友達
黒永さんと別れてから数十分。僕の頭の中は、彼女のことでいっぱいになっていた。
あの身体を、誘惑を、思い出してしまう。何度も振り払おうとしても、それは変わらなかった。
よし、こういう時は嫌なことを思い出そう。これまでの人生、僕は女性と殆ど関わりが無かった。だが、中学時代に一時だけ、とある少女と仲が良かった……と、僕は思っていた。
実際は僕の一人相撲であり、そのような事実は全く無かった。
忘れたいトラウマが沸々と湧いてくる。それは、中学の卒業式の日。浮ついた気持ちで一杯だった僕にトドメを刺した言の葉だ。
「え~? 先輩ってぇ、ちょっとチョロ過ぎっすよねぇ。そういうとこ、最高にキモいっす。私が先輩のこと、好きなわけないっしょ」
中学校の時の後輩だった、とある女子の言葉が蘇る。第二ボタンが欲しいと言われて、勝手に勘違いして盛り上がったうえ、僕のことが好きなのかと聞いた際に放たれた言葉だ。
消し去りたい過去だ。自己嫌悪でどうにかなってしまうそうである。
「うおぉおおおお……!!! 死にたい死にたい……!」
頭を抱えて転がり回る。その後、彼女は何か言っていた様な気がするけど、全く耳に入らなかった。多分、ダメ押しの言葉だろうから聞かなくて良かったけど。
「よし……! 全て忘れて早く帰ろう!」
スマホは充電が切れていた。だが、幸い黒永さんの住む場所が駅から近かったおかげで、何とか家に帰ることが出来た。
親から軽く説教をされ、風呂に入ってそのまま寝る。何か大事なことを忘れている様な気がするが、怒濤の一日で疲れ切った体は、休息を取ることを選んだ。
「えぇっと……どうしよ、これ」
そして翌日、僕はその大事なことを思い出した。そして後悔した。そう、るなのことだ。それと言うのも、復旧したスマホに夥しい量の通知が舞い込んでいたのだ。
「今日はごめん」
「私も意地になってた」
「ごめんなさい」
「ねぇ、返信してよ」
「怒ってるの? お願いだから返信して」
「お願い」
「契約を破るの?」
「そんなの嫌だよ」
「ねぇ」
こんな調子で、深夜近くまでるなからのメッセージが届いていた。そんなことも知らず、爆睡をかましていた阿呆は誰だ? はい、僕です。大変申し訳ありません。
急いで返信を送る準備をする。こういうのはスピードが大事だ。やらかした時、発覚を恐れてそれを先延ばしにするのは、一番やってはいけないのだから。
とはいえ、今はまだ朝の六時だ。こんな時間にメッセージを送るのはどうなのだろう? そんな僅かな葛藤が、僕に送信ボタンを押させなかった。
だが、そんな心配は無用だった。僕がアプリを開いてからメッセージを打っている僅かな間に、彼女から連絡が来たのだから。
今日ほど電話の通知音にビビった日はないだろう。表示される名前はもちろん、るなのものだ。既読をつけてからまだほとんど経っていないのに、どうして分かったのかとか色々怖いところはあるけども、とりあえず電話に出よう。
「も、もしもし……? るな、その……」
「ねぇ」
「はい!? な、なんでしょう!?」
すぐに謝って事情を説明しようとした矢先、底冷えするような声がスピーカー越しに聞こえた。その音声は鋭く、人を殺せそうなほどだった。
「あたしと友達で居るの、嫌なの?」
「いえ全く! これからも良い関係を築いていけたらなと、思っています!」
「なら、なんで連絡返さないの? ずっと待ってたのに、こんな朝早くに既読を付けるだけなんて……」
「いえあの……れ、連絡を返そうとはしていたんですけど……」
「言い訳なんて、聞きたくない」
