ムチムチ超能力少女
「うふふ……おはよう、ございます」
「……え?」
急に意識が飛んで、気がついたら僕の上に見たことのある女子が馬乗りになっていた。昨日、図書館で会った黒永さんだ。息を荒げ、ちらちらと下着が見えるその扇情的な姿は、あの時の彼女とはまるで別人だった。
「えちょ、なにこれ……? なんで手錠?」
上から退いて貰おうと手を動かすと、ガチャンッという音が辺りに響いた。視線を上に向けると、手錠で僕の腕は完全に固定されていた。
「蓮さんが……悪いんですよ?」
「な、何がですか……?」
「私、今日も図書館で貴方を待っていようと思ったのに……なのに、貴方はあんな軽薄そうなチビと仲良さげに、どこかに行ってしまったじゃないですか」
淡々と、一切言葉に詰まること無く彼女は自らの心情を溢れさせる。黒髪のカーテンから覗く双眸は光が無く、ただ淀んでいた。
「ファミレスに入ってからも、見せつけるみたいに楽しげで……しかも、途中からまた違う女の子を引っかけてましたよね? そんなの、許せる訳ありませんよ」
「え、えっと……別に口説いた訳じゃ無くて……」
「どうして? 蓮さんは、私だから優しくしてくれたんじゃ無くて、女の子だったら誰にでもそういうことするんですか?」
一体どうして、彼女がこんなに怒っているのか。そもそも、ここは一体何処で、どうやって僕をここまで運んだのか。数々の疑問点が僕の頭を混乱させる。すると、そんな僕をじっと見つめていた黒永さんが、にたりと笑った。
「うふふっ……ちょっと、困らせちゃいましたね。大丈夫ですよ? ちゃんと、一から十まで。隅々まで私のことを教えてあげますから」
まるで、僕の考えが分かっている様なその口ぶり。なるほど、全て合点が行った。彼女の属性、それは……
「私、ちょっと不思議な力があるんです。貴方の考えていることが分かったり……頭で思ったところに一瞬で行けちゃったり、そういう事が出来るんです」
超能力者。彼女もまた、るなや羽崎さんの様に見たことも無い属性をしている。瞬間移動に読心術、いずれも特異な能力だ。
「あぁ、また私以外のこと考えた」
「うむぅう!?」
一瞬で意識が彼女に引っ張られる。これまでに無いくらい接近した彼女の顔は、僕の口を物理的に封じていた。簡潔に言えば、頭を掴まれた状態でキスをされた。
熱い口づけは、息が切れる直前まで続いた。口内を蹂躙する、湿った舌が引き抜かれると同時に、新鮮な酸素が肺に入り込む。咽せる僕を見て黒永さんは、その口元を三日月に歪めた。
「あはぁ……! 蓮さんとキス、しちゃいました……! くふふ、苦しそうな貴方も可愛くて好きですよぉ……!」
ヤバい。彼女がヤンデレ属性を持っているのは知っていたが、既にマークされていたなんて。あの図書館での出来事、たったあれだけでこんな風になったのか?
「貴方にとっては、その程度だったかもしれません。ですが、私にとっては狂ってしまうくらい、大切で大事な事だったんですよ?」
「そ、その……! こういうのは段階を踏むべきで、出来ればお友達から始めていきたいなと思うんですけど……!」
「必要ありませんよ? 貴方と私は運命の赤い糸で結ばれているんですから。もう私以外見ないで? 今日から一緒に暮らしましょう? これから一生、私のことを愛して?」
「いやいや! 僕にも僕の生活があるし、それにこのままじゃ誘拐になっちゃうって!」
いくら何でもステップを吹っ飛ばし過ぎだろう。だが、きっぱりと断ってしまえばどうなるか分からない。ならば、きちんと正常な順路に戻してあげれば良いのだ。そうする意外に、僕が助かる道は無い。
「どうして? 私のことを受け入れてくれるならそれで、私が嫌なら拒めば良いでしょ? そこに順路も、ステップも、助かる道も必要ありません」
「ちなみに……断ったら、どうなるの?」
「うふふ……そんなの、決まってるじゃ無いですかぁ」
薄暗い部屋の中で、黒永さんの手元がキラリと輝いた。その瞬間、ズボッと僕の頭の横に何かが突き立てられる。ベッドの上に突き刺さったそれは、包丁だった。
「これで貴方を分解して、私だけの蓮さんにします。私の体の中で、一生一緒にいましょうね?」
「うっ……!?」
思わず悲鳴が漏れ出る。嘘や冗談では無く、黒永綴はそれをやってしまうだろう。彼女が放つその全てが、こいつは超えてはいけない一線を易々と越えると確信させている。
僕が恐怖していると、彼女は僕の頬を撫でながらぽつりと語り始めた。
「私ね? こんな風だから、昔から友達が全然出来なかったんです。心の声と肉声の声が混じって、ワンテンポ会話が遅れるし、聞きたくも無い本音を無理矢理聞かされるので……何度もこの力を恨みましたよ」
それは、彼女の独白。これまで歩んできた彼女の、苦痛や絶望の一片だ。
「両親もこんな私を気味悪がって、いつも壁を感じていました。中学生の時からこんな狭い部屋で一人暮らしをして、ずっと寂しかった。高校生になったところで、それは変わらないと思ってました。そんな時だったんです、貴方が現れたのは」
