒制服の数は、例年とは比較にならないほど多かったらしい。
王子である兄さんに取り入ろうとしたのか、あるいはあこがれからか、皆がその服を着るようになった。
「カリオ、また新しい魔法を覚えたぞ!」
「みせて」
土の精霊で地面を揺らす。水の精霊で雨を降らす。火の精霊で爆発を起こす。風の精霊でつむじ風を作る。
どれも小規模であり、その道を究めた者どころか多少優秀な者にも劣る魔法。
だけど、兄さんは帰省のたびに嬉しそうに新たな魔法を見せてくれた。
「思うに、どれか一つの属性に絞って学ぶのはもったいないんじゃないか?」
「もったいない?」
「一つを極めることができないのなら他の精霊の力も借りればいい。そうして器用に立ち回ることで、他の精霊使いよりも結果を残せる道もあるはずだ」
たしかに、それ自体は間違いではない。
現に兄さんは黒の派閥の協奏者と呼ばれる存在にまで上り詰めた。
精霊使いの才能がないと思われていた兄さんが、だ。
同じ派閥の者たちもその姿に勇気づけられ、誰もが従来とは異なる力を求めて研鑽した。
その結果、兄さんの学年の卒業生たちは非常に評価が高く、精霊部隊に入隊できた数は過去最高だった。
モンスターと戦い、場合によっては他国へのけん制とされる戦闘部隊に……。
「危険じゃないの?」
「ああ、危険だ。だが、精霊使いについて学ぶというのなら、実戦の現場も見ておかないと意味がない」
兄さんは、精霊部隊に入隊した。
不安ではあったけれど、入隊直後に戦いに駆り出されることはない。
あくまでも、精霊使いが戦う姿を間近で見るためだけ。そうして見聞を広めるだけのはずだった。
「カリオ。レオンが死んだ……」
父さんから聞かされた言葉に、僕はすぐに反応できなかった。
理解するのに時間がかかる。まるで異国の言葉を聞かされたかのように耳に馴染みはない。
違う。理解を拒んでいたんだろう。それを理解した途端に、兄さんが本当にいなくなるような気がしたから。
「どうして……」
兄さんは精霊部隊でも真面目にしていた。
当然戦うことなどはしていないが、雑務も喜んでこなしていたそうだ。
だけど、前線でモンスターと戦うような現場だ。
何もかもが予定通りになんていくはずもなく、ある日モンスターたちは部隊を襲撃した。
逃げることこそが新入りたちの仕事だ。
戦いは慣れている者たちに任せたらいい。
だけど、戦える者がいつもその場にいるとは限らない。
モンスターたちは、離れた場所にいた兄さんの友人たちを襲ったそうだ。
それを助けにいった。
規則を破って仲間を助けにいった。
半端な力でモンスターに戦いを挑み、仲間を救った代償に自身の命を落とした。
だけど、それはある種の美談という結果には落ち着かず、兄さんは糾弾された。
なんてことはない。
そのときの戦闘部隊にも膿は存在していたというだけだ。
上に取り入って実力も伴わずに役職を得た者が、適当な仕事をした結果部隊を危険にさらした。
その男のせいで部隊は大いに混乱し、モンスター相手に大きな被害を出してしまった。
そして、生き残ったそいつが全ては規則を破った兄さんの責任だと主張した。
半端な力しか持たず規則を無視する問題児が、精霊部隊を壊滅の危機に追い込んだのだと。
よくもまあ、王子をそんなふうに言えるものだ。
信じた者はほとんどいない。だけど、全員が信じなかったわけではない。
兄さんの話題はいまだに禁じられている。誰もが話そうともしない。
「だから、規則は守らないといけなかったんだ」
異端でいてはいけない。
付け入る隙を与えてはならない。
規則は守り、必要であれば風習も守るべきだ。
無用な混乱など招いてはならない。僕は国のためにそういう人物になるべきなのだから。
――私はお兄さんはすごい人だと思います!
……君は本当にまぶしい。
僕でさえ、兄の話題を口にすることは躊躇してしまうのに。
あんなに裏表のない表情で態度で、兄を肯定できる君がうらやましい。
そして、それはカリオ・エルディンとして感謝している。
だけど、この国の王子としては話は別だよ。
「問題児、だからね」
兄さんと同じことになる。
彼女を失ってはいけない。
兄さんという前例があるのに、同じことを繰り返してはならない。
それでは、本当に兄さんの死が何の意味もなかったことになってしまう。
「うん。やっぱり嫌わないとね」
共にモンスターを撃退した……というよりは、僕が生徒を守っている間に彼女が撃退してくれた。
あのとき、不覚にも僕の気分は高揚してしまったんだ。
あれではいけない。彼女に可能性を見出してはならない。
すべて規則通りに。まずはその大前提があってこそだ。
だから、学校内に不要な混乱を招く彼女を認めてはならない。嫌わなければならない。
それが彼女のため……違うな。僕のわがままなのだから。
「カリオせんぱ~い! 今日は仲良くなるために私に指導してみませんか!」
「……」
嫌っていますという態度をとっているはずなんだけどなあ。
というか、そもそも何度も口にして嫌っているとも言ったはず。
なのに、一向に僕に嫌悪感を見せてこないのはやはり無防備すぎる。
「どうしました~? 無言の肯定ですか~? ……はっ、まさか無言の皇帝という王子様ギャグ!」
「王子であって皇帝ではないから」
「ですよね~」
「とにかく、その制服の生徒に教えることはないから。僕に指導されたかったら色を変えることだね」
「むしろそっちの色を取り込んで、全部黒く染めてやるってもんですよ!」
そうかい。ならこれだけはわかる。
君がその色を着続ける限り、僕は君のことが嫌いだってね。
兄さんは無理だった。だけど、君のことだけは救ってみせよう。
だから……。
黒の派閥なんて絶対に解体する。
あとは、ヴィルタでもトゥリでも好きな派閥に入るといいよ。




