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17.

「ルメリアは他の誰かにもその言葉を伝えたのかい?」


 その言葉――とは、私の拙い告白のことだろう。

 尋ねるお父様に私は首を振る。


「いいえ」

「なら私が一番乗りだな」

「……?」


 今はもう立ち上がり、元の姿勢に戻ったお父様を見上げれば、フフンと悪い笑みを浮かべた。


「今度二人に自慢してやろう。私のひとり勝ちだって」

「お父様…」


 何のことだ。そして二人って。

 まあそれはきっとフェイと侯爵様だろうと、何となくは思うけど。

 若干半目な私に気にすることなく、お父様は今度は蕩けるような笑みを浮かべると手を伸ばし頬にそっと触れた。


「ルメリア、愛してるよ」


 私が未だ口に出来ない言葉を口にして、お父様は私のこめかみにキスを落とす。

 それに対しての、こそばゆく感じる自分の心と、お父様の思いを、もう否定したりはしない。


 面映ゆさに少し朱に染まってるだろう私の顔を見てお父様は満足げに頷くと、「二時頃には戻るから」と言い残し部屋を後にした。


 その会話の間にも、フェイが目を覚ますことはなかった。




 ***




 そして――、

 気付いたら私は暗闇の中にいた。



 ついさっきまで眠るフェイの横にいたはずなのに、その先の記憶がスコンとない。ならば私はあのまま寝てしまったんだろう。まだちょっと疲れてたし。


 つまりこれは夢だと早々に結論付ける。


 けれど夢の中で夢だと認識するなんて初めての体験だ。

 ならばと、興味深げに辺りを見回せどもやっぱり真っ暗で、自分の夢の中の残念さに悲しくなる。


 そんな私の悲しみが何処かへと通じたのか、足元にポツリポツリと明かりが灯った。

 小さな灯火。蝋燭の炎のような。

 近付いた私を誘うようにそれは先へ先へと伸びてゆく。その先には、暗闇を大きく染めるオレンジと赤。

 導かれた先にあったのは大きな炎だった。今回の火事を彷彿とさせるような大火。そしてそこに佇む人が一人。


 やっと登場した私以外の人物。

 誰だろう?

 近付くにつれはっきりし出した姿に見慣れたものを覚える。

 そりゃそうだ、更に近付いてわかった。

 これは私だ。


 私の夢の中の登場人物が私で、その背景には燃え盛る炎。

 夢には人の深層心理が現れると言う。ならばこれにはどういった意味があるのだろうか。

 なんて考えていたら、炎を見つめる私(・)の顔がこちらへと向いた。



「――…」

「………」

 


 視線が緩く絡まる。

 鏡の中でほぼ毎日見ている顔。

 その瞳の色は通常は紫であるはずだけれど、暗闇と炎を受けて、赤、オレンジ、黄色と、複雑な色にゆらゆらと光る。


 ただ、ガラス玉のように、そこには何の感情も見えない。

 虚ろで空虚な眼差し。


 ああ…、私はこれを知っている。

 これは昔の、変わろうとする前の私が持っていた目だ。


 無言のままに、興味をなくしたように私(・)の視線は直ぐに逸れ、また燃え盛る炎へと向けられる。


 ――浮かぶ恍惚。


 私であるはずなのにその表情の意味がわからない。

 炎に見入り煌々とした明かりに浮かび上がるたった一人のシルエット。

 それは何だかとても、酷く寂しい光景に見えた。





 また、場面が変わったようだ。


 一度の瞬きの後、見えたそこはとても変わった場所だった。

 広いとは言えない空間に、なにやらごちゃごちゃとした物が詰めこまれている印象。

 部屋――なのだろう。ベッドと低いテーブルが置いてあるし。とても狭い部屋だけど。

 ただ何だろう? 居心地は悪くない。淡いベージュ色の壁のせいか?


 でもだ、夢の中というのは実際に自分で見たり聞いたりしたものを再現しているはずなのに、この部屋にあるものはどういう用途かわからないものが多々ある。

 本当に、これは私の夢で合ってるのだろうか。


 その部屋の片隅には扉があった。扉は至って普通の片扉。開ければ目が醒めるというパターンにはならないかな。と、取っ手に手を伸ばせば、向こうが勝手に開いた。



「……………え…――ええっ!? ルメリア!?」


「……え…?」


 勝手にではなく、向こう側から扉を開いただろう女性と見つめ合うこと数秒。彼女は大きく目を見開き驚いたように私の名を呼び、私も眉を寄せる。


 焦げ茶色の髪と瞳、どちらかと言えば素朴な顔立ちはフェイと似通ったところがある。東の国の人間なのだろう。だけど見覚えはない。

 

