第11話 君はもういない
エヴァリス家は炎の精霊使いの名門だ。
ヴィルタ・エヴァリスは、その由緒正しき名門な家柄の長男として生まれた。
名門といえど、常にエリートが生まれ続けたということはない。
長い歴史の中では、俺みたいな落ちこぼれも生まれるわけだ。
「何、落ち込むことはないよ。ヴィルタ」
「そうよ。別に精霊使いだけが人生じゃないんだから」
先に言っておこう。
俺は才能がないからと冷遇されたなんてことはない。
父と母は間違いなく俺を愛してくれたし、家族仲は良好そのものだった。
「ヴィルタ様! 精霊使いのお手本を見せてください!」
「馬鹿やめとけって!」
「え、なんで?」
子供同士の付き合いというものがある。
これでも名門の出ではあるが、そんなことを気にしない気の合う友人という存在を見つけるためのかけがえのない期間だ。
だが、俺の境遇は様々な歯車が見事にかみ合った結果、なかなかどうして大変なことになってしまった。
なんの打算も下心もなく俺を慕ってくれる友人になりそうだった者たちは、俺という存在にどう接するべきかわからなくなったんだろう。
名門出ということで精霊使いとしての実力を見せてもらい、そこから話題を拡げて仲良くなる。
それが彼らなりのコミュニケーションの取り方だったように思える。
しかし、その一歩目は台無しにされた。名門のくせに落ちこぼれの長男のせいで。
「す、すみません。僕、知らなくて……」
「別にいいよ。気にしないで」
「す、すみません!」
さらに最悪だったことに、その男は人相が悪い。
父親に似て将来はかっこよくなる、と母は言ってくれた。
母親に似て美しい美丈夫になる、と父は言ってくれた。
だが、どうにも目つきが悪い。声変わりしたらいずれ声も低くなり威圧感も増すだろう。
「ヴィルタ様に精霊の話したら駄目だよ?」
「きっといい気分じゃないんだよ。だって、機嫌が悪そうにしているから」
彼らは俺に気遣ってくれたんだろう。
あるいはあの心地悪い体験を他の子にもさせたくなかったのだろう。
かくして子供同士の噂はどんどん広まっていく。
そんな噂が大人の耳に入るのに時間はかからなかった。
「ああ、あの落ちこぼれの子」
「それにいつも不機嫌そうにしていて、あまりうちの子を関わらせたくないわね」
困ったものだ。
全て自分で蒔いた種なので受け入れるしかない。
こうして俺は孤立した。家族や使用人たちにはよくしてもらっているが、落ちこぼれなのには変わりない。
だから、精霊使いとしてなんとか大成できるよう学び続けた。
「なるほど。ヴィルタは水の精霊との相性がいいんだね」
「……ごめんなさい。炎の精霊との相性が悪くて」
「謝る必要なんてないよ。精霊の属性に良し悪しなんてない。それにヴィルタが努力した結果じゃないか。よくがんばったね」
精霊使いとして、最低限のことはできるようになった。
他の子どもたちならとうに立っている位置に、俺もようやく立つことができたわけだ。
だが、出力は足りない。魔力を込めるのも実体化させるのもへたくそだ。
それも残念なことに才能があまりにもなかった。ここを伸ばすのは無理だと子供心にわかるほどには。
だから、俺はその先に全てを賭けることにした。
実体化後の精霊制御。その効率化をとことん追求する。
そんな努力を続けてきたある日。妹が生まれた。
「ヴィルタ。君もお兄ちゃんになるんだよ」
「ほら、トゥリっていうの。かわいいでしょ?」
たしかにかわいい。俺にとって守るべき存在に違いない。
それは本心だ。今も昔もその思いが変わったことなどない。
「トゥリ様。すごい……」
「これが名門の精霊使いの本当の力……」
そう、妹には才能があった。
