第16話 これが私の好きな人たち
私にはお兄ちゃんがいる。
お兄ちゃんはとてもやさしい。周りの人間は才能がどうとかくだらないことを言うけれど、妹の私にこんなにもやさしくしてくれる。
だけど、その声は放っておいても止まなかった。
「トゥリちゃん。お兄さんよりすごいよね」
すごくない。
精霊使いとしての才能だけ見ているくせに。
私やお兄ちゃんのことなんて見ていないくせに。
「でもよかったね。お兄さんがすごくないおかげで、トゥリちゃんは将来家を継げるんでしょ」
そんなこと望んでいない。
どうして私が思ってもいないことを、まるでそう思っているかのように言いふらすの?
嫌になる。何もかもが嫌になる。精霊使いとしての才能なんて……。
そんなことを考えることすら嫌だった。私には才能がある。お兄ちゃんにはない。
なのに、この才能がいらないとかこの才能のせいで不幸だとか、お兄ちゃんに対するあてつけみたいになるのが嫌。
「妹はかわいいし才能もあるのね。出来損ないの兄と違って」
子供以上に大人は容赦がない。
私の家が名門だとかいっても、それを笠に着て横暴な態度をとったり誰かを処罰したりしない。
私の家族はやさしい。だからだろう。だからこんなふうに私の家族の悪口を平然と言い放つんだ。
「お兄ちゃんは平気なの?」
「気にしてないよ。これが逆だったほうがむしろ辛いかな。トゥリの悪口なんて聞きたくないし」
「じゃあ私も同じ……。お兄ちゃんの悪口、聞きたくない」
「そっか。ごめんな……」
悪くない。お兄ちゃんは何も悪くないのに。
どうして周りの人の無責任な言葉で、私たちがこんな目に遭わないといけないの?
「トゥリさん、どこにいくんですか?」
大きくなるにつれて、トゥリちゃんからトゥリさんに、ため口から敬語へと変わっていく。
何も知らない子供から、多少は物事を知っている子供に成長したってことなのかもしれない。
だけど、家族への嫌な言葉だけが消えてくれない。
「トゥリさん、まだあんな兄の相手してあげているんですか?」
「トゥリさんはやさしいですね」
全然嬉しくない。
やさしいという言葉がここまでおぞましく感じたのは初めて。
これが毎日続く。毎日大好きな家族の悪口を言われる。
だから、私もいよいよ我慢できなくなった。
「うるさい」
精霊使いとして、無様な兄と違うところを見せてほしい。
そんな無邪気で邪悪なお願いに私はいよいよ堪えられなくなった。
見せてあげる。あなたが見たがっていたのはこれだよ。
私は怒りの感情を上乗せするように、今できるありったけの力で精霊を召喚した。
「ご、ごめんなさい」
さすがに嫌なやつに攻撃はしていない。
そんなことをすれば、それこそ家族に迷惑をかけるから。
だけど、精霊と一緒に怒るというのはなかなか効果があったらしい。
「トゥリさん……。やばいな」
「あれが精霊使いの上澄みの力……」
そっか。ただの子供が嫌なことを嫌というだけじゃ意味がないんだ。
だけど、それが力を持った子供だというのなら話は別。
私は精霊使いとして強くなればいいんだ。そうすれば嫌な声は全部黙らせることができる。
こうして誰も私に逆らえなくなる。
そうして私は精霊使いとして猛勉強した。
遊ばない。遊んでも楽しくないし嫌な言葉ばかりが聞こえるから。
お兄ちゃんと一緒にいることも我慢する。今の私たちが一緒にいても大人たちはすぐに馬鹿にする。
だけど私がすごい精霊使いになれば、少なくとも真正面から嫌な言葉を投げかけられなくなるから。
「トゥリ、勉強ばかりじゃ疲れるでしょ。たまには出かけない?」
「いい。私はすごい精霊使いになるから」
そして堂々とお兄ちゃんと一緒にいるから。
だけど、いつの間にか目的と手段が入れ替わっていたのかもしれない。
私に断られたお兄ちゃんは、少しさみしそうに笑っていた。
幸い精霊使いの勉強は嫌いじゃない。
だからこれは全然苦じゃない。でも時間は足りない。
ずっとがむしゃらに勉強する。そのたびに周りのわずらわしい声は私に怖気づくようになっていく。
その中に……お兄ちゃんも含まれているだなんて、なんで気付けなかったんだろう。
「トゥリさん、さすがだよな……。精霊使いとして磨き上げること以外まったく興味がなさそうだ」
「ええ。あれが選ばれた存在なんでしょうね。前は落ちこぼれの兄と一緒にいてあげたみたいだけど、やっと見放してくれたのに」
ちがう……。なんで……。いつからこうなった?