「嘘!? いや、ホント、何で!? 何で、ルメリアたんがっ!?」

「ルメリア、た(・)ん(・)…?」


 その呼び方に一瞬引っ掛かりを覚えるも、目の前の女性の勢いに押された。


「どうしよ、どうしよっ! ホント何でっ!? でもっ、凄い、大人になってる! …うん、やっぱりルメリアは美人さんだよね! 可愛いし綺麗だし、全然悪女なんかじゃない。表情を見たらわかるよ。


 そっかぁ、今(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)と(・)幸(・)せ(・)な(・)ん(・)だ(・)ね(・)!」



「―――…っ!!」



 まさかと思った、あり得ないと。



 少し潤んだ目で、泣き笑いと言うのだろう表情で私を見つめる女性の顔に、やはり見覚えなどない。だけど。


 フェイとシャーロット様であった彼女との会話の中にもあったはずだ。「……は…」と私の口から息が漏れる。完全に呼吸を止めていた。

 まさか、あり得ない。

 でもこれが夢なら、何でも、どんなことでも、あり得るんじゃないか?



「……おか…あ、様……?」


 それでも、慎重に言葉を紡いだ私に、目の前の人は零れるような笑みで大きく頷いた。



「うん、ルメリア、…うんっ!」


 ゆるりと広げられた腕の中、私は躊躇いなく飛び込む。



「……っ! お母様…!!」


 ぎゅっと抱きしめてくれる人は私よりも少し小さい。幼かったあの頃より私も大きくなったし、すがり付いた体は前のお母様であった時より小柄な気がする。

 でも収まったこの腕の中に違和感は感じない。

 お母様の面影がひとつも見えなくても、姿形が違っても、この女性がお(・)母(・)様(・)であると、私の心が言っている。だから今度は勢いのままに口を開く。


「…っ話したいことがあるんです! 聞きたいことも…っ、いっぱい…いっぱいあるんです…っ!」


 うん、うん。と頷いてお母様は私の背を撫でる。

 これが夢でも、そうじゃなくてももうどうでもいい。私の願望だったとしても、ヒュノプスの悪戯(いたずら)だったとしても、もう何だっていい。今私が感じるこのぬくもりが本物であることは間違いない。またお母様に会えたというそれが全て。



「ちゃんと…、変わろうとして…、頑張ったんですっ。 お母様が教えてくれたことを、私…っ、悪女には為らないようにって…」


 とりとめのない言葉をただ並べることしか出来ない私の、そんな言葉を頷きつつひとつひとつ拾い上げ、お母様は私が落ち着くまでずっと抱きしめてくれた。





「紅茶切らしててね、ルメリアの口に合うかわからないけど」


 そう言ってコトンとテーブルに置かれたのは、取っ手のない筒状のカップに入った薄い緑色の液体。一口含む。少し変わった味はするけれど問題ない。


「美味しいです」

「そう? よかった」


 同じようなカップを抱えお母様は低すぎるテーブルの対面に座った。床に直に座ることに最初少し驚いたが、お母様が当然のように座ったのでそれを真似てみた。足を完全に折り畳む座り方だ。

 取り乱したことが少し恥ずかしい。お母様は向かいでそんな私を見つめニコニコと笑う。


「それで、ルメリアが好きなのはそのフェイって子? それともロイス様?」

「……は?」


 お母様と別れてからのことをとりとめのないままにも語り終えて、落ち着いての今、その第一声がそれとはどういうことか。


「お母様…?」

「え? だってそういう流れでしょ?」


 半目の私に気付いてそんなことを言うが、全くもってそんな流れではないと思う。


「ええっ!? だってだって話を聞いてる限りそういうことでしょ! 色々あったけどもオデールもルメリアも幸せに暮らせてる、そのことは私もとっても嬉しいし、私との約束覚えてくれてたんだなぁって」

「……」

「だから、やっぱり愛だよねって?」

「……」


 そう言えばお母様はこんな感じだったなぁと、遠い目になる。振り回されたのも懐かしく大切な思い出。

 だけどお母様とした約束――、愛については、これまでおもっきり否定していた手前それについての色々な明言は避けたいとこ。なので避ける。

 

