第10話 七十五日はとうに過ぎ
「トゥリちゃんのお兄ちゃんだったんですか!?」
「そうだけど? 何、急に」
しれっとそう返すヴィルタさん先輩。
あれ、もしかしてみんな知ってたの? 知らないの私だけ?
「……私、田舎育ちなもので!」
そうそう、きっとこれが原因。
そもそもこの学校の制服の噂すら知らなかったし、二人が兄妹だと知らなかったのも立地の問題とみたね!
「ああ、そうだったっけ」
「そうなのです」
「まあ、それなりに有名だから。俺たち」
「それはやっぱり協奏者だからですか?」
兄妹揃って協奏者だなんて、これはちょっとすごいことなんじゃない?
それだけ優秀な兄妹ってことは、もしかしたら名門の精霊使いの出なのかもしれない。
そうでなくとも優秀な血を継いでいるんじゃないかなあ。
「優秀でかわいい妹と力はあるけれど悪人面の兄。対称的だろ?」
「え~。ヴィルタさん先輩、自分の顔の良さ自覚していないんですかあ? そもそも対称的というか言われてみればそっくりじゃないですか」
「……は? どこがだよ」
「マイペースで猫みたいなところです」
「……」
わりと独特で自分の間を大切にするタイプだよね。
トゥリちゃんもそうだし、これもそういう血を継いだのが原因とみた!
そして美形兄妹……。なるほど、どうやら優秀な血というやつだね。
「あんた、本当に面白いこと言うな」
「あれ、猫嫌いでした?」
「いや? けっこう好きだね」
でしょうね。それはもう最初の印象から知っていますとも。
濡れた猫に優しくする系の猫系の先輩。それがヴィルタさん先輩なのだ。
つまり……ボス猫?
「ほんと、変な後輩」
「数少ない黒ですからね!」
「数少ないというか、ただ一人の黒だろ」
「いいえ! 実はすでに仲間が一人います。なので二人のうちの一人の黒です」
なので今は絶賛二人ぼっちなのだ。
とはいえ、ヴィルタさん先輩やトゥリちゃんもいる。
リセアちゃんのほうも仲のいい相手はいるみたいだし、意外となんとかなるもんだね。
「あれ、そうなんだ。そんなもの好きもいるんだな」
「ええ、リセアちゃんです」
「……へえ」
興味なさそう。
ま、そうだよね。この学校の生徒って自分の派閥以外のこと、あまり知ろうとしていないし。
ただ、リセアちゃんも黒の派閥である以上は水の派閥で学ぶこともある。
そのときにまた紹介して覚えてもらえばいいや。
「というわけで、黒の派閥は順調です。後の黒の派閥協奏者である私にまた精霊の扱い方教えてください!」
「そのリセアって子もそうだけど、あんたも相当もの好きだよな。わざわざ俺なんかに習いたいだなんて」
「わかりやすいので!」
そう言うと、ヴィルタさん先輩はわずかに微笑んだ。
うん、やっぱり顔がいい。とてもいい。
怖そうに見えるけれど中身はやさしい先輩だね。
ただし、指導はわりと厳しい。今日こそしっかりとものにしてみせよう!
「ぐええ……」
なんて意気込みをあざ笑うかのように、精霊の力の制御というのは難しい。
というか、一人思い切り笑っているけどね! あざ笑うというかケラケラと笑ってるね! 精霊くんが。
『無駄なことしないで長所を伸ばせばいいのにね~』
無駄ってことはないでしょうが!
そりゃあ精霊くんが補助してくれたら問題は解決だけど、私一人で精霊を自由に操れるというのは魅力的なことだよ。
『シエルは魔力の出力がすごいんだから、そこだけできればいいと思うんだよねぇ』
首を左右にふる。
今まではそれでもよかった。でもせっかくこうやって教えてもらえているのだから、ある程度の成果は得たいじゃない。
「大丈夫? 疲れたなら休む?」
そんな様子で勘違いさせてしまったのか、ヴィルタさん先輩が尋ねてくる。
ほんと、よく私のことを見てくれているよねえ。
こうして気を利かせてくれているのだから、面倒見がいい先輩にしか見えない。
ただ、勘違いとはいえその提案には賛成させてもらおう。さすがにもう疲れてきたからね!
「休ませてくださ~い……」
「いいよ。がんばったもんね。焦らず休むことも必要だよ」
ほら、やさしい!
厳しいけれどやさしくもあるのだ。
周りの人はそれがわかっていないということは、ヴィルタさん先輩の噂とやらが関係しているのかな?
……ま、いっか。噂とか気にしないし、今こうして話しているヴィルタさん先輩を知っていればそれでいい。
「聞かないの? 俺がどんな噂をされているかって?」
「気にしないので!」
「ははっ。変なやつ」
甘いね! 変な自覚は十分すぎるほどあるから、その程度の言葉は私には効かない!