蓄積され、貯まりに貯まった彼女の苦悩は、少し聞いただけでも重苦しい。変わらないはずの表情が、叫んでいる様にも見えた。だが、そんな表情が終わりの言葉を最後に消え失せた。
「入学式の時、貴方だけが私をきちんと見てくれました。貴方だけが私を応援してくれました。それがどれほど嬉しくて、幸せなことだったか。あの後の図書館でも私を助けてくれて、私のことを褒めてくれて……凄く、嬉しかったんです」
頬を赤く染め、その声色は弾み、楽しそうに僕との出会いを話す。たった、あれだけ。でも、それだけが彼女の救いだったのだ。そう思うと、なんだか無性に悲しくなってきた。
「なのに……なのになのに! 蓮さんの優しさは私だけのじゃなかった! 誰にでも分け与えられる、その程度のものだった! そんなの嫌です! 貴方の優しさは、私だけのものなんです! 誰にも絶対、渡しません!」
それは怒りか、それとも嘆きなのか。僕には分からない。だが、一つ確かなのは、今の彼女は平常ではないということだ。
だから、僕がするべき事は一つだけだ。
「分かってくれましたか? 貴方の優しさが欲しいんです、貴方の全てを、私だけのものにしたいんです」
「そっか……黒永さん。だったらひとつ、お願いがあるんだ」
「何です?」
「手錠、外してくれないかな」
黒永さんは少し、怪訝な顔をした。きっと、僕が逃げ出すのでは無いかと心配しているのだろう。安心して欲しい。こんな美少女に求められて、逃げ帰るほど日和ってはいない。
「大丈夫、逃げたりしないよ。それに、黒永さんならすぐに追いつけるでしょ?」
「……それもそうですね。良いでしょう、外してあげます」
「うん、ありがと」
手錠が外される。僕はそのまま、自由になった両手を使って起き上がり、黒永さんを抱きしめた。出来る限り全てを包み込むように、全身を使って彼女を包み込む。
「……へ? あえ、な?」
「大丈夫だよ。心配しないで」
「ぇう……」
短い悲鳴と共に、彼女は何も言わなくなった。僕はその間、彼女の背中をずっとさすり続ける。これが僕の作戦。好意爆下げ幻滅大作戦だ。
正直、今の黒永さんはヤバい。その好意も、明らかに膨らみすぎだ。だから、必要なのは理性的な判断だ。彼女はあまりにも僕を美化し過ぎている。
だから僕は脳内を欲望を全開にする。するとどうだろう、僕が『変態異常者』であることは明白となる。
果たして、彼女はその時、僕のことを好いたままで居られるだろうか? 答えはノーだ。おのずと、彼女の方から僕をクーリングオフすることだろう。
さぁ、黒永さん! 僕の心を読め! 僕は君の身体の色んなところを味わう、ただの変態だぞ! さっさと突き飛ばしてビンタの一つでもしてしまえ!!!
しかし、予想とは反して、彼女は僕の方に抱きしめ返してきた。え、なんで? 普通、急にハグされたら引かない? 僕の頭ん中、黒永さんのエロい妄想でいっぱいなんだけど。
「……ばか。ばかばか、ばーか」
「酷い……!? いや、馬鹿なのは事実なんだけどさ!」
「そんなことで、私が幻滅するとでも思ったんですか?」
彼女はぎゅうっと、その力を強めると、僕の耳元で囁いた。熱っぽいその吐息はむず痒いやら心地いいやら、感情の大渋滞を起こしていた。
「良いんですよ……♡ 貴女が私を見てくれるなら、そういう妄想を現実にしても」
「へぇ……!? マジっすか!?」
「うふふ……♡ まじです」
つまりは、あんなことやこんなことをしても良いと!? 最高か!?
「じゃあ、僕と──」
その欲望を口にしようとした瞬間、思った。果たして、これで良いのだろうかと。
確かに、彼女は僕の些細な点を見て、チョロいとは思うが、好きになってくれたのだろう。
だが、僕はどうだ? 降って湧いたこの好機に甘え、僕は何もしていない。そんなことが、許されて良いのか?
答えは、否である。複数属性持ちであり、間違いなく美少女である黒永さんと、ただの『変態異常者』である僕とでは、釣り合いが取れない。
「そんなこと、私は気にしませんが?」
「いや、駄目だ。やっぱり少し待って欲しい」
「……そんなことを言って、私から逃げたいだけじゃ──ご、ごめんなさい。本気なのは分かりましたから」
こんなに涙を堪えたのは、後輩に死ぬほど煽られた時以来だ。僕は顔を拭い、深呼吸をしてから、彼女に向き直った。
「黒永さん。告白ありがとう。すごく、嬉しかったよ」
「……はい」
「でも、僕は黒永さんのこと、何にも知らない。そんな状態で中途半端に、返事を出したくないんだ」
もっと黒永さんの可愛いところ、意外なところ、エロいところを知ってから、その上で答えを出したい。それが、彼女の気持ちに対する誠意だと思うから。
「だから……返事は、保留にさせてほしい」
「分かりました。ですが、前向きに検討してくださるのですね?」
「それは勿論。君のことを、どうかもっと教えて欲しい」
僕がそう言うと、彼女は僕の頬に手を添えると、ゆっくりと顔を近づけてきた。
ちゅっ、と、艶やかな音が、聞こえた。
「どうぞ、もっと知ってください。そして、好きになってください。私はずっと、据え膳でお待ちしております♡」
……やっぱり、我慢とか無理かもしれない。




