邂逅
「それでなそれでな! この話には続きがあってな!」
「う、うん……でも、その話をする前に、ちょっとトイレに行ってくるね?」
「えー? んだよぉ、早く戻って来いよ?」
ランチタイムも終わり、客入りも落ち着いてきた昼過ぎ。僕とるなはまだ、ファミレスで雑談をしていた。もう、かれこれ二時間はここに居るだろう。
それというのも、帰ろうとするとるながしょんぼりとした顔をするのだ。その顔を見ていると、もう少し、後もう少しと延長を続けてしまった。
可愛すぎる。あんな顔、反則だろう。それに、彼女との雑談を僕もかなり楽しんでいた。
魔法少女としての経験は聞いているだけでも面白いし、彼女自身も根はお喋りのようだ。一つの話題を返すと三つ四つと話題に広げてくれるので、会話がほとんど途切れない。
あと、楽しそうなるなを見ているとこちらも和む。アニマルセラピーでも受けている気分だ。ヤンキーロリ、マジやばい。
そんなことを考えつつ、トイレから戻る。そこで、僕は気づいた。そわそわと僕を待つるなの後ろに、見覚えのある人が座っているのを。
ついでに寄ったドリンクバーコーナーから見えたそこには、もしゃもしゃとハンバーグを頬張る吸血鬼の子が居た。確か、羽崎さんと言ったか。るなとの会話に夢中になっていて、全然気づかなかった。
机にはいくつか皿が積んであり、既に伝票が何枚も置かれていた。流石は大食いの属性、凄まじいな。
「お、飲み物さんきゅ。今度はあたしが持ってきてやんよ」
「ありがと。じゃあ、続き聞かせて貰っても?」
「おうよ! さっき話したデスコアラが来て、しばらく経った後の話なんだけどな?」
まぁ、だから何をするということもない。今はるなとの時間を大切にすべきだし、一切接点のない僕が話しかけたところで、勇者井上の様に惨敗するだけだろう。僕にそんな勇気は無いし、あと普通に非常識だ。
「今度は怪人ドリアンって奴が来たんだが、そいつが厄介な奴だったんだよ。辺りに割れたドリアンを撒き散らすだけなんだけど、それが想像を絶する臭さで──」
「その話、詳しく聞かせて」
「あん?」
なので、まさか彼女から声をかけてくるなんて予想していなかった。その目はあの告白の時とは違い、無表情ながらにキラキラと輝いていて、一瞬別人かと思ってしまうほどだ。凄え、めっちゃくちゃ美人だ。口にソース付いてるけど。
「その怪人ドリアン? ていうのは何処に居るの? いつかは食べたいなって思ってたドリアンを振る舞ってくれるなんて、いい人なんだろうね」
「ちょ、待て近い! 少し落ち着けって!」
こちらの席に来てるなの肩を掴み、興味津々に話の概要を聞こうとする絶世の美少女。その口元にソースが付いていなければ、それは見事な風景が出来上がっていたことだろう。
「あのー……ソース、付いてますよ?」
「ん? あぁ、ありがと」
「こ、高校生っていうのは皆こういうもんなのか? 流石に同性でもこの距離感はビビるぞ……」
紙ナプキンを手渡すと、彼女はさっきとは打って変わって優雅な所作で口元を拭った。その間にるなは小さな体躯を生かしてテーブルの下に潜り、僕の隣に避難してきた。
うおっ……! 右腕に柔らかな感触があるんだか、これってつまりアレだよな!? 僕は爆発しそうな心臓を必死に抑え込みながら、頑張って平静を装った。
「それで? 私のドリアンは何処にあるの?」
「そんなの自分で買えよ! 通販で取り寄せられるだろ!」
「駄目。折角食べるのなら、きちんと実の状態から食べたいでしょ? ネットにあるのはカットされたのばっかりで、しかも結構高いの」
そう言って彼女はドリアンの魅力について語り始めた。僕とるなはそれに圧倒され続けるだけだ。割り込む余地が一切無い。そして、数分間話し続けたを続けた後、彼女はふと思い出したように手を叩いた。
「私、羽崎咲耶。自己紹介しないのは失礼だったね、ごめん」
「いや、そこじゃねぇし。つーかお前、随分イメージと違うな」
「そうだね。もっとクールな感じかと思ってた」
少なくとも果物の王様について、熱弁を振るうとは思っていなかった。
「? 私達、初対面じゃなかったっけ? もしかして、自己紹介2回目?」
「いや、初めてで合ってる。その仏頂面からは想像できねぇって、そういう意味だ」
「ふーん……それより、るなちゃんと蓮君の名前教えて貰える?」
「もう知ってんじゃねぇか……そっちも盗み聞きかよ」
羽崎さんは表情が一切変わらないせいで、ほとんど感情を読み取ることが出来ない。さらに、彼女は属性にあったように天然だ。そのせいで、ボケているのか真面目に言っているのか非常に分かりづらい。
「二人はお友達なの? それともカップル?」
「かっ……!?!? そ、そんにゃんじゃない!!!」
「顔真っ赤。るなちゃんは可愛いね」
あ、今一瞬笑った。ベースが無表情なだけで、凝り固まっている訳ではないのか。その一顰一笑を見逃さなければ、案外何も変わらないのかもしれない。
「羽崎さんはこんな時間にどうしたの? 親睦会とかの帰り?」
「誘われたけど、断った。此処にいるのは、それでちょっと疲れたから、きゅーけ中。みんな、アタックが強くて嫌になっちゃう」
「そっか……大変だね」