俺なんかと違って、エヴァリス家にふさわしい精霊使いとしての実力があった。
かつて俺と仲良くなろうとしていた子供たちは、エヴァリス家の真の実力を目にして感嘆の声をあげる。
その視線が俺の方を向いたときの彼ら彼女らのなんと心地悪そうなことか。
「す、すみません……」
「気にしないでいいよ。俺の妹はすごいから」
この分だと、この家を継ぐのは妹なんだろうな。
別にそれでかまわない。俺は俺で自分にできることをするだけだから。
「かわいそうね。見た目も才能も妹に全部もっていかれちゃって」
「いつも機嫌悪そうにしているけれど、あれだけの差があったらしょうがないわよねえ」
「ただ、それで変な因縁とかつけられたくないし、やっぱり関わるべきじゃなわよ」
……まあ、いいさ。
精霊使いとして学ぶことに時間を費やした結果だ。
だから、友人関係の構築を疎かにした罰として甘んじて受け入れよう。
ただ、困っていることがあるとしたら一つだけ。
トゥリも、俺にどう接すればいいかわからないらしい。
そりゃあそうだろうな。早く生まれただけで才能が劣った兄。そんなの疎ましい存在だろう。
面倒を見る時間が減った。
それが邪魔だったことを証明するかのように、トゥリはその途端にみるみると成長していく。
精霊使いとして、すでに俺なんかとは比べ物にならないほどに。
……なんだ。
俺は単に妹の邪魔をしていただけだったのか。
それがわかるとあとは早かった。トゥリとの会話が減った。接する機会が減った。
兄と妹ではあるものの、もはや他人のような存在に思えた。
――ヴィルタさん先輩のやさしさは、近くにいればすぐにわかりますので!
その変な後輩の面倒を見たのは気まぐれからか。
あるいは、妹と同じ年ごろなのに落ちこぼれ扱いされていたから、妹の代わりに思ったか。
さて、今となってはもう覚えていない。
――え~。こんなに面倒見がいいじゃないですか。周りの人たちの見る目がない……。よしっ! ちょっと実力行使してきます!
その子は妹と違ってアホだった。
悪いアホじゃなくて、こちらの重い空気を消し飛ばすアホだ。
その後輩がアホだというのなら、俺はとんだバカだった。
――トゥリちゃんのお兄ちゃんだったんですか!? え、あまり話してない? もったいない!
俺が邪魔になっている。そう思っていたのだけど……なんてことはない、俺がただ卑屈なバカだったというだけだ。
その後輩がきっかけで、俺はトゥリと久しぶりに話した。
ぎこちなくも懐かしい。向こうもそう思ってくれたのか、俺たちはすぐに昔のように戻れた。
「かわいそうにねえ。長男なのに、妹に全て負けるなんて」
「本当にかわいそう。きっと妹なんて生まれなければと思っていることでしょう」
違う。
何もわかっていないんだな。周りが勝手に俺のことを決めるな。
たしかに俺はトゥリの兄としてなんとも情けない存在だ。
だけど、トゥリが生まれなければいいなんて、一度も考えたことはない。
――だって、トゥリちゃんの名前を呼ぶ時のヴィルタさん先輩の目、やさしそうですよ?
そう。俺は妹のことを大切にしているんだ。
才能で劣っていようと関係ない。俺はあいつの兄だから。
だから、そんな当たり前のことに気付かせてくれた後輩には感謝している。
「……だから、絶対になんとかしてみせる」
黒の派閥か……。悪いがそれを守ることはできない。
だから、せめて水の派閥に移ってもらう。あるいはトゥリがいる炎の派閥に。
この学校で黒の派閥だなんて、長続きするはずがないんだから。
俺にできるせめてもの恩返しは、彼女の身を守るために彼女の信念を曲げることだけ……。
ほんと、力不足は昔から変わらない。自己嫌悪にもいい加減飽きた。
それでも、シエルを黒から切り離す。




