フラグを、立てた!
「はい、皆さんの担任になりました氷室です。教科は世界史を担当しますので、よろしくお願いします」
眼鏡をかけたくたびれた様子の男性が挨拶をする。属性は『社畜教師』だ、あまりに不憫すぎるだろう。
けど、そうだよな。これが普通だよな。基本的に自分の職業なんかに一つや二つ、属性が付く。周りを見ても『ゲーム好きな高校生』みたいなものばかりで、ほとんど似たり寄ったりだ。
クラスメイトの自己紹介を聞きながら、普段使わない頭を回す。きっと、これはチャンスなのだ。吸血鬼に魔法少女、超能力者までもが同じ高校に揃っていることなど、二度と無い。彼女らは特別で、ただの『変態異常者』の僕とは違うのだ。
ここまでお膳立てされて、何も行動しないなんてあり得ない。彼女達の属性を感じて、可能ならもっと属性を増やしたい。属性なんて、なんぼあっても良いですからね。
「はい、今日はここまでです。では、また明日会いましょう」
チャイムが鳴る。哀愁の漂う氷室先生が終わりを告げると、教室は緩慢な空気に包まれた。親睦会をしようと何人かで楽しげに話す生徒や、そそくさと帰り支度をして教室を出る人も居る。さて、僕はどうしようか。
「あぁ、そうだ。善財さん、少しお時間良いですか?」
「……はい」
配られたプリントを鞄にぶち込んでいると、隣の女子生徒が入学早々呼び出しを受けていた。魔法少女である、あの金髪の子だ。彼女は慣れた様子で先生の後について行った。
「やばいよね~。入学早々染めてくるとか、マジ怖い」
「でも、結構可愛くない? 背も小さくて、制服もオーバーサイズみたいになってたしさ」
「いや~、あたし入学式んときにあの子と隣の席になったんだけど、話しかけたら睨まれちゃったよ。雰囲気も怖いし、ああいうのとは関わらない方が良いって」
少しして、きゃっきゃっとはしゃぐ二人の生徒が彼女について話し始めた。とっくに身支度が終わっていたが、僕は席を立たずに聞き耳を立てることにした。吸血鬼の子と同じくらい、隣の席の魔法少女には興味があったからだ。
だが、飛び出す言葉はどれも憶測ばかりの誹謗中傷。そんなもの、何の当てにもならない。全くもって時間の無駄だった。
教室を出る頃には、もう校舎に人の気配は少なくなっていた。僕は邪な期待を胸に、校舎を徘徊していた。
その期待とはもちろん、吸血鬼のあの子と奇跡的な出会いをするというものだ。何か起こらないかと、人の気配が薄い校舎を練り歩く。
一年生の教室のある四階から、三年生の教室の一階まで、ジグザグに階段を下がっていく。だが、当然と言わんばかりに出会いなどは全く無かった。
ため息をついて、もうこのまま帰ってしまおうかと思う。いや、どうせだ。このまま一人の校内巡りを完遂させよう。
授業で訪れるような教室はもう知っているので、それ以外の場所。校内案内図を見ながら考えていると、それはすぐに見つかった。本館の裏側のグラウンド近く。日の当たらない隠れた場所にそこはあった。
図書館である。扉を開けて中に入ると、そこには静謐な空間が広がっていた。息づかい一つ、足音一つでさえも鋭敏に感じ取れ、不思議と緊張してくる。
カウンターには居眠りをしている男子生徒が一人で、それ以外に人の気配は感じられない。元々人が少ないのか、今日ばかりは図書館になど来ないのか……ともかく、当初の目的としては無駄骨だったようだ。
これもついでだ。読む気など一切無いが、ぐるりと回ってみよう。参考書、話題の新刊、古くさい本……そんな紙束を流し見していく。
その時、不意に何かへぶつかった。曲がり角で道を塞ぐかのように、そり立つ壁のようなそれは、この学校の制服を纏っていた。
「うお……! す、すいません……」
「…………ぁ、ごめ、ごめんなさい」
くるりと、その姿がこちらに向けられる。僕と同じ、背筋を伸ばしたらそれ以上の身長。長い黒髪はシャンプーのCMかと思うほどにサラサラで、それがたらりと目元付近を隠している。
彼女の長い属性を見て、思い至った。新入生代表で挨拶をしていた、黒永という子だ。
「ぁ、あの……こ、こ……」
「えっと……」
両手に数冊の本を抱えた彼女は、それを忙しなく上下させて、何かを言おうとしている。登壇していた時よりも吃音が酷く、何を伝えようとしているのかよく分からない。でも、少しづつ意味を拾っていけば、自ずと意図は伝わった。
「もしかして、本を借りたいの?」
「……!」
あ、少し笑って嬉しそうに頷いている。なるほど、彼女は僕を図書委員か何かと勘違いしていたのか。
「ごめん、僕はただ見物に来ただけの新入生なんだ」