「じゃあ、俺が勝手に話すから聞いてくれる?」
「それならぜひ!」
ただ、本人が話してくれるというのなら話は別。
その噂とやらを聞かせてもらおうじゃないの。
「ま、よくある話だよ。親が優秀で子供も期待された。だけど子供はその才能を継いでなかった」
その子供っていうのがヴィルタさん先輩ってことかな。
あれ、でもヴィルタさん先輩って水の協奏者だよね。十分優秀なのでは?
「親が優秀な分、子供ができそこないなんて噂はすぐに広まった。そこに出来の良い妹なんて生まれたら余計にね」
「トゥリちゃんですか」
「そう。あいつは俺と違ってとにかく優秀でね。魔力も実体化の精度も高く、精霊使役の技術さえ持ち合わせている」
「やっぱりトゥリちゃんすごいですよねえ」
「ああ、本当にすごいんだよ。あいつは」
さすがは入学初日で炎の協奏者を蹴散らした生徒だ。
私のほうが出力は上なんて言ってたけど、実はそんなことないんじゃないかなあ。
「ついでに俺はこんな見た目だ。生意気、悪人、怖い、まあいい印象はもたれないよな」
目つきは悪い。
でも、ヴィルタさん先輩が穏やかな人ってことは、こうして話せばすぐにわかるんだけどなあ。
「妹は見た目もかわいらしいからな。精霊使役の才能も劣り見た目にも明確な格差がある。そりゃあ世間は面白がって、できそこないとも言うさ」
「無責任なもんですねえ」
「どうかな? 実際俺自身、トゥリに劣っている自覚はあるよ。だからずっと劣等感から良好な関係を築けなかったんだし」
「でも、今は違うんですよね?」
「……へえ? どうしてそう思うわけ?」
そんなのあまりにも簡単だね!
精霊を制御するよりも簡単な質問だよ。
「ヴィルタさん先輩、トゥリちゃんの名前を呼ぶとき優しそうな顔をしてますからね!」
「……俺、人相悪いって言われるけど?」
「甘いですね! 私くらいになると心の中を見て、人相に反映する技術があるのです!」
「なんだよ。そのとんでもない技術……」
でも、実際のところそんなもんだよ。
ヴィルタさん先輩はやさしい。だからこそ、その声や表情のわずかな変化にもやさしい雰囲気が含まれている。
うわべだけ見ている人にはそれが伝わらないのさ!
「ともかく! ヴィルタさん先輩はやさしくていい人ですごい先輩なのです! ……なんで勘違いされるんでしょうねえ?」
「人の悪意なんて無責任なものだよ。ただなんとなく話した。少しだけ盛り上がろうとした。そんな程度で悪評なんてどんどん広まるものさ」
「でもなあ……。本人を見ればわかると思うんですけどね。そんな悪評なんて嘘っぱちだって!」
「その悪評を信じた人たちは、そもそもあまり深く関わりたくないんでしょ。そんなものさ」
納得いかないなあ!
これだから人の悪意ってやつは! 黒い制服を着ているだけで、このざまだしそれは重々承知しているけどね!
「まあ、そういうわけで俺の周囲は敵だらけになっていた。だけど俺もがんばらないといけない理由があってね。こうしてなんとか精霊制御の技術だけを磨いて協奏者になってってわけ」
「すごいですね!」
「そうすると周りは今までの態度もあったから、余計に関わりたくなくなった。それが今の俺の状況ってこと」
ふむ……。
「なら一年生を味方につけちゃいましょう!」
「一年を……?」
「今までの態度と無関係な一年生なら、私みたいに本当のヴィルタさん先輩を見ると思いますよ!」
「……そっか。やっぱり」
ん? やっぱり何? なんか変なこと言ったかな。私。
「どうしました? 変な提案でした?」
「いや、いい提案だね。ただ今回は遠慮しておくよ」
「え~! 諦めちゃ駄目ですよ~!」
「今の俺はそれよりも大切なことがあるからね。でも提案は感謝するよ。ありがとう」
う~ん。駄目かあ。
こうなったら私の友達を紹介……できれば良かったんだけどねえ。
なんなら私が置かれた状況のほうが、ヴィルタさん先輩よりも孤立している気がするし!
仕方ない。こうなったら、やはり全校生徒黒化計画を進めるしかない。
そうして全てを黒の派閥にしてしまって、黒の協奏者の命令でヴィルタさん先輩への先入観を取っ払うのだ!
「よ~し! 私も目標ができたので、これからもっとがんばりますよ~!」
「いいよ、がんばりすぎないで。あんまり無茶しないようにね」
「はい!」
そんなありがたい助言もいただいたので、私はその後もヴィルタさん先輩と無理せず確実に精霊を制御するのだった。
心なしか昨日よりも濡れた面積が狭くなった気がする!