お兄ちゃんと話す回数が減った。行動することがなくなった。顔を見ることすら少なくなっていく。
なんでなんでなんで?
気づけばもう取り返しがつかなくなっていた。
私には……精霊使いとして自己研鑽する以外なにもなくなった。
大丈夫。私がすごい精霊使いになれば、私の家はきっと今以上に名門って言われるから。
そうすれば、家族はもっと幸せになるはずだから……。
「話は聞いている。神童トゥリ・エヴァリス、炎の精霊使い同士勝負を挑む」
「意味が分からない」
「この学校のことは知っているか?」
「あらかた聞いている」
「なら協奏者のことも知っているな? 俺が炎の派閥の協奏者だ」
そんなことを言われても、やっぱり私には興味がわかなかった。
この学校の生徒の頂点の一人だと言われても、別にどうでもいい。
「炎の派閥に限らないがここは実力主義だ。こうして対面してわかったが、俺はお前に勝てない。なら、ここで俺を倒して周囲の者に力を見せるといい。そうすれば、お前が協奏者となったときに歯向かう者はいなくなるだろう」
「興味ない……」
「お前に興味がなくとも、派閥の者たちは力ある者を放っておかない。他の派閥に対抗するためにな」
本当にめんどうくさい。
負けるとわかっていて挑んできている。それも、私のためだと言う。
私はこんなことのために精霊使いになったんだろうか。
この先輩のほうがよほど派閥とやらを大切にしているのに、そこに属する者たちはそれを知ろうともしない。
私があっけなく勝負に勝つと、その先輩をこれまで慕っていたであろう生徒たちが手の平を返す。
……気持ち悪い。
――私は黒の派閥になります!
最初は馬鹿だと思った。
私は面倒ごとが嫌だから炎の派閥に入ることにしたというのに、その子は黒い制服を着続けた。
周りの人間の悪意は私やお兄ちゃんへの比ではない。
直接的な嫌がらせすらされているというのに、あなたはなんでそんなに平然としていられるの?
――山育ちだからね!
いや、これは絶対違う。
山はそんなとんでもない人を育てるための場所じゃない。
ただ、彼女はまぶしかった。どんな悪意にも負けず、常に自分の意思を貫き続けている。
――ヴィルタさん先輩はやさしいよ?
知ってる。私が一番よく知っている。
だけど周りは誰一人としてわかってくれなかった。
でも、この子は違う。私の大好きなお兄ちゃんのことを褒めてくれる。
よかった……。この子がいれば、お兄ちゃんはさみしくない。
――あれ、トゥリちゃん。ヴィルタさん先輩と話さないの?
私はもうきっと駄目だから。
どこかで間違えちゃった。だから、あの頃のようにお兄ちゃんと仲良くすることなんて……。
――ヴィルタさん先輩、トゥリちゃんのこと今も好きだと思うんだけど!
そんなはずは……。
でも、シエルはこんな人を傷つける嘘をつく子じゃない。
確かめたい。でも怖い。これ以上傷つけたくない。本当は自分が傷つくのが怖い。
私は……なんて卑怯なんだろう。
だけど、その日お兄ちゃんが久しぶりに話しかけてくれた。
自分たちは間違っていた。すれ違ってしまっていた、と。
本当だった……。
お兄ちゃんは、私を嫌っていなかった。
――お、今日はお二人仲良く一緒だねえ。
そう。私たちは仲良し兄妹。
あなたのおかげでそういう関係に戻れた。
私はお兄ちゃんが好き。そして、そう言ったら嬉しそうに笑って肯定してくれるあなたも好き。
私たちが小さいころにあなたと出会えたらよかったのに。
というのはさすがに望みすぎかな? 大丈夫。こうして出会えたんだから、遅かったなんてことはない。
だから――絶対に黒の派閥なんてなくしてみせる。