「~~!!!」
一瞬フリーズして、すぐさま顔を赤らめて後ろを向いてしまった。今までのやりとりから察するに、受付はあの通りで、彼女は元来の気質から中々本を借りれずに居たようだ。すると、僕がするべきことは一つだけだろう。
「それ、僕が借りてこようか?」
「ぇ……?」
なし崩し的とはいえ、勇気を出して僕に声をかけたのだ。店員に要件を伝えるのにちょっと緊張するのは、僕もよく分かる。彼女は僕以上にそれが酷そうだし、それくらいはしてあげてもいいはずだ。
「それとも、ただのお節介だった?」
「そんなことない! ぁ……です」
「なら、ちょっと行ってくるね」
分厚いハードカバーの本を受け取って、受付へ行く。軽く説明を受け、そのまま本を借りた。
「はい、どうぞ。2週間以内に返却だってさ」
「あ、ありがと、ございます」
タイトルを見れば五輪書だとか経済学入門やらと、タイトルだけで頭がパンクしそうな難解な書物ばかりだ。僕は絶対に読みきれない。5ページで眠くなる自信がある。
「なんか難しそうなのばっかだけど、それ全部読むの?」
「あ、はい。読書は、す、好きなので……」
「そっか。やっぱり新入生代表は凄いね」
「すす、凄くなんか……ないです」
それは謙虚なのか、それとも自虐なのか。僕には後者に思えた。自分に自信が無くて、だから他人から褒められても信じられない、お世辞なのではと疑ってしまう。
「きょ、今日の挨拶だって、噛み噛みで、声も小っちゃくて……笑い声も少し聞こえて、誰もわた、私のことなんて、見てなかった、です」
彼女は今日、誰よりも頑張ったはずだ。慣れない環境で苦手なことに挑戦して、完璧とは言えずともそれをやり切った。それは賞賛されるべきことで、笑われる筋合いも馬鹿にされることでも無い。
「そんなこと無い。黒永さんは今日、凄く頑張ってたよ」
「へ? あ、いや……でも」
「だって、今日の挨拶の言葉全部暗記してきたんでしょ?」
「……! な、なんでそのこと……」
「そりゃあ、広げてた紙が反対だったからだよ。多分笑ってたのって、それに気づいた人達なんじゃないのかな?」
無駄に良い視力は彼女の属性だけで無く、紙面までも捉えていた。だから、気づいた。彼女は俯きながらも、紙が反対だということに気づかないほど集中して、頑張っていたことに。
僕はそれを、本当に凄いことだと思う。
「ぁぅ……そ、そうだったんですね……」
「うん。だから、胸張って誇ると良いよ。僕が保証するよ」
我ながら無責任極まりないが、まぁ良いだろう。それで彼女が少しでも喜ぶのなら、頑張った彼女が報われるのならそれで。
「じゃあ、僕はそろそろ帰るよ。またどこかで会ったら、その時はよろしくね」
「あ、はい……! あり、ありがとう、ございました……!」
なんてこと無い寄り道だったけど、黒永さんに会えたのは良いことだ。クラスは別とは言え、今日の目標である知り合い作りは達成できたと言って良いのだから。
「あ、あの!」
「うん? どうしたの?」
達成感を感じながら駅に向かおうとすると、黒永さんが僕を呼び止めた。彼女は背筋をしっかりと正し、けれど眼を右往左往させながらこう言った。
「わ、私、黒永綴と言います! もう知っていたみたいですが、改めてよろしくお願いしまふ!」
「あ、そっか。僕は大湊蓮、よろしくね」
「は、はい……! 末永くよろしくお願いします!」
「ちょ、ちょっとそれは意味が違うかな……」
−−−−−−−−−−−−−−−−
「大湊、蓮さん……」
私は誰も居ない家の中で一人、頭の中で何度も反芻したその名前を発音する。
「ふふっ……蓮さん、蓮君、蓮……どう呼べば良いかな」
私を今日、助けてくれた人。私を今日、励ましてくれた人。私を今日、褒めてくれた人。
誰も私を見てないと、笑っていると思っていたあの会場で、私のことをしっかりと見てくれていた。じんわりと温かくなって、幸せな気分で一杯になる。
「そっか……あの時聞こえた言葉は、貴方の言葉だったんだね」
濁流の様な思念の中、僅かに聞こえた「頑張れ」の声。ずっとずっと欲しかった、私だけの恩寵。今日、それを見つけることが出来た。
「ふひっ……ようやく、見つけた。もう、誰にも奪わせない……」
私は彼の名前を何度も何度も繰り返して、彼の顔を思い浮かべて、その体をベッドに沈めた。明日もまた、彼と会えるだろうか。
「ううん、絶対会うの。だって、それが運命なんだから」
大湊蓮さん。私の運命の相手。どんな手を使ってでも手に入れる。それこそが、今日見つけた私の幸福の道標なのだから
「逃がしませんよ……ふふっ」