「お母様…、まだデビュタントを終えたばかりでこれからですよ」

「うん、でも大丈夫だよ」


 誤魔化す為に告げた言葉は事実だ。そう、まだ始まったばかり。だけどそれに間髪入れずお母様は言い切る。

 どこから来るのだろうその自信は。


「…何ですか、その自信は?」


 思わず口からも零れてしまった。お母様は「うーん…」と声を漏らす。


「強いて言うなら、それはルメリアの顔を見れば自ずと、ってとこかな?」

「……顔…」

「いや、顔と言うより表情?」

「……?」


 私自身では自分の顔や表情なんて見えやしない。けどここに何かあるというのか?と、首を傾げて私は自分の顔に触れる。

 そんな私の仕草に気付いてお母様はふふと笑った。


「違うよルメリア、そういうことじゃなくって。貴方がとっても良い顔をしてるってこと」

「良い顔、…ですか?」

「そう。どんなに隠そうとしても、人の本質って顔や表情、ちょっとした仕草でわかっちゃうものなんだよ。ふとしたことで滲み出るというか」

 

 だからね、とお母様は続ける。


「ル(・)メ(・)リ(・)ア(・)・(・)フ(・)ィ(・)ッ(・)シ(・)ャ(・)ー(・)が(・)悪(・)女(・)で(・)あ(・)る(・)って言うには、今の貴方では当てはまらないってこと。だから大丈夫だよ」

「………」


 要するに今の私は悪女ぽくないと言いたいのだろう。けど、根拠と言うにはあまりにも独善的な意見に私は何とも言えない顔になる。

 お母様らしいと言えばそうなんだけど…。今思えば、どこかシャーロット様と似ているなと思うのは気のせいだろうか?


「…ふふ、ルメリアは皆にとっても愛されてるね」


 私の呆れた視線などお構い無しにお母様は呑気にそんなことを言う。それについてはもう否定はしないけど、繋がる話しの流れがわからない。

 そんなふうに告げれば、


「愛されてるからこそ今のルメリアがあるんだよ」


 と、言われて。

 わかったようなわからないような。

 再び何とも言えない顔をした私を見て、お母様は楽しそうに笑った。





 時間は有限であると言うのは当然で。それは今は現状においても当てはまるもの。


 そろそろこの幸せな時間は終わるのだろうと、二度目ともなれば何となくわかった。そのことは私の動揺を誘い、それはお母様にも伝わる。

 そしてテーブル越しにぎゅっと抱きしめられた。



「ルメリア…、ずっと、ずっと思ってるから。例え一緒にいれなくても会えなくても。私は貴方が大好きよ」


「……………」


 浮かんだ色んな感情を押し込め一度ぎゅっと目を瞑ってからふっと力を抜いた。そして口を開く。


「お母様…、私は、お母様からの別れの言葉なんて欲しくありません」



 その拒絶の言葉にお母様は小さく体を揺らすとゆっくりと体を離した。

 ぎこちなく私を見た視線が寂しそうに歪み、それに罪悪感を覚えたけど伝えたいことはそういうことではない。

 

「お母様は嘘つきです。あの時だって…、別れの言葉を口にしました。けど、今またこうして会うことが出来ました。別れの言葉はいらないんです。私が欲しいのは、またいつか、って言葉です」


 もう二度とではなく、「いつか」「再び」

 出会えることを願う、いや、約束する言葉。

 お母様はポカンとした顔をした後、くしゃりとそれを崩す。

 

「何だか…、とってもポジティブになったね、ルメリア」

「お母様の教育の賜物ですよ」


 あははと、とても嬉しそうに崩す。


「あのね、私にすごく仲良しの親(・)友(・)がいるんだけど、きっとルメリアと話しが合うと思うんだ。その子も、ルメリアフ(・)ァ(・)ン(・)なんだよ」


「ファン…、ですか…」


 聞き覚えのある単語だ。

 唐突に付け足された言葉にお母様からの含みは見えない。この、今私が巡っている状況と同じに、誰(・)か(・)の(・)、何(・)ら(・)か(・)の(・)、意図が働いたとでも言うのか。

 でもそんなことはどうだっていい。


「そう、事故で入院しててね。今日意識は戻ったんだけど…、二人を会わせてみたかったなぁ」


 お母様の言葉に私は少しだけ苦笑して、


「そうですね、私も会っても(・)う(・)少(・)し(・)話しがしたかったです」


 と、返した。


 そのちょっとズレた返答にお母様は気付かないまま、机の上に乗り出し再びのハグ。相変わらずの突然なスキンシップ。なるほど、確かに親友なのだなと。


「ルメリア、絶対大丈夫だからね」

「お母様の大丈夫には全く根拠がないですよね?」

「これは母親の勘です」

「…何ですかそれ」

「うん、でもまぁ…、また、…『いつか』ね」

「……はい」


 ぎゅっと強く抱きついても震える声でバレるだろう。


「私も…ずっとずっと、お母様が大好きです」




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