ダラダラと、冷や汗が止まらない。昨日のるなの様子とは違い、ただ冷酷に僕を詰めていく。しかたない、しょうがない、今度から気をつける、なんて言葉ではるなには届きそうもないのだった。
だったらここは誠心誠意、正面突破で行くしか無い。るなが許してくれるまで、詫びを入れ続けるのだ。
「あの……! 本当にごめ──」
「辞めて。電話越しでなんて、嫌。今から学校に来て」
「え、あはい! すぐに行かせて頂きます!」
しかし、出鼻は挫かれた。謝ろうとした瞬間、るなからストップがかかり、学校に来いと呼び出しを受けた。目の前で謝罪をしろ、ということか。それで彼女の気が済むのなら、いくらでも謝ろう。
急いで支度をして、学校に向かう。場所はるなから指定された、あの校舎裏だ。全速力でダッシュして、校舎裏に到着した。
「はぁ……はぁ……あれ? まだ来てないのか?」
「いいや。ここに居るぞ」
「るっ!?」
るなの声が聞こえた瞬間、ジャリジャリと金属が擦れる様な音が聞こえた。その正体はすぐにも分かった。鉛色の鎖が、僕を締め付けていたのだから。そしてそのまま、僕とるなを取り囲んでいく。
「る、るな!? な、なにして……!?」
「ねぇ、契約破っちゃ、駄目なんだぞ?」
どんよりとした雰囲気を纏い、どこか虚ろな目をした彼女は、僕の言葉など聞こえないように、ただ一方的に話し始めた。
「昨日、あたしは初めて異性の友達が出来たって、とっても嬉しかった。なのに、蓮はすぐ違う女と話し始めるし、連絡も返さないし……一体どういうつもりなの?」
「そ、それは本当にごめっ」
「嫌なの。嫌なの嫌なの嫌なのっ!!! あたしの友達を奪わないで! あたしから離れないで! あたしからっ……! 何も取らないでよ……!!!」
ついには、僕の体に強く抱きついて、泣き始めてしまった。握る力は強く、絶対に離さないと言わんばかりだ。その様子を見て、僕は自責の念で押しつぶされそうになる。
僕と彼女の認識は違っていた。僕にとって、友達というのは軽いものだった。話していて楽しいとか、一緒に居ても苦じゃ無いとか、その程度のものだ。
けど、るなは違う。彼女の友達という関係性は、何よりも尊ばれるものだったのだ。今までずっと欲しくて、手に入らなくて、それでも渇望し続けた、妄想だけの概念。それを、僕は軽く扱った。
僕は分かっていなかった。結局、僕にとって友達とはそれくらいの関係性のままで、るなのことなど考えることもしなかった。自分が大変だったのだから仕方ないと、後回しにした。
それが、この結果を呼び込んだ。こうなってしまうほどに、僕はるなを傷つけた。それは事実なのだ。
「るな……返信、遅れてごめん」
「ぅぅ……やだ、許さない……」
「なら、どうしたら許してくれる?」
「あたしから離れるな……あたしを拒むな……あたしと、一緒に居ろ……」
僕を拘束する鎖は、いつの間にか僕とるなを中心として締め付け絡まっていた。るなの意思を反映したようなそれは、彼女の想いそのものなのだろう。それほどまでに、彼女は人肌に恋い焦がれている。
「分かった。今度こそ、約束するよ。もう絶対、二度と破ったりしない」
「当たり前だ……この馬鹿」
るなをぎゅっと抱きしめる。お互いの心音が伝わってしまうほどに、密接な距離感。だが、そこに低俗な考えは一切存在しなかった。いや、ほんとだよ。全然、いい匂いするとか思ってない。
とにかく! これから、僕は長い証明をしなければならない。るなとの約束は、それほどに重くて重要なことなのだから。
……友達だから、これはノーカンってことで許してくれるかな? 黒永さんにも、ちゃんと話さなきゃ。
僕はまだ見ぬ修羅場を想像し、冷や汗をかくのだった。