彼女ほどの美貌ならば、それを追い求める人も半端な数ではないのだろう。それは決して良いことだけでは無く、悪いことや面倒なことにも巻き込まれやすくなるのか。僕は多すぎる属性を見て、一人納得するのだった。
「君は……ちょっと様子が違うね」
「へ?」
すると羽崎さんは突然、テーブルから身を乗り出して僕に急接近してきた。息づかいが聞こえるほどの距離、数センチほどでぶつかってしまうほどの幅は、心臓に悪すぎる。僕は咄嗟に属性に目を向けるのだった。
「うん……やっぱり、見つめ返すでも逸らすでも無く、私のおでこの辺りを見てる。そういう趣味なの?」
正確には側頭部の辺り、そこへ文字が浮かんでくる様なイメージなのでそこを見ているのだが、おおよそ彼女の推察は当たっている。おでこにフェチは感じないが、そこを見ていたのは事実なのだから。あと、普通に顔面が強すぎて直視できないというのもある。
「あ、あはは……いやいや、そんなことは無い、よ?」
「その首に左手を当てるのは癖? 随分分かり易い人なんだね」
ぐっ……るなに指摘されたばかりなのに、またやってしまった。助けを求めようとるなに視線を向けるが、彼女はオレンジジュースをブクブクして、素知らぬ顔をしている。助けを得ることも出来ず、どうしようかと目を回していると、羽崎さんが微笑んだ。
「ふふっ……二人とも面白いね。今日のことはちゃんと覚えておきたいから、やっぱり自己紹介して?」
「善財るな、そっちは大湊蓮だ。おら、用が終わったんならとっとと帰るぞ!」
るなは僕の分まで自己紹介をすると、コップの中身を一気に飲み干して席を立った。さっきまで帰りたく無さそうだったのに、どういう風の吹き回しだろう。
「急にどうし、あいたっ!? ちょ、蹴らないでよ」
「うるさいうるさい! 帰るって言ったら帰るんだよ!」
「……やっぱりカップルなの?」
「違うって言ってるだろ!? あんま舐めてると、ぶん殴るぞ!」
いや待て、ここで木刀を出すのはヤバいだろ! 僕は興奮するるなを抑えて、僕たちの分とついでに羽崎さんの伝票も持っていく。
「それ、私のだよ?」
「良いよ良いよ。これも何かの縁だし、気にしな……」
え? 伝票に印字された料理は四人家族が目一杯食べたくらいの量が並んでいて、金額も学生にとってはえげつないことになっている。考えが甘かったか。いや、あの細い体の何処に、こんな量の料理が入っていると予想出来るのだ。大食いにもほどがある。
しかし、格好付けて伝票を取った手前、もう引っ込みは付かない。幸いにも、財布には最近作ったばかりのキャッシュカードがあるので、支払いはそれで何とかなる。あまりにも心許ない貯蓄だが、ここは意地を張らせて貰おう。
「だ、大丈夫……うん、平気平気……」
「全然平気そうには見えないけど。別に、無理しなくても良いよ?」
「いやいやほんとに大丈夫だから! すいませーん! これと一緒にお会計お願いします!」
表示されるグロテスクな、五桁に迫る勢いの数字に戦慄する。その日、僕は人生で初めてのカード払いをした。どうせこのお金の使い道など、娯楽に消えるのだ。女の子に見栄を張るために使うのも同じだ。うん、そう思う。いや、泣いてないから。本当に。
「ほら、早く行くぞ!」
「あたっ……! 分かってるって。じゃあね、羽崎さん。ドリアン、食べられると良いね」
「うん、ばいばい……」
ほとんど引っ張られる様な形で僕とるなはファミレスから退店した。しかし、どうしてるなは怒っているのだろう? あんなに楽しそうだったのに、今は僕でも分かるほど不機嫌だ。
「るな? なんで怒ってるの?」
「怒ってない!」
「いや、怒ってるじゃん。友達はこういう時、不満を隠さないものだよ」
「え? そ、そうなの?」
幼気な少女を騙している様で罪悪感があるが、勘弁して貰いたい。るなには出来る限り、
不快な思いをさせたくは無いのだ。
るなは体をプルプルと震わせ、少しの躊躇いの後、くるりと僕の方に振り返った。
「だって……! あたしと話してたのに、蓮はあいつが来てからそっちばっかと話してるし……! あいつの分まで払っちゃうしよ……! とにかくなんかむかついたんだよ! 文句あるか!」
「い、いや……ごめん」
「ふんっ! もう知らん! 蓮のバーカ!!!」
結局、るなは駅の乗り換えで別れるまで不機嫌なままだった。何を言ってもそっぽを向いたままで、一切会話のキャッチボールをしてくれない。最後まで怒っていたし、後でメッセージを送って機嫌を直して貰わねばなるまい。そう固く誓った。
けどまぁ、なんやかんや今日は良い日だった。るなとも友達になれたし、あの羽崎さんと話すことが出来た。もはや、最初の思いつきはほぼ諦めかけていたのだが、何があるか分からないものだ。
「うふふっ……」
「ん……?」
不意に、後ろから笑い声が聞こえた気がした。特に何も考えず、反射的に後ろを向こうとする。目の端っこに、黒くて長いものが映ったような気がした。
だが、そこで僕の視界はブラックアウトした。突然、意識が刈り取られたのだ。
「もう……♡ 浮気しちゃ、駄目ですよぉ?」
最後には暗くて淀んだ、どこかで聞いたことのある声だけが、ただ残るだけだった。